真っ先にアクアと有馬の意図を理解したのはモデルの鷲見ゆきだった。
彼女は残る二人の男性であるノブユキとケンゴをからかう小悪魔キャラを演じて、アクアたちとは別にもう一つの三角関係を演出し始めた。
二人の男性の気を引くゆき。
二人の女性に挟まれるアクア。
以降も6人の交流は続くがこの二つのグループはほぼ確定となり、それぞれの恋の行方がどうなるかを追っていく方向で番組は進んでいく。
途中ゆきが山場を作るため辞めるフリをしたり。
可愛い幼馴染がいながら別の女の子にちょっかいをかけるアクアがプチ炎上したり。
『でも有馬かななら仕方なくない?』と勝手に沈静化したり。
その流れを聞いた有馬が見事なキレ芸を披露したり。
特に大きな問題を起こすことなく、番組のクオリティを維持して中盤まで来た。
そろそろエンディングをどうするのか視野に入れておくべき頃だ。
だからこのタイミングで、計画を動かす。
「番組の後皆で焼き肉食いに行かねぇ?
社長からいい店聞いてきた。奢るぞ」
「「「「「ご馳走さまでーす!」」」」」
「有馬は上限アリな」
「なんでよ!?」
「見栄張って無駄に高いモンばっか頼むからな。
第一、オレよりお前の方が稼いでるだろうが」
「……お、女の子は色々と物入りなんですぅ〜」
「使う以上に稼いでるし、ちゃんと貯蓄もしてるからとやかく言いたくないけど、浪費もほどほどにしとけよ。
あんまりにも通販の荷物が多くて、配達員さんがほとんどウチのスタッフみたいになってんだろうが」
いつもの『アクかな』節を披露してその日の収録を終え、高級焼肉店へと連れて行く。
芸能人御用達の、セキュリティがしっかりした店だ。
個室に案内された一同はしばし硬直していたが、有馬が遠慮なく次々と注文していくものだから、やがて緊張も取れて美食を満喫し始める。
その様子をSNSに上げて仲の良さをアピールしておき、皆の腹が膨れたところで本題を切り出す。
「……皆、ここからはオフレコで頼む」
「「「「?」」」」
「入ってくれ」
アクアの合図を聞いて、一人の男性が扉を開けて部屋の中に足を踏み入れた。
「斎藤さん!?」
「「「斎藤大輝!?」」」
「よぅ、黒川」
月9の主演を務めたこともある超有名人の登場に、接点のないゆきたちは縮み上がってしまった。
マイペースな彼は周囲を気にすることなくアクアの隣、黒川の正面に座る。
「ど、どうしてここに……?」
「お前に話があってな。アクアたちにこの場をセッティングしてもらった」
「話だったら、劇団で……」
「今日は役者としてじゃない。
苺プロダクション社長の息子として、社長の代わりに来た」
「苺プロの……?」
「率直に言う。お前、今の事務所辞めてウチに来い」
「「「「ええぇっ!?」」」」
番組を利用した立場だからと、本来無関係なゆきたちにも全てを説明する。
アクアと有馬が番組に参加した本当の理由。
恋愛バラエティの危険性。
苺プロ社長息子として感じていた、女優『黒川あかね』への冷遇。
彼女は有馬かなのライバルだ。小学生時代の出演と活躍はほぼ互角。
『この程度の店に萎縮する』ほど、稼ぎが少ないはずがない。
「MEMさんたちに調べてもらった、お前の事務所の資料だ。
今までのお前の出演した仕事の収支や、お前の取り分も書いてある」
「……うわ!中抜きえぐっ!」
「そ、そうなの……?」
「いや有り得ないよこの数字!新人役者並みじゃん!
あかねって子供の頃からドラマとかも出てるんだよね!?」
第三者であるモデルのゆきの言葉で、ようやく黒川も己の現状を理解し始める。
「それに主体性のないお前を今ガチにただ突っ込むだけなんて無能極まる。
台本のない番組では自分から動けなきゃ単なる置き物だ。
アクアと有馬が積極的に絡んでなけりゃ、お前の出番ほとんどなかったぞ?」
「!?」
「そーそー。感謝しなさいよまったくー」
本当の自分の都合を隠して有馬が小馬鹿にするような笑顔を向ける。
しかし黒川はいつものように反発することなく、有馬の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「な、なによ?」
「……かなちゃんは、私を守ってくれてたの?」
「っ!好きでしてたわけじゃないわよ!
……そう!社長が言うから、苺プロ社員として仕方なくね!」
「……そっか」
(……ん?これは……)
今まで黒川の中に隠れていた感情が溢れ出してくる。
大輝と有馬は気付いていないが、あまりに大きすぎる想いの奔流がアクアの意識になだれ込んできた。
(かなちゃん!かなちゃん!!有馬かな!!!)
(っ!?まさか、黒川は……!)
妹のライブにも足繁く通っているアクアならば、当然その感情が何かを知っている。
(かなちゃんかなちゃんかなちゃんかなちゃんかなちゃんかなちゃんかなちゃん!)
(有馬の……厄介オタク……!?)
そもそも、幼い頃に黒川が役者を志したのは有馬に憧れてのことだった。
初めての対面が最悪すぎて反転してしまった彼女の感情のベクトルがもう一度反転した上に吊り橋効果によりブーストがかかった。
「ウチは守秘義務やら何やらが面倒だが、給料はいいしタレントを尊重してる。
少なくともやる気がある奴ならどこまででも応援する方針だ。
この場で返事しろとは言わねぇから、持ち帰って……」
「よろしくお願いします!!」
「……そ、そうか。そっちの事務所との話し合いは父さんに全部任せてくれりゃいい。
ただその前にお袋さんとの話は必要だから都合の良い日を……」
「もしもしお母さん!?……うん……明日でも大丈夫です!」
「……ねぇアクア。アイツ何があったの?
なんか寒気がするんだけど」
「有馬は知らなくていい……いや、知らない方がいい」
本人の同意が得られたことで、苺プロは黒川あかねの獲得に動き出した。
今までの彼女の番組内での発言で既に材料は揃っている。
そして苺プロにはネット主体で活動するアイドル兼スタッフな自称『バズらせのプロ』がいて、ペンタゴンに足跡すら残さず潜入できる自称『ハッキングの達人』がいる。
番組の映像を切り抜いて編集し投稿、界隈に火をつけ、明らかに違法な搾取をしていた証拠となる文書を内部告発のフリをして流出させる形で盛大にガソリンをぶちまけた。
黒川の事務所は『今ガチ』での彼女の活躍にご満悦だったが、逆風が吹き始めるとその知名度が自分たちの首を絞めることになった。
謝罪会見を開かねばならない事態にまで陥り、お偉いさんの首が何人かすげ替えられた。
当然、被害者である黒川あかねの辞表を突き返せるはずもなく。
むしろ賠償を要求されずに済んだと胸を撫で下ろしていた。