「やー……なんていうか、とうとうここまで来たかーって感じだね」
「よく今日まで生き残れたもんだよ私ら」
「それどっちの意味?
芸能人として?それとも生物として?」
「どっちもに決まってんじゃん」
「「「だよねぇ~~」」」
ついに訪れたB小町ドームライブの日。
アイ・ニノ・高峯・渡辺の4人は彼女たちだけの控室で思い思いの場所に腰掛け、完全に脱力しきっている。
圧倒的収容人数を誇るドームが満員になっていると聞いてもこの有様だ。
なんだかんだと、彼女たちは今日にいたるまでおよそ8年もの間人々の視線と感情に晒されてきた。
嫌でも鍛え上げられてきたメンタルは、数万人の視線を浴びたくらいでは揺るがない。
そう自負できるだけの経験と実績が彼女たちを支える柱となっていた。
「いやぁ~、でも色んな事があったよねぇ~……」
「あはは、昔を懐かしむようになったら老けた証拠じゃない?」
「いいじゃん。アタシらももう大人になったんだからさ」
「そっか、ならちょっとくらいいいよね」
そこで4人は過去に思いを馳せる。
少しずつ、少しずつ頭の中で記憶を遡っていくと、彼女らの脳裏にモザイクだらけの映像が流れ始める。
「……やめよっか」
「「「うん」」」
過去ではなく未来を見つめようと即座に話題を切り替える。
「……ねぇ、皆はアイドル引退した後どうする?」
「気が早くない?まだ20歳だよ?」
「いや、めいめいの言う通りだよ。
ドームライブを開く今この瞬間が、間違いなくB小町の絶頂期だ。
もう上がないなら後はゆっくり落ちていくだけ。
そろそろ身の振り方を考えておかなきゃね」
「そうだね。アイドルの平均年齢は高齢化してきてるけど、私たちもあと5年くらいが限界だと思う」
「そっかー……めいめいはどうするつもりなの?
言い出しっぺってことでめいめいから教えてよ」
「確定じゃないけど……芸能界を引退すると思う」
渡辺の発言に驚いたのは彼女に尋ねたアイだけで、ニノと高峯はこれといった反応を示さなかった。
「……正直さ、辛いよ。リンネさんの言う通りだった。
スタッフの露骨な視線とか、他の芸能人たちの嫉妬とか、アンチの感情とかさ。
10人からもらう声援よりも、1人の罵声が耳に残る……実際に聞いてるわけじゃないから例えだけど」
「わかるよ。この力で綺麗な心のままの人もいるって知れたけど、芸能界にはやっぱり汚い方が多かった」
「忠告されても『自分なら大丈夫』って、根拠のない自信に溢れてたよね。
あの頃の私たちは若かった……いや、幼かったんだ。
苺プロの皆とか『ちゃんとした大人』が守ってくれてなきゃ、きっとどっかで歪んで壊れてたよ」
「……うん。私もとっくに慣れてると思って甘く見てた」
「だから私は、どこかの田舎にでも引っ越してのんびり余生を過ごすつもり。
使う機会もなかったから貯金は馬鹿みたいに貯まってるし」
「そっか……その反応だと、ニノとたかみーも引退するの?」
「うん。ずっと亮介を待たせてるし。
まぁすぐに結婚するかはわからないけど……彼、ちょっと浮気っぽいところがあるから。
ちゃぁんと見張っテおかナいト……」
「「「…………」」」
ニノが笑顔のまま闇を放出し始め、いつものことながら3人はしばし言葉を失う。
デビュー直後のB小町は全員が一級品の実力を持ってはいたがそれでもアイが頭一つ飛びぬけていた。
しかし今のB小町はそれぞれ独自の強みと特徴を持つ対等な4人で構成されたアイドルグループである。
『神に愛された容姿と神がさじを投げたおつむ』。B小町のおバカ『アイ』。
『いつもニコニコ、キレてもニコニコ』。B小町の病み系女子『ニノ』。
『溢れ出る漢気と溢れ出る毒舌』。B小町の姉御『たかみー』。
『猛獣の檻に放り込まれた自称常識人』。B小町の苦労人『めいめい』。
彼女たちのキャラはファンたちにより的確に表現されていた。
明らかにアイドルのキャッチフレーズではないが気にしてはならない。
悪名は無名に勝るのだから。
「アタシも多分やめるかな。やっぱり結婚って憧れるもんね。
アイドルじゃなくなったとしても、芸能人の結婚ってハードル高いし。
まぁ先にお相手見つけなきゃなんだけどねぇ~……誰かいい男紹介してくんない?」
高峯が話題を振るとニノが闇を纏ったまま首をギギギと動かした。
「私カラ亮介ヲ取ルノ……?」
「さすがに略奪婚はしないっての!末永く爆発しろ!」
「じゃあヒカルも取らないよね」
「……ソウネ」
「今の間は何!?」
「お相手かぁ……声かけてくる人は多いけど、芸能人って外面取り繕って中身ドロドロな人が多いしねぇ。
田舎なら誰かいないかな」
「案外アイみたいに、年下を囲って大事に育てるのが正解なのかな……大輝くんってヒカルの子なら、将来ヒカルくん似のイケメンになる?」
彼女たちも苺プロに所属するプロとして、同僚となったヒカルにまつわる秘密は全て共有している。
社長の養子となった彼の本当の父親がヒカルであることも当然知っている。
そして社長たちがそろそろ大輝本人にも伝えるべきかと気を揉んでいることも。
「年の差ありすぎでしょ。大輝くんが大人になる頃には私たちもう三十半ばだよ?」
「いやいや、リンネさんが老けにくくなるって言ってたじゃん。まだまだいけるってきっと!」
「でもそうなるとアイの義理の娘にもなるよ?」
「あ、やっぱやめた」
「どういう意味~~!?」
「……ていうか、ミヤコさんこそおかしくない?
あの人は修行したわけじゃないんだよね?」
「しゃちょーと一緒に呪霊錠つけてるらしいけど、私たちが見えないほど弱くだから効果が出てくるのは何年も先だっておばーちゃんが言ってた」
斎藤夫妻もタレントばかりに苦労をさせてられないと修行を始めたが、日常業務が激務すぎるので時間など取れないしこれ以上の精神的負担を与えられない。
急いで強くならねばならない理由がないので、ただ枷をつけているだけだ。
自分たちよりも年上で、リンネの地獄のトレーニングを受けたわけでもないのに、まったく老けた様子が見えずむしろ美しくなっている気すらする、我らが苺プロの副社長。
本当に異常なのは彼女かもしれない。
「……で、今までの様子を見る限りアンタは続けると」
「うん。女優としてやってくつもり」
「アイこそ引退した方がいいんじゃない?
アクアくんとルビーちゃん、いつまでも弟妹扱いしなきゃいけないんだよ?」
アイが二人を出産したのは彼女が16歳の頃。
アイドルとしてはアウトだが、当時の法律的にはかろうじてセーフだ。
仮に25歳までアイドルを続けたとしたらアクアたちは9歳。
そこで芸能界を引退すれば数年でほとぼりも冷めるだろう。それから事実を公表すれば悪影響は少ないはずだ。
だが彼女が芸能人として活動を続ける限り、その事実を公開できる日は延びていく。
彼女が芸能界から離れない限り、彼女たちが本当の親子になるのは難しい。
「ルビーはアイドルになりたいって言ってくれてる。
アクアも今のところは役者になるつもりがある。
……だったらまだまだ私も頑張らなきゃ!
親として、先輩として、かっこいい背中を見せたいからね!」
「欲張りなことで……アンタらしいっちゃらしいか」
「……でもちょっと寂しいな。みんなとバラバラになるのは」
「あはははは、さっき気が早いって言ったのはアンタじゃん」
「それに芸能人じゃなくなったからって縁が途切れるわけじゃないよ。
苺プロの守秘義務契約は辞めた後も適用されるから、確認のやり取りは続くだろうし」
「むしろ時間の余裕ができるから集まるのは楽になるよね。
……私たち3人だけなら」
「ひどっ!私だけのけ者にするの!?これが芸能界のイジメってやつ!?」
「芸能界辞めた後の話なんだから違うに決まってるでしょおバカ」
「イジメってとこは否定しないけどね~」
3人でアイをからかい、ひとしきり笑ったところでスタッフがまもなく出番であると伝えに来た。
4人は元気よく返事をして立ち上がる。
「さ、遠い未来の話はここまで!
まずは目先のことに全力で取り組まなきゃ!」
「穏やかな老後をおくるためにも、まだまだ頑張らないとねぇ~」
「うんうん!『私たちの戦いはこれからだ!』ってやつだね!」
「「「それ打ち切りの代名詞!!」」」
ドームライブそのものの描写は、もっと上手い二次創作の方にお任せします。
話数もかさんできたので次回で一気に時間を加速させます。