有馬は、まもなく迎えに来た自分のマネージャーの女性に問い詰めた。
自分の売り出し方について、事務所はどのように考えているのか。
子供に教えるには生々しく、他所の事務所で口にしていい話でもなかったが、有馬があまりにも必死に懇願するので『他言無用で』と添えて明かしてくれた。
有馬の事務所としてもおおむね斎藤社長と同意見であり、今の有馬かなの売り出し方は好ましくないと思っているらしい。
有馬にとっても事務所にとっても、マイナスは非常に大きいそうだ。
有馬が所属する事務所は子役専門だ。
そして子役は数が少なく寿命が短い。
10代半ばにもなれば子役ではなく役者を名乗らねばならなくなり、子役という希少価値を失ってしまう。
なので有馬の事務所としては彼女がいなくなった後に看板を背負ってくれる次の子役を育てる必要がある。
そのためには当人に仕事を与えて経験を積ませ、知名度と実力を上げていかねばならない。
しかし有馬の母親は、娘にとにかく多くの仕事をと事務所に迫っているらしい。
仕事を全て有馬に取られては事務所は次が育てられない。
有馬は世間に認められた天才子役であり我儘を通せる立場だが、子供である以上保護者の発言権が非常に大きい。
なので母親の言葉も有馬当人のものと同様に尊重するしかない。
そしてなぜ有馬の母親はそうまでして娘に仕事を与えようとするのか。
そちらも推測だが語ってくれた。
もちろん稼ぎも理由の一つだろうが、それ以上に彼女を突き動かすものは。
自己満足。
有馬の母親はかつて芸能人を夢見ていたが、叶わなかった。
そして今の彼女は娘に自分を投影している。
娘が偉くなればなるほどその母親である自分を無視できなくなるし、周囲はへりくだって接してくれる。
我儘を言っても許されるようになる。そして自分が偉くなったと錯覚して自己肯定感に満たされる。
だからもっと自分が偉くなるために娘を偉くしようとする。その悪循環を続けているのだ。
やり方が間違っていると言う言葉に耳を貸すこともなく、目の前の成果を求めて短絡的に。
話を聞き終えた有馬は愕然としていた。
自分のために動いてくれていると思っていたのに、母親自身の欲望を満たすのが目的だったなどと聞かされれば当然だ。
有馬に『大御所は相応の振る舞いをするもの』と教え込み我儘を肯定したのも母親だそうだ。
それは母親が自分に言い聞かせている言葉であり、彼女が自分の言動を肯定するための免罪符のつもりなのかもしれない。
有馬は『すぐに母親と話をする』と言い、マネージャーの手を引いて飛び出してしまった。
「……これで先輩も、大丈夫?」
「難しいだろうな。聞く限り有馬の母親は感情で動いている。
理屈じゃないから説得が非常に難しい。子供の有馬じゃまず無理だ」
その夜、アイが不在のタイミングでルビーがアクアに尋ねるが、医者としてカウンセリングの経験を持つ彼は首を横に振る。
有馬の事務所も斎藤社長と同意見ならば有馬の売り方に口を出すはずで、有馬の母親が感情的でなければ耳を傾け、その方が後に繋がると理解するはず。そうなっていないという現状がすでに答えだ。
感情に振り回されている人間は自分が正しいという前提で向かってくるから聞く耳を持たない。
そして有馬自身もかなり感情を表に出すタイプ。
互いにヒートアップしてまともな会話にならないだろう。
「こういうのは当人が自覚するのを待つしかないんだ。
だがそれまで有馬が耐えられるかは……」
「……おばーちゃん!」
「確かに儂ならかなの窮状を改善できる。武力でも権力でも財力でも振りかざせばな。
しかしかなが望んでおるのは母親との『決別』ではなく『和解』。
赤の他人がしゃしゃり出て力尽くで解決しては、亀裂は決定的となろう」
これが犯罪行為ならばとっくに動いているが、有馬の母親の行いには一切の違法性がない。
娘に暴力を振るっているわけでも育児放棄しているわけでもない。
そして確かに娘を愛しているが故の行いなのだ。
……道具や愛玩動物に向けるような、歪んだ愛かもしれなくても。
「なんでよ……母親って子供を愛するものじゃないの……?」
「…………」
「愛にも、いろいろあるんじゃよ」
天童寺さりなの死後ですら、彼女の親が会いに来なかったことは未だルビーには秘密にしている。
アクアは押し黙り、リンネはありきたりな言葉で煙に巻いた。
翌朝、有馬は泣きながら苺プロの事務所にやってきた。
やはり彼女の母親は有馬の言葉に耳を貸さなかったらしい。
それどころか大輝とアクアが露出を減らすつもりと聞き、今こそ娘の天才子役の地位を盤石にする好機だと、一層事務所に圧力をかけようとする始末。
そして有馬はおそらく生まれて初めて、母親と盛大に喧嘩をした。
「だってママが、皆のこと嘘つきだって……!
アタシを騙そうとしてるんだって……アクアと大輝のこと、馬鹿だって言うから……!」
有馬を無言で抱きしめるリンネから生じる霊圧を感じ取り、苺プロの面々は冷や汗を流す。
有馬の母親が彼女の中のブラックリストに登録されつつある。
もしここで彼女がなんらかの違法行為を行えば即座にBANされかねない。この世から。
そこでアクアが彼女と彼女の母親を守るため、一晩考えていたことを口にする。
「……斎藤社長、オレの出演を絞る件ですけど」
「ん?あぁ、昨日の話か。それがどうした?」
「有馬との共演に絞らせてもらえませんか?」
「…………え?」
アクアの発言に有馬が泣き止み、潤んだ瞳で彼を見つめる。
「こうなったら有馬の母親が自分の間違いを理解し受け入れるまで待つしかない。
だからそれまで、オレが有馬を支えます」
子供を守るのは大人の役目だ。
だが最も傍に寄り添い守るべき親がその妨げとなっている。
ならば今彼女を支えられる大人は、同じ『子役』である自分しかいない。
「……確かに『アクかな』はまだまだ勢いのあるコンテンツだ。
だがそいつに絞るとなると、視聴者は完全にお前らをセットで考える。
この先有馬への批判が出てき始めたら、お前に飛び火する危険だってあるぞ?」
「構いません。役者の道が立たれたら、今度こそ医者を目指しますよ」
「っ!?ダメよ!そんなの!」
リンネから離れた有馬はアクアの前に立ち両肩を掴むが、彼は顔色を変えることなく続ける。
「だったらお前も努力するんだ。
視聴者だけじゃない、スタッフにも嫌われないように。
メディアでネガキャンなんてされたらどうしようもないからな」
「っ、でもアタシ、口が悪いし、今更性格なんて変えられない……」
「変えなくていい。演技するんだ」
「演技……?」
「『みんなに好かれる有馬かな』を演技すればいい。
事務所でも現場でも……母親の前でも。
できるだろ?『10秒で泣ける天才子役』」
「……!」
「……きっとすごく大変なことだと思う。
嘘をつきすぎて、本当の自分がわからなくなるかもしれない。だから……」
アクアはその小さな手を、有馬の頭の上へと置いた。
「オレの前だけでは演技をしなくてもいい。
どんなに我儘で口が悪くても。
本当の『有馬かな』を、全部受け止めてやるから」
「~~~~~~~~~っ!!」
有馬の顔が一気に茹で上がり、持っていた帽子を深くかぶって顔を隠してしまった。
「……落ちたな」
「落ちたわね」
「アイツほんとに3歳なの?」
斎藤親子が驚き呆れ。
「ものすごい女ったらしになりそう。ヒカルの影響だったりする?」
「いやぁ、でもアクアは一切嘘をついてないよ。
アレは僕には真似できないね」
「……つまり、ヒカル以上に?」
「……なるかも、ね」
姉と同僚ということになっている両親が息子の将来を危惧し。
「……ふしゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
狂戦士と化した妹が飛び出して、兄を隠すように立ちはだかって有馬を威嚇する。
「この泥棒猫ぉぉぉおおお!
せんせは私の!私のなの!!」
「はっ、はぁっ!?だ、だれが泥棒猫よ!
誤解を招くようなこと言わないでくれる!?
あ、アタシは別に、アクアのことなんか……」
「嘘つけぇえ!完全にメス堕ちした顔晒してたくせに!
せんせと結婚するのは私だもん!
16歳になったら結婚するって約束したんだもん!!」
「せんせって……アクアのこと!?
兄妹が結婚できるわけないでしょ!?
法律で決まってるの!ブラコンも大概にしなさい!」
「はぁーーーー?愛さえあれば法律なんてハードル余裕でくぐり抜けられるんですけどぉーーーーっ!?」
「くぐるな!せめて飛び越えろ!」
幼い肉食獣が獲物を奪い合うキャットファイトを始めた隙に、捕食対象がすすっと離れてリンネの隣に避難する。
ルビーの発言を、他の大人たちは若気の至りか兄妹仲の良さの表れくらいにしか捉えていないようだが。
(ルビーの今世は、完全に前世の延長なんじゃな。……正直どうするんじゃ?)
(軽い気持ちで約束を口にした前世の自分をぶん殴りたいです。
……いや、嬉しくは、あるんですが……)
(兄妹、しかも双子じゃからなぁ。
流石に近親婚は……同性婚ならもう十数年もすれば実現するじゃろうけど)
(え?マジで?)
(マジマジ。あと一夫多妻も希望はあるぞ?
数百年前は日本どころか世界中で当たり前だったし、国次第では今でもあるわけじゃしな)
(……何を言いたいのかわかる気はしますが、有馬は4歳ですよ?
そしてオレはアラサーのおじさんです。
トータル18歳のさりなちゃんでもアウトなのに……)
(げらげらげら。さぁて、それはどうかのぅ)
この場には有馬のマネージャーも居合わせていた。
彼女の事務所にとってもこれは渡りに船。即座に話を持ち帰り上へと伝えた。
後日正式に社長同士で対面し、水面下で連携して有馬かなと星野アクアを売り出していく方針で合意した。