「初めまして。黒川あかねです。
この度は色々と骨を折っていただきありがとうございました。
ご恩は働きで返したいと思います。よろしくお願いします」
「苺プロ社長、斎藤壱護だ。
嬢ちゃんの実力は大輝からよく聞いてる。
期待させてもらうぜ」
苺プロの事務所にて斎藤社長と対面する黒川あかね。
しかし彼女はまだ正式に苺プロの所属にはなっていない。
撮影の途中で所属が変わると番組での扱いが面倒になるため、現在彼女が抱えている仕事が全て終わるまで形式上の所属は以前のままになっている。
契約書にサインは済ませているが、適用されるのは『今ガチ』の撮影が終わってから。
だからまだ寮への引っ越しも済んでいないし、苺プロの秘密も知らされていない。
しかし黒川を『今ガチ』が終わるまで放置するつもりはない。
現時点では表面化していないが、今のままの彼女では番組のクライマックスに辿り着く前に画面から消えてしまいかねない。
「台本のない番組の場合でも、あらかじめどんな役を演じるか自分の中で決めておくもんだ。
アクアの場合は『先輩役者の黒川あかねから演技を学びたい後輩』。
有馬の場合は『相方を他の女に取られたくない幼馴染』。
……まぁ有馬の方は嘘か本気か怪しいけどな。
対して、なぁなぁで参加してた嬢ちゃんには役がねぇ。
そして嬢ちゃんは自分から動くキャラじゃねぇから、焦って突然動いても違和感しかねぇし空回りしちまう」
「はい」
「となれば今からでも役を作るしかないが、すでにここまで話が進んでると選択肢がかなり狭まる。
その中で番組を盛り上げることができる役は一つしかねぇ」
「『かなちゃんからアクアくんを取ろうとする女の子』ですね」
「そうだ。『アクアに本気で恋し始めた女の子』を演じて三角関係をよりはっきりさせるんだ。
だが『アクかな』で有名なこの二人の間に割って入るのは至難の業。
ほとんどの視聴者は有馬が勝つと思ってる。それじゃあ盛り上がらねぇ。
相応の説得力がなけりゃ、仮にアクアが嬢ちゃんを選んでも視聴者が納得しねぇ。
だから、二重に役を演じる」
「二重?」
「嬢ちゃんは『アクアに恋し始めた『役者』の女の子』役なんだ。
『役者』なら『アクアの気を引くためにアクアの好みのタイプの女性を演じてアプローチを仕掛ける』のはおかしなことじゃない。
番組の中でもそう宣言しちまえば、突然の変貌も受け入れてもらえる。
後はどこまで有馬に食いつけるか。そこは嬢ちゃんの頑張り次第だ」
「それならできそうです。
……それで、アクアくんのタイプってどんな女性なんでしょうか?」
黒川は取り出したメモ帳に色々と書き込みながら尋ねる。
仕事としてだけでなく、個人的にも気になる情報だった。
番組内での触れ合いで、彼女はかなり星野アクアを好意的に見ていた。
そして本当は自分のために望まない番組に出演していたと聞き、その存在はさらに大きくなっている。
それが自分を引き抜くために依頼されていたことだとわかっていても、自分は彼の献身に守られていたのだと理解したから。
カッコいいし、優しいし、ちょっと陰のオーラを纏っている所も親近感が湧く。
お付き合いも全然アリ。どころか是非お願いしたいくらい。
だから彼女は本気でアクアを落とす覚悟で臨むと決めた。
ここにきて番組の趣旨と彼女自身の意志が一致したのだ。それが『好きな人の片思い相手』だとしても手を抜くつもりはない。
彼女が信奉する有馬が彼に懸想しているのは丸わかりである。
未だに隠せているつもりなのは当人だけだろう。かなちゃんポンコツ可愛い。
「そいつはアクアに直接聞いてくれ。
他の奴らと上の部屋でたむろしてるだろうから、顔合わせにもちょうどいいだろ」
「決まってるよ!お兄ちゃんのタイプは、ズバリ私!」
「のぼせてんじゃないわよ!
アクアのタイプはきっと……小柄で、髪は短めで、笑顔の明るい……」
「…………」
「「こっち向けやコラ」」
「でも実際、アクたんのタイプってどんなの?
お姉さん気になるなぁ〜?」
「……顔が可愛い子」
「「「ゲスい!」」」
「いや大事だろ、顔は。
オレも可愛い女の子は大好きだ」
「黙れ野郎ども!」
「野郎って、僕も入ってたりするのかな」
「この外見だけの女を娶った君に、否定する資格はないよ」
「月読ちゃんって私に対して当たりが強いよねぇ……なんで?」
社員用の広い共用スペースで思い思いに過ごしている苺プロの誇るトップタレントたち。
以前の事務所ではお互い商売敵でピリピリしていたので、黒川はこの光景を見れただけでも『苺プロに入ってよかった』と思えた。
ジャージ姿の見慣れない女性が一人いたが、とんでもない美人だったので『きっとタレントさんだろう』と思い込んでいた。
残念ながら半分ハズレ。彼女はB小町の3人目の中の人である。外の人でもあるが。
「もう収集つかんから、アイでいいじゃろ」
「『で』って何よ『で』って~」
「確かにアクアは昔からアイのことが大好きだったからね。
有馬さんを真似たら番組内でキャラが被っちゃうし、いいんじゃないかな。
そっくり姉妹なんだからルビーを真似たことにもなるんだし、ルビーも納得してくれない?」
「……ま、アイさんなら仕方ないか」
「ありがとーヒカルお義兄ちゃーん」
「あはは、ちょっと恥ずかしいけど光栄だねぇ。
あんまり時間取れないけど、聞きたいことがあったら言ってね☆」
「はい!勉強させていただきます!」
「……母さんの真似なんて、できるわけないだろ」
「いや、覚悟しといた方がいいぞ。
アイツは有馬やオレとは別タイプの化け物だ」
アクアも子役として活躍しては来たが、有馬とセットだったので彼女と食い合う黒川とは共演したことがなかった。
だから知らない。
かつて父も所属していた劇団において、『天才』の名をほしいままにする女優の実力を。
「家族構成は母親との二人暮らし。幼少期の生活が以後の人格形成に与える影響の法則性から母親との関係は良くない。家庭内暴力を受けていた可能性。一時児童養護施設に所属。出所後母親でなく別人に引き取られる……え!?あの人が義母!?しかも50代!?……ゴホン、実の母親の話題を振られた時の反応から未練は薄い。別居を続けていることから和解はできていないが折り合いはついている。12歳で苺プロにスカウトされ入社、義母もアルバイトスタッフとして同時に所属。半年のレッスンを経てB小町を結成。大型アイドルフェスにて鮮烈なデビューを飾り直後から全国ツアー……当時は規模が小さかったのに、資金はどこから……義母が筆頭株主!?スポンサーなの!?……えぇと、当時は主に特撮関係で活躍し、15歳でのちに夫となるカミキヒカルと出会う。当時から家に招いていた記録有り。同時期に身だしなみに気を使い始めたことからすでに彼と交際していたと思われる。まもなく半年間の休業。双子の弟妹が生まれ、その動画で躍進。20歳でドームライブを実現。5年後にグループは解散し、他のメンバーは引退するも彼女だけが女優に転向し芸能界に残る。直後カミキヒカルとの結婚を発表。現在に至る。
頭の回転は速いが勉強は苦手。人間離れした高過ぎる身体能力、アクションスターやスタントマン並、但し苺プロ全員にその傾向。義母に引き取られる以前の体育の成績は平凡……義母は苺プロに雇われたトレーナー兼任のスタッフ。社長からの信頼も厚く地位の割に発言力が大きい。苺プロの過剰な秘密主義の原因?……また横道に逸れちゃった。……B小町メンバーとの仲は未だに良好。時折集まっていることをSNSで発信している。しかし空気を読めない発言も多く友人を作るには不向きな性格、他に友人なし。メンバーとの間にのみ何らかの秘密の共有による連帯感?愛情が深く、特に双子の弟妹への愛情の重さは有名、自分を母と呼ばせようとしたほど。……家族を持つことへの憧れから?でも夫に向ける愛にも負けてない。だとしたら…………いや、時期は合うが現実的に半年では不可能。自信家、体の動きの大きさや瞬きの頻度、視線の揺るがなさはその証左と思われる。演技力は高いが最上ではなく、しかし人の目を引く振る舞いが得意で存在感が大きい。歌唱力も同様。これらは意図的にではなく無意識なので、同等以上のタレントで囲まなければ他を霞ませてしまうので使い所が難しいと酷評されている。よって出演するドラマではほとんどが主演。30代ながら10代と見まがうほど若々しい。アクアくんが好んでいるのは、おそらくアイドル時代の彼女。だったら私と同じ年頃の姿を模倣した方が効果的。最大の特徴はやはり、見る者を惹きつける星空のような瞳」
「……『う~ん』」
「『こんな感じかな☆』」
ずば抜けた洞察力。それを用いた対象への徹底的な考察。
この年齢としては異常なまでに膨大な女優としての経験値と蓄積された知識量。
構築した役を完全に演じ切る天性のセンス。
『憑依型』と呼ばれる技法を極めた彼女の演技は。
「これママじゃん!」
「うわぁ~、私って外から見たらこんな感じなの?」
「うん、こんな感じだね。
多分16歳頃の、産休を取る前のアイをイメージしてるのかな?
流石は現ララライの天才役者。OBとして鼻が高いよ」
当人の家族からも認定されるほど酷似していた。
女優・黒川あかねが本気でアクアを落としに来たと話題になり、露骨に狼狽える星野アクアと激しく動揺する有馬かなとの3人の絡みは、一部では『目の保養』とまで評されるほどの好評を博した。
だが黒川のチョイスが実の姉でしかも大当たりだったため、アクアが重度のシスコンである事実も併せて広まることとなる。
シスコンなのは間違いないが、同時にマザコンでもあることは関係者だけの秘密である。