アイがヒカルの子を妊娠し、しかもそれを隠し通すつもりでいる。
であればアイの母であるあゆみに協力してもらうだけでは足りず、苺プロ全体で隠蔽工作を行わねばならないと、リンネは判断した。
B小町のメンバーにも事情を説明し協力依頼を……と思ったがすでにアイから連絡していたらしく、翌日事務所に集めると速攻で高峯と渡辺がアイを土下座させていた。
普段はまず肉体言語から始まる彼女たちのコミュニケーションだが、一応は妊娠している女性に物理的な暴行を振るうことは躊躇われたようだ。彼女らの成長を嬉しく思う。
ちなみにニノは少し羨ましそうにしていた様子を社長に見抜かれ、『お前まで早まらないでくれ』と逆に泣きながら土下座されていた。
今のところ彼女の恋愛事情は順調なようだが、この様子ではアイドルを卒業するまでゴールインはお預けだろう。
……いや、本来はそれが正しい。アイが生き急ぎすぎているだけだ。
斎藤社長とミヤコと彼らの養子となった大輝、B小町の4人とヒカル、そして数名の苺プロ一般スタッフ。
合計20人にも満たないが、これが苺プロ関係者全員だ。
リンネは彼らを連れて別の街へと移動し、建設途中のビルの前で足を止めた。
「おっきいビルだねぇ~。20階くらいあるかな?
見た目はほとんど出来上がってるっぽいし、完成間近って感じ」
「都心から少し離れてるけど駅やバス停も近いし、相当好条件ね。
その分賃料もとんでもないでしょうけど」
「……へっ!いつか苺プロの事務所もこんくらいのでけぇビルにしてやるさ!」
「いつかじゃなくて、今からするぞ」
「「「…………は?」」」
「このビルのオーナーは儂じゃよ。
ここを苺プロの新事務所兼社員寮にする」
「「「はぁぁーーーーっ!?」」」
表舞台に顔を出さないので名前だけだが、国内有数の資産家である六道リンネはその筋では有名人である。
だから『建設途中でオーナーの会社の業績が悪化したため買い取り手を探しているビルがある』という話は彼女のところまでやってきた。
調べてみたところかなり良い物件で、未完成であることとオーナーが一刻も早く売却しお金に換えたいという事情があったため価格も激安。
『全額一括で』という条件も問題なくクリアできるので即座に名乗りを上げ、所有権を買い取り建設を再開させていた。
苺プロが秘密主義で少数精鋭の会社として運営しなければならなくなったのは、リンネの特異性のせいだ。
社長たちも全員納得済みとはいえ、彼女は負い目に感じていた。
彼らが周囲の目を気にして秘密を漏らさぬように生活するのも負担だろう。
だから苺プロ社員とその関係者だけしか入れない寮を作ることにした。
今日もリンネの気遣いのベクトルは狂った羅針盤のように断固として正確な方向を向いてはくれない。
「駐車場は地下じゃ。事務所やスタジオは1階から4階まで。5階は共用施設。6階より上を社員寮にする。
5階以上は事務所の奥にエレベーターを設けて出入りを限定する。
これならアイやヒカルが一緒に出入りするところを見られてもどうとでも言い訳ができるじゃろ。
育児をするにあたっても寮のエリアなら人目を気にする必要もなし。
……あ、この中に閉じこもっても退屈しないよう、1フロアは遊技場にしようかの?」
20人足らずの人間が暮らして働くにしては、あまりに大きすぎるビルだ。
これから従業員が増えるとしても、多少居住エリアを減らしても余裕だろう。
……違う。彼女に気遣ってほしいのはそこじゃない。
「……六道、アンタはいつになったら『報連相』を覚えるんだ?」
ずり落ちたサングラスの隙間から、斎藤社長の闇を纏う瞳がリンネを貫く。
失敬な、記憶『は』しているとも。実践しないだけで。
それに購入段階で相談すれば斎藤社長は尻込みしただろうし、彼の決断を待っていたら他所に先取りされる可能性もあったはずだ。
「くけけけ。しかし見ての通りまだ内装に手がついておらんのじゃよ。
なんでそこまで終わってから伝えるつもりだったんじゃ」
全員を連れて中に入ると、床や壁は建材がむき出し。配管や配線も終わっていない。
だがこの大きなビルの内装が一通り終わるまでとなれば、どれだけ急がせても1年は掛かる。
アイの出産までには到底間に合わない。
「じゃから内装は儂が『創る』。
お主らにはどんな形にするか相談して意見を出してほしいんじゃよ。
社長たちは事務所、アイやヒカルたちは主に寮の部屋の内見をしてくれ。
案がまとまったところでそれを参考にして仕上げておくから」
「それ絶対まともな方法じゃねぇだろ!」
「ちょっとくらいDIYしてもいいじゃろ」
「ちょっとの範疇じゃねぇっつってんだ!
こんなでけぇビルでDIYする奴がどこにいるんだ馬鹿野郎!」
「ここ」
「ちくしょぉーーーーっ!!」
更地にビルをニョキニョキと生やすことに比べたらちょっとと言ってもいいはずだ。だができる限りやりたくない。
建物を丸ごと作ると監査とか各種証明書とかをでっちあげるのが大変なので、最悪はブック・オブ・ジ・エンドに頼らないといけなくなるし。
「どんな部屋にするか、好きに決めていいんですかっ!?」
「構わんが、基本的に部屋の形はすべて同じにするからな?
自分にだけ都合のいい形にはしないように。
……あ、居住人数による分類はあるぞ?
1人暮らし用、4人以下の家族用、それ以上の大家族用の3種で進めておる」
「それって家族を呼んでもいいってこと!?」
「苺プロの守秘義務契約書にはサインしてもらえばな」
「うっ……う~~ん、でも悩むなぁ~~っ」
B小町はまだ未成年だから親と一緒の家で暮らしている。
家庭を持っているスタッフもいるだろう。
やむを得ないことだが苺プロの守秘義務はかなり厳しいので、家族を呼ぶかは彼らの判断に任せたい。
数日後、出揃った意見を確認したリンネがビルの中で掌を叩いたら、DIY終了である。
そして現在の苺プロの事務所に戻りもう一度叩いたら、事務所の引っ越し終了である。
ビルの内部は外部の目に晒されていないし、事務所には晒したくない書類や機材があるとはいえあんまりな所業。
アイは『いっそ自分たちも転移で運んで』と駄々をこねたが、彼女たちが移動する痕跡が残らないのもあとで問題になるかもしれないので、社員は全員自分の足で新事務所に移動するように伝えた。
事務所とは違い大家や周囲の眼があるので、彼女たちの住んでいたマンションから寮への引っ越し作業もちゃんと業者を雇った。
鍛え上げていると妊娠してもおなかが大きくならず見ても発見が遅れることがある。
超人として鍛えているアイにもその傾向があり、経過した日数に比べれば膨らみは小さかった。
容態も安定していたのでアイは妊娠発覚から数か月は普通にアイドル活動を続けていた。
しかし彼女のおなかの中にいたのは双子だったため、ギリギリまで隠しきるのは難しく見た目に変化が出てきたところで半年の休業を発表。
B小町はしばらく3人で活動することになった。
高峯たちはこの機会に完全にセンターの座を奪ってやるとアイを煽り、リンネもそれを応援したのでアイが半泣きで縋りついたが、これも罰だと言われれば誰も彼女を擁護しなかった。
そして数か月後、出産間近になったところでアイは事務所の医務室に連れてこられた。
リンネという最強の産業医がいるのだから病院にいく必要などなく、秘匿の意味を考えるとむしろ外部の目に晒す方がまずい。
実際、休業からこの日に至るまでアイはこのビルに缶詰だった。
ヒカルが仕事の合間に足しげく彼女のところへ通っていたし、遊技室もあるので退屈はしなかったが。
しかしこのまま出産まで医務室で過ごす準備をしているのかと思いきや、リンネが用意したのは2枚のタオルだけ。
アイとヒカルにそれぞれ1枚ずつ持たせ、空いた両手で彼女が掌を叩くと。
「「……へ?」」
アイのお腹がストンと凹み、二人の持つタオルの中には一人ずつ赤ん坊がいた。
「…………ぇぇぇぇえええ!?
取り出しちゃったの!?なんで!?
こういうのってお腹を痛めて産むのが大事なんじゃないの!?」
「母体への影響と産後の負担を考えたらこっちの方が合理的じゃ。
これも罰の一つと受け入れておけ」
「むぅ~~……まぁ痛くないならいっか!」
「軽いよね、アイ」
双子の産毛は金髪、どうやらヒカルからの遺伝のようだ。
産声を上げる赤ん坊の眼はまだつぶれているが、時折覗く兄の瞳は青く、妹の瞳は赤い。
この特徴からアイがその場で双子の名前を考えたのだが。
「お兄ちゃんの名前が『アクアマリン』で、妹の名前が『ルビー』!」
「ちょっと待った!それは流石に!」
「え?かわいくない?」
「いや可愛いとかじゃなくて、おじいちゃんやおばあちゃんになってもその名前を名乗るんだよ?
本当にそれでいいと思うの!?もっとよく考えて!」
「え?かわいくない?」
「……そうだった、アイのセンスは……」
ヒカルと付き合うようになって見た目は随分気を遣うようになったが、元々アイは感性がかなりズレている。
本来はそれを矯正すべき義母の方も少年みたいなノリで生きているのでどっちもどっち。
しかもこうと決めたら譲らない頑固なところはそっくり。
ヒカルは根気よくアイを説得し、何とか兄の方は『アクア』に変更することを承諾させた。
数年後、このエピソードを聞いた本人は父の奮戦に深く、深く感謝の意を表した。
「…………」
しかし念願の子供を授かり浮かれていた二人は気づかなかった。
こういう時に一番騒ぐはずの義母が、口を閉じていたことに。
彼女の瞳は二人が抱える双子、その魂を鋭く見つめていた。
ドラゴンボールの世界でウィスがブルマの子を取り出した場面に立ち会っているので、その出産方法が彼女の選択肢にありました。
母体に一番負担がかかるのって出産の瞬間なので、この状況ならヒノカミはスキップすると判断しました。