『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第9話

 

上原清十郎も確かに女遊びが激しく、それは妻に対する裏切りではあった。

しかし姫川愛梨のやったことは明確な犯罪だ。

リンネが超常の力を行使してまで集めた証拠と、被害者であるヒカルの証言により、姫川愛梨は逮捕された。

彼女は朝ドラの主演も務めたこともある知名度の高い女優だったので、ニュースでも大きく報道された。

もちろん、被害者であるヒカルの名は伏せられている。

そしてマスコミのインタビューを受けた清十郎は傷ついた様子で離婚を発表。それも当然と受け止められた。

彼には苺プロが懇意にしているやり手の弁護士を紹介したので、きっと多額の慰謝料をもぎ取るだろう。

ついでに苺プロ……というかリンネからも、今回の彼女の大暴れに対する迷惑料や口止め料として結構な額を支払っている。

そうでなくても清十郎は『アレを敵に回したくない』と口にしていたが、彼に悪いと思っているのは本当なのでちゃんと頭を下げて押し付けた。

 

しかしこれで事態は解決とはいかない。問題はいくつも残っている。

その一つは、上原清十郎の息子ということになっていた『上原大輝』の扱いだ。

 

事件後に清十郎自身がDNA鑑定を依頼し、大輝は間違いなく姫川愛梨とカミキヒカルの息子であると断定された。

清十郎との血縁はなく、愛梨とも離婚することが決まった以上、彼と大輝は完全な赤の他人。

子供に罪はないとはいえ『もう息子として育てることはできない』と漏らした清十郎を責めるのは酷だろう。彼はこの件が落ち着いたら役者をやめ、どこか人の少ないところで静かに暮らしたいとこぼしていた。

しかし児童性愛者で犯罪歴もついた愛梨に彼の親権を渡すなどもっての外。児童養護施設に預けるのも論外だ。

責任を感じたヒカルが引き取り手に名乗り出たが彼はまだ15歳になったばかり。子供を育てられるほどの収入もなく、あまりに幼すぎる。

ちなみにリンネが先に名乗り出たが大輝の方に拒絶された。鬼の格好であれだけ暴れたのだから無理もあるまい。

子供好きの彼女は子供に拒絶された事実にショックを受け、しばらく部屋の隅で膝を抱えていたがそれはどうでもいい話である。

 

話し合いの末、大輝は斎藤社長とミヤコが引き取ることになった。

二人はしばらく前に籍を入れ、夫婦となっている。

大輝は非常に聡明な子で、幼くして育ての父親の駄目っぷりも実の母親のクズっぷりもなんとなく察していたらしく、彼らから離れることを嫌がることなく『斎藤大輝』になることを受け入れた。

 

そしてカミキヒカルも所属事務所を苺プロに移した。

彼自身が恋人と血縁上の息子の傍にいたいと願い、オカルトという苺プロの秘密を知った彼を囲い込んでおきたい社長にとってもその方がありがたい。

ヒカルの所属していた事務所との交渉には清十郎も同席し口添えをした。

彼の元妻である愛梨の事件は相手方も当然把握しており、状況から事情を察して同情し、渋ることなく移籍を受け入れた。

違約金だけは発生してしまったが、それは苺プロが全額即金で支払った。

 

これで残る問題はあと一つ。

アイとヒカルの恋人関係をどのように扱うかである。

 

苺プロの事務所のオフィスで大人組が頭を抱えていた頃、スタジオでは年下イケメン彼氏をひっかけたアイに対して高峯と渡辺が怒りをあらわにして襲い掛かっていた。

ヒカルは何度か苺プロの事務所にも来ていたので彼女らも面識があり、彼がアイと懇意だとは知っていたが『あわよくば』と狙っていたようだ。

ちなみにニノは蚊帳の外でいようとしたがすぐに巻き込まれ、アイと同じく高峯たちに襲われる側となった。

ニノも彼氏持ちだということはすでに高峯たちにバレていたらしい。後ほど社長の二度目の絶叫が事務所に響く予定である。

 

アイたちが習得した『天神武装』は特に強度と治癒力を高める技。

発動している間はそう簡単に怪我などしないし、怪我をしてもすぐに治るのだから4人は一切手加減なし。

キャットファイトなんて可愛らしいものではない。

巻き込まれれば人死にが出るメスライオンたちの決闘である。

彼女らの超人としての戦闘力を目の当たりにしたヒカルはスタジオの隅で震えていた。

残念ながら彼はライオンの群れの長の器ではなく、ただの獲物でしかなかったようだ。

しばらくすると騒動を聞きつけた社長が怒鳴り込んできて4人全員を揃って正座させた。

防音設備程度で防げる衝撃ではなかった。何しろ物理的に事務所全体が揺れていたので。超人たちに今のスタジオは手狭すぎた。

 

議論の結果、やはりアイとヒカルの関係は隠し通すことに決まった。

時代が進んで幾分マシになったものの、まだまだ芸能人の恋愛に対して世間の反応は否定的だ。

しかし苺プロの社訓としては恋愛を禁止しておらず、二人の関係は多少歪であるものの清らかなものである。

改めて当人から聞いたヒカルの過去は凄惨なものであり、アイの隣にいることが心の支えとなっているのならば、斎藤社長は『くれぐれも節度あるお付き合いを』と凄むくらいしかできなかった。

 

 

 

そして数か月後、アイの妊娠が発覚した。もちろん相手はヒカルである。

 

ようやく愛梨の支配から解放されたヒカルだが数年にわたる性的暴行は彼に深いトラウマを植え付けており、事件後もしばらくはうなされ続けていた。

そして『偶然』リンネが事務所に泊まり込みで仕事をしていた夜に。

『偶然』ヒカルが精神的にひどく不安定な状態に陥り。

アイが彼を救うために、つらい記憶を上書きしようと身を捧げ。

結果が『偶然』、いや『奇跡』のワンショットである。

 

もちろん双方できる限りの対策はしていた。

しかしそれでも可能性はゼロにはならず、そしてヒカルはそのわずかな可能性を引き当てた。

大輝の件といい、彼の名スナイパーっぷりに彼自身が頭を抱える有様だ。

 

しかし彼以上に頭を抱えているのはもちろん斎藤社長である。

リンネが気づくのが早かったおかげで今なら中絶も容易だというのに、アイ自身が出産を望んでいるからだ。

 

「馬鹿野郎!親になるってことの意味わかってんのか!

 それにお前はまだ16!幼いと母体も危険なんだぞ!?

 ……六道も、親としてなんか言ってやってくれ!」

 

「『元服』と言ってな、昔の武士は15歳で成人扱いだったんじゃ。

 戦や飢饉で平均年齢がずっと短かったからな。

 戦国時代の姫君も12~13歳くらいからが結婚適齢期とされ、そのくらいの年齢で出産する者もいたらしいぞ?」

 

「へぇ~~」

 

「アンタ肯定派かよ!?」

 

様々な世界、様々な時代を生きた経験を持つリンネはそのあたりの倫理観が現代社会に最適化されていない。

とある世界では現代社会なのに15で親になった兄と義姉もいたので猶更だ。

斎藤社長は母体であるアイへの負担を気にしているが今の彼女は超人。

優れた医者であり超常の力を持つリンネが付き添えば、万が一すらありえない。

それにアイは『おばーちゃんみたいなお母さんになりたい』と言ったのだ。

ならばその願いを支える以外の選択肢はなかった。

 

確かに若い二人は経済的な面での不足はあるが、愛を知ったヒカルの最近の躍進は著しい。

移籍してすぐだというのに、すでに苺プロの顔と言えるほどの活躍をしている。

しばらくは『苺プロに負担してもらった違約金を返却するため』と稼ぎのほとんどを自主的に献上しているが、この調子なら数年で返済を終えるだろう。

それが過ぎればあっという間に億万長者だ。

しかも彼らの義母となるリンネは億万長者どころかとっくに総資産が兆を超えている。

だから後はアイが専業主婦になれば円満な家庭を築くことは容易であるのだが。

 

「アイドルは辞めないよ?」

 

「「「はぁっ!?」」」

 

まさかの宣言には流石にリンネも驚いた。

アイはヒカルとの恋愛のみならず、子供を産むことも、子供を産んだ後も、全て隠してアイドルを続けるつもりだという。

 

「私はあきらめないよ。アイドルをやることも、お母さんになることも。

 星野アイは欲張りだから!」

 

「……無茶苦茶だコイツ……!」

 

B小町の躍進は続いており、このままいけば単独ドームライブもいずれ訪れる確定した未来と言ってもいい。

そんな状況でセンターのアイの離脱はとんでもない痛手だ。

ニノたち3人だけでも不可能ではないだろうが間違いなく遠ざかる。

だから彼女がアイドルを続けてくれるのは斎藤社長としてはありがたいのだが、同時に抱えることになる爆弾が核弾頭並み。

夢を叶えるのが先か、胃痛で倒れるのが先か。

斎藤社長のチキンレースはデッドヒートを続けることになる。

 

 

「……その言葉、二言はないな?」

 

「うん!」

 

「わかった。ならば……」

 

リンネはアイの目の前で携帯を取り出し電話をかける。

 

「……もしもし、『あゆみ』か?」

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「……そうですか。アイが、母親に……」

 

『すまん。儂もこんなに早いとは予想していなかった』

 

「ふふ、私もこんなに早くおばあちゃんになるなんて思いませんでしたよ」

 

リンネから事情を聞かされたアイの実の母親である『星野あゆみ』は、監督不行き届きなリンネを責めることなく穏やかに笑う。

 

もう7年も前になるのか。

実の娘から逃げ出した彼女の前に、実の娘を背負ったリンネが天から降りてきたのは。

 

あまりに女として魅力的すぎる娘、それでも愛する娘を守るためには、娘に暴力を振るう自分を遠ざけなければと考えた。

その悲痛な叫びを聞いたリンネは母親になり切れなかったあゆみを哀れだと断じたが、行いを責めることはしなかった。

そして代わりにアイの母になるという彼女に、あゆみは甘えてしまった。

 

『アイドルを続けるなら、隠蔽工作が必要になる。

 そのため産まれるアイの子は、アイの近縁者として扱いたい。

 ……歳離れた妹か弟ということにさせてもらうが、良いか?』

 

「かまいません」

 

『……すまない』

 

あゆみがアイの母親であることはもちろん公表しておらず、知る者はほとんどいない。

しかしこれでアイの親の世間的な評価は『生んだばかりの子供を娘に押し付けたクズ親』になる。

だがそれが娘への償いになるのならと、あゆみはためらうことなく悪評を背負うと決めた。

 

『……お主はもう立派に母親じゃよ。

 いつか、自分を許してやれるといいな』

 

「……ありがとうございます」

 

『お主が孫の顔を見に来る日を、楽しみにしている』

 

そこで通話が途切れた。

狭く小さい部屋で一人、ポツンと座ったままだったあゆみは立ち上がる。

 

 

「孫の顔、か。きっとアナタに似て素敵な子に育つんでしょうね……」

 

そして大切に飾られたB小町のファーストアルバムのジャケットに映る娘の笑顔に、愛おしそうに手を添えた。

 

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