『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第8話 本当の愛

 

アイから連絡を受けた斎藤社長は、ミヤコを連れて車でアイの自宅へ向かい、そこでアイとヒカルを拾って再び車を走らせる。

リンネはおそらくとある女優のところに転移した。

リンネはその女優と会ったことはないはずだがテレビで顔は知っているので、広域探査で彼女の所在を割り出したのだろう。

アイたちに非公開の女優の住所を調べる方法はないが、リンネがいる方角と大まかな距離ならアイが感知できている。

つたないナビゲーションに従ってとある邸宅に辿り着くと中から荒れ狂う霊圧を感じ取り、超人のアイが塀を軽々と飛び越えリビングのガラスを蹴り破って突入する。

彼女の眼に映っていたものは。

 

部屋の隅で震える男性と小さな男の子。

返り血にまみれ炎を背負う憤怒の鬼。

そして鬼の目の前の血だまりの中で震える『無傷』の女性だった。

 

「……はぁー、無事でよかったぁ」

 

「これのどこが無事だ!?」

 

遅れて追いついた斎藤社長、続いてミヤコとヒカルも駆け込んできた。

 

「だって、絶対殺してると思ってたんだもん。

 生きてるだけ儲けものじゃない?」

 

『いや、殺した瞬間に蘇生しとるだけじゃぞ?』

 

「あ、やっぱやっちゃってたんだ」

 

『まぁな。じゃが当人が生きていて怪我の一つもなければ罪に問うことはできまい?

 服も都度直しておるし、この返り血もあとで消せば証拠も無し。

 スタッフが暴行殺人事件なぞ起こしたら社長や苺プロに迷惑かかるからの』

 

一応彼女には周囲を気遣うつもりはある。

問題はそのベクトルがえげつない角度でずれていることだ。

 

ヒカルは血まみれの部屋を目にして嘔吐しそうになり、ミヤコは震える彼の肩を抱いて支える。

イケメンを介抱できてちょっと役得だとか思っているあたり、彼女もかなり毒されている。

 

「とにかく!戻せるってんならすぐにきれいさっぱり元通りにしてくれ!

 これじゃ旦那さんと話もできやしねぇ!」

 

『……まだ暴れ足りんが、仕方ないか」

 

鎧が消え、少女のような大人が姿を現すと同時に柏手を打つ。

すると鬼が散々暴れたリビングが一瞬で元通りになる。

先ほどアイが蹴り破ったガラスも含めて、鬼が来た直後と全く同じ状態になった。

実際にその力の一端を目の当たりにし、移動中の車の中でオカルトの存在を聞かされていたヒカルだったが、それでも目を疑うような光景だ。

 

アイがいまだ怒りの収まらぬリンネの傍で彼女をなだめ。

ミヤコがこの場にいた男の子を部屋の外へと連れ出し。

斎藤社長とヒカルが並び、この家の主であり姫川愛梨の夫『上原清十郎』へと向かい合う。

 

「……ヒカル?お前、ヒカルか!?

 なんだよあれは、どういう状況なんだよこれは!?」

 

「落ち着いてください、上原さん。

 ……俺は苺プロ社長の斎藤壱護です。事情はすべて俺が説明します。

 信じられないかもしれませんが、どうか話を聞いてもらえませんか?」

 

「苺プロの……?あ、あぁ……」

 

 

 

アイの義母であり苺プロのスタッフである六道リンネ。

彼女が仙人を自称する超常の力の持ち主であることは、実際にその力を目の当たりにしたからか比較的スムーズに受け入れてもらえた。

だが問題はここから。清十郎にとってつらい話となるが伝えねばならない。

なぜリンネがこんな凶行に及んだかを。

 

そもそも、劇団ララライに出向したアイの指導役にカミキヒカルを推挙したのは清十郎だ。

だからヒカルがアイの家にまで行って演技指導をしているという話ももちろん知っている。

だがそこでヒカルがアイとリンネに漏らした苦悩は知らないだろう。知っていたら平静でいられるはずがない。

 

ヒカルの苦悩、それは清十郎の妻である姫川愛梨が彼に性行為を強要していたという事実だ。

そして激怒したリンネが超常の力を隠すことを止めて愛梨を成敗したというのが、今回の一件の真相である。

 

彼が初めて性的暴行を受けたのは彼が小学生の頃。

法律により13歳未満の相手との性行為は仮に同意があったとしても犯罪である。

 

「愛梨、お前……!」

 

「なによ……アンタだって色んな女に手を出しまくってるじゃない!

 それに私だって、ずっと同じことされてきたのよ……?

 愛してやってるだけマシじゃない!

 やり返して何が悪いって言うのよぉ!」

 

「悪いに決まっとるわボケがぁぁぁあ!!」

 

そこでアイの手を振り払ったリンネのドロップキックがさく裂。

愛梨の顔面が崩壊し首がえげつない角度に曲がったが、即座に白い炎を浴びせられ元の形と意識を取り戻す。

 

彼女が性被害を受けていたのは事実だろう。

これもまた芸能界の闇であり、同情はする。

しかし彼女を苦しめた当人ではなくまったく無関係の人間にやり返すならそれはただの八つ当たりだ。

リンネは自分に向けられる場合を除き八つ当たりを許容しない。

 

そしてリンネがここまで激昂する理由が、もう一つある。

彼女はへたり込んだままの愛梨を見下ろして、背中の炎を燃え上がらせた。

 

「夫も同じことをやっている……?ふざけるな!

 貴様の裏切りはその程度にとどまるまい!!」

 

「え……?」

 

 

 

「先ほどいた子供……あれの父親はヒカルであろうが!!」

 

「「「「!?」」」」

 

人格性格とは関係なく、近しい血縁は霊圧も似通うものだ。

魂を見る目を持っているリンネはこの部屋に来て一目見た瞬間真実に気づき、さらに愛梨への殺意を燃え上がらせた。結果があの惨状だ。

 

「大輝が……俺じゃなくて、ヒカルの……!?」

 

「さっきの子が、僕の、子供……!?」

 

「……おいおい、待てよ。

 ちらっと見たけど、あの子3歳くらいだったろ……?

 ヒカルはまだ14歳なんだぞ!?」

 

「……11歳なら、かろうじて可能性はある。

 探せば過去の実例も見つかるじゃろうな……!」

 

 

「は……ははははは!そうよ!大輝はヒカルの子よ!

 だから逃がさない……ヒカルは一生私から逃げられないんだから!

 アハハハハハハ!!!」

 

 

「「「……!」」」

 

あれだけ何度も殺されて、それを成した鬼に睨みつけられ、それでも愛梨は勝ち誇ったように、狂ったように嗤い始める。

ヒカルと清十郎は怒りの感情よりも、理解できない者への嫌悪感が勝っているようだ。

 

「愛がほしいんでしょヒカル?

 だったら私から逃げちゃダメよ!

 どうしようもなく空っぽな貴方が、他の誰かに愛されることなんてないんだから!」

 

「っ、この糞野郎!」

 

怒りの沸点を超えた斎藤が殴り掛かろうとするが、アイが彼の袖をつかんで止める。

 

「…………」

 

「な、なによ……!?」

 

そしてアイは愛梨の前に歩み出て無言で彼女を見下ろした後、身をひるがえして。

 

 

 

「んっ」

 

 

 

ヒカルの唇を奪った。

 

「「「…………は?」」」

 

「……へ?え?え!?」

 

嘘の仮面を失くしてしまったヒカルは顔を真っ赤にして狼狽える。

振り向いたアイは愛梨に向かって勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

「帰ろ、ヒカル。私たちの家に」

 

「…………うん!」

 

「しゃちょー、私たち先に車で待ってるから!」

 

アイはそのままヒカルの手を握り、硬直した大人たちを放置して家の外へと出て行った。

 

 

「……ウチのアイドルに男がぁぁぁああああ!!」

 

「赤飯じゃぁぁああああああ!!!」

 

「オイコラ六道!『やましいことなんてない』っつってたろ!

 アンタを信じてたからヒカルの滞在を公表して後押ししたんだぞ!?」

 

「やましくないじゃろ!大変プラトニックなお付き合いではないか!

 これが初ちゅーじゃぞ、初ちゅー!」

 

「付き合い方の問題じゃねぇんだよ!

 あぁぁぁ……マジでバレたら終わる!どうすりゃいいんだコレ!?」

 

「あぁぁ……うそ、うそよヒカル、ねぇ。

 私を捨てないで……おいていかないでよぉ……っ!」

 

 

 

「……あー、なんかもう、どうでもいい……」

 

 

鬼の強襲から妻の浮気と狂気、息子の真実、そして若者たちの青春ラブコメ。

立て続けに揺さぶられた脳がオーバーフローし、上原清十郎は考えることを止めた。

 

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