『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第21話

 

番組スタッフのまったく予想していない形でだが、『今日は甘口で』のドラマは総合的に良作と認定された。

やはり1話目が酷すぎてそこで視聴を切る人が多かったが、それでも見続けた原作ファンからは特に賞賛を受けた。

元より番組の目的は新人の売り出しだったので作品の収益には期待していなかったが、わずかとはいえ黒字に転じたのはうれしい誤算だった。

 

その立役者が誰かと言えば、苺プロと有馬かなであることは言うまでもないだろう。

都内の店を貸し切って開かれたドラマ打ち上げパーティーにて、参加していた原作者の吉祥寺は真っ先に彼女のところへ向かい深々と頭を下げ感謝を告げていた。

 

このパーティーにはアクアも参加していた。

彼は直接この番組に関わっていなかったが、苺プロの演技指導の恩恵は誰もが理解している。

一人くらい有馬に付き添いがいた方がいいと考え、やはり有馬と言えば『アクかな』だろうと彼に白羽の矢が立った。

 

そこで彼に声をかけてくる者がいた。

今回の番組のプロデューサーの鏑木だ。

 

彼は当時はまだB小町のアイドルだった星野アイと何度か仕事をしており、その弟ということになっているアクアにも興味を持っていた。

成長期を理由に役者を休止していたアクアだが、高校で芸能科に入ることもあり復帰するつもりでいる。

それを聞いた鏑木は、次に彼が担当する予定の恋愛リアリティショーにアクアを起用したいと言い出した。

 

 

 

「「『お兄ちゃん/アクア』が恋愛~~~っ!?」」

 

「……どういう感情でかは知らんが、その反応はなんか傷つくな」

 

正式なオファーは後から苺プロにメールすると言っていた。

事務所に戻った後でその報告をしたところ、ルビーと有馬の反応がこれである。

 

「そっかぁ~、アクアも恋愛するお年頃になったんだねぇ~」

 

「……いいかいアクア。僕とアイみたいにだけはなっちゃ駄目だよ」

 

アイとヒカルは同年代だった頃の自分の過去を思い出し、アイは感慨深い様子でうなずいていたがヒカルは沈痛な面持ちでアクアの肩を掴んだ。

 

「いや、今のところ受けるつもりないから」

 

「「そっかぁ~~♪」」

 

「……いや、だからなんだよその反応」

 

アクアは未だに外科医の夢を諦めておらず、役者の仕事をおざなりにしているわけではないが熱意はそこまででもない。

明らかに自分に合わない番組にも積極的に顔を出さねばならない理由はないのだ。

雨宮吾郎の享年は28歳。その記憶を受け継ぐアクアはまもなく高校生。合計すればとっくに40を超えている。

ルビーからもよく『言動がおじさんくさい』と指摘されているほどだ。

そんな彼が『芸能界で活動する高校生たちが週末に集まり、様々なイベントを通して恋愛関係を築いていく』というコンセプトの番組を避けたいと思うのも無理はない。

今どきの若い子に合わせるだけでも大変なのに、そんな若者たちと恋愛なんて不可能だ。

 

「およよ、アクたんは恋愛に興味なさげ?」

 

「ない……とは言わないけど」

 

「だったら若いうちに経験しておいた方がいいよ~?

 別にこの番組でなくてもいいけど、アクたんが役者としての活動を再開するなら、これから恋愛シーンとか増えていくだろうしさ」

 

「『若いうち』とか言ってると年寄り臭いぞ。

 他人の恋愛からかう前に、MEMはさっさと大輝兄さん落とせよ」

 

「んにゃっ!?」

 

 

 

「アクア、いいか?」

 

 

 

「んにゃぁぁぁぁぁあっ!?」

 

「お、噂をすれば……?」

 

アクアたちが集まっている部屋に大輝がやってきたが、いつも気が抜けている様子の彼にしては珍しくその表情が硬い。

彼の後ろの斎藤社長とリンネも同様。

リンネの隣のヒノカミはいつもの無表情。最近ようやく彼らもその姿に慣れてきたところだ。

 

「ついさっき、正式なオファーが届いた。

 番組のもうちょっと詳しい資料も一緒にな。

 んで、そいつを先に確認させてもらってオレらで話し合ったんだが……」

 

「アクア。この仕事、受けてくれないか?」

 

「「はぁぁぁっ!?」」

 

「落ち着け二人とも。今から理由を説明する」

 

 

 

恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』。

20年も続く有名な恋愛バラエティ番組。

番組内容に関しては周知の通りであり問題視していなかったが、大輝たちの目に留まったのは内定している他の共演者。

面食いの鏑木プロデューサーらしく、美形の少年少女たちが揃っていたのだが。

 

その中に、大輝と同じく『劇団ララライ』に所属している女優『黒川あかね』の名前があった。

 

「うげ、アイツいんの?」

 

有馬が露骨に顔をしかめる。

彼女と有馬は同い年であり、子役として何度も現場で役を取り合ってきたライバルだ。

有馬はずっと外では『愛される有馬かな』を演じてきたが、過去に黒川にその演技を見抜かれてしまい、露骨に追及を受けて苛立ち彼女を激しく拒絶した過去がある。

以降有馬は黒川を苦手としているし嫌っているが、その観察眼と演技の実力は認めている。

 

「でもあの堅物がこんな番組出るなんて予想外ね」

 

「その通りだ。黒川は堅物でクソ真面目、内気で引っ込み思案。

 恋愛バラエティなんて出るような性格じゃないし明らかなミスチョイスだ」

 

「じゃあなんでその人はこの番組に参加するの?」

 

 

「……黒川の事務所の指示だろう。

 俺も詳しくはないし本人にも自覚はないみたいだが、どうやら黒川は事務所にいいように使われているらしい」

 

 

大輝が以前彼女から聞いた話だが、黒川のギャラの配分は8:2らしい。

当然黒川が2割。彼女は有馬がライバルと認める実力派俳優であり、明らかに取り分が少ない。

彼女はお嬢様とまでは言わないが裕福な家庭なので稼ぎに対して比較的関心が薄く、そこに付け込まれているようだ。

ちなみに苺プロの配分は6:4。

まだまだタレント側の取り分が少ないように見えるが苺プロは社員寮があり、家賃光熱費水道代などは全額会社持ちだ。

業界全体でみてもこれほど良心的な設定はそうないだろう。守秘義務契約と業務の密度がとんでもなく重いけど。

 

そして恋愛バラエティはその華やかさに反して出演者にとって非常に危険でリスクが大きい。

台本がないからこそ問題が起きた時に言い訳ができない。番組内で起きた騒動に対する誹謗中傷が当人にダイレクトに襲い掛かってくる。

番組スタッフ側が『その方が面白くなりそうだから』とあえて出演者が炎上するような流れを作る可能性さえある。

重圧に負け心が折れる程度ならまだマシ、自殺者が出ることも有り得る危険なジャンルだ。

そしておそらく、黒川はその危険性を事務所から知らされていない。

 

「黒川はクソ真面目だからな。ネガキャンなんかもそのまま受け取っちまう。

 番組の展開によっては……最悪の事態もありうる」

 

「「「…………」」」

 

「……だから、オレが守れと?」

 

「それもある。が、もう一歩踏み込みたい。

 ……儂らは黒川あかねを苺プロにスカウトする方針に決めた」

 

「「「はぁぁぁっ!?」」」

 

「ここを乗り切ったところでこのお嬢ちゃんの待遇が改善されるわけじゃねぇからな。

 才能ある若者の冷遇を見過ごすのは芸能界に携わる者として……大人として看過できねぇ」

 

「守秘義務契約の方も問題ない。口の堅さも本物だ。

 有馬も、お前が認める役者が事務所に潰されて消えるなんて気に食わないだろ?」

 

「っ……そりゃ、そうだけどさ……」

 

「アクアにはこの番組に出演し黒川あかねを支えると同時に、彼女から事務所の待遇に関する発言を積極的に引き出してもらいたい。

 できる限り放送で使われるようにな」

 

「……なるほどな」

 

つまり彼らは出演者や番組ではなく、『黒川あかねの事務所』を炎上させるつもりなのだ。

 

 

 

「……わかった。やるよ」

 

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