新生B小町がデビューして1年が経過し、またJIFが開催される。
この1年で彼女たちもそれなりにアイドルとしての実績を積んでおり、今回は複数あるステージの中で最も大きなエリアに招待されていた。
有馬は女優兼業なので、先日の『今ガチ』の他にもドラマなどの撮影もこなしている。
ルビーはアイドルになる前にモデルをしていたこともあり、こちらもCMや雑誌などで活動している。
しかしヒノカミだけは基本的にライブでしか姿を現さない。
だから3人揃った姿を見るために多くのアイドルオタクが会場に集まっていた。
しばらく前に『新生B小町』特集の記事が作られた時、インタビューにて『ヒノカミは苺プロのスタッフの娘』であり『ルビーの勧誘で仕方なくB小町に参入した』と明らかにしている。
本人はアイドルに乗り気でないことも、普段は親と共にスタッフとして活動していることも全て。
だから彼女は『B小町』として以外では芸能活動をしておらず、それが希少価値に繋がっているのか『バブみ』にやられた人が多いのか。
ともかく露出が少ない割に知名度と支持率が妙に高いのだ。
彼女のスペックの高さを知るルビーと有馬は『仕方ない』と思いつつも、数合わせで加えた相手に人気を掻っ攫われてはたまらないとかなり必死だ。
特に有馬は彼女もヒノカミと同じくルビーに付き合ってイヤイヤ参加した立場だが、生来の負けず嫌いが顔を出し本気で取り組んでくれているのはルビーと苺プロにとって嬉しい誤算だった。
去年よりもはるかに広い会場に、去年よりも多くの観客がひしめく中で、去年よりも進化したB小町が会場全体を魅了していた。
B小町には既にファンクラブがあり、結構な数のファンが駆け付け声援を送っている。
ルビーのファンは一般的なオタクが多いが、有馬のファンは全体的にこってりとしており、ヒノカミのファンは狂信者染みていた。
関係者席に陣取るイケメン3人組のオタ芸も健在だった。
彼らの背後で胃痛に苦しむジャージ姿の美女スタッフも相変わらずだった。
しかし今回は一団の中に両手に白のサイリウムを握った美少女が増えていた。
その姿を見つけた有馬が目をむき硬直したが、ほんの一瞬だったあたりやはり彼女は天才役者である。
無事に1周年を乗り切り、アイドルグループとして更に一歩進んだB小町。
この調子なら2年もあればドームライブを開くこともできるだろう。
先代よりもはるかに早いが、これは先代の知名度の恩恵を受けてのことなので、どちらが優れているかは比較できないし議論する必要もないだろう。
それから数か月。季節は夏を過ぎもうすぐ秋も終わる頃。
苺プロに、劇団ララライが開く舞台へのオファーがやってきた。
対象は4名。斎藤大輝、黒川あかね、有馬かな、星野アクアだ。
「ララライからなら大輝兄さんと黒川はわかるけど、なんで有馬とオレも?」
「原作者さんからの要望らしいのよ。
『メインキャストには苺プロの役者を起用してほしい』って」
「原作者?」
「今度の舞台は2.5次元、『東京ブレイド』という漫画の舞台化なの。
そして漫画原作者の鮫島アビ子先生は過去に、吉祥寺頼子先生のところでアシスタントをしていたらしいの」
「あ!私、吉祥寺先生から聞いたことあるわ!」
「そう。どうやら吉祥寺先生が『『今日は甘口で』のドラマの成功は有馬さんと苺プロのおかげだ』と口にしてくれたらしくてね。
特に、有馬さんには是非にとのことよ」
「黒川がウチに移籍してたのも好都合でな。
プロデューサーの雷田って人と、ララライの金田一代表からお前ら4人に主演を任せたいと頼まれた」
主人公の男性と、その相棒の女性。
敵対する組織の姫君と、彼女の仕える青年。
男と女が2人ずつ必要なわけだ。
ララライ所属の大輝と黒川は優先されて当たり前。有馬は原作者の強い要望。そして同年代の男の役者は、苺プロにはアクアしかいない。
「名指しで指名されるなんて役者冥利に尽きるわね。是非やらせて!」
「この3人に囲まれるのは正直キツイんだがな……」
「そんなことないよ!アクアくんの演技、すごいもん!」
「暇さえあればヒカル兄さんが構ってたからな。
昔のあの人は父親らしいことしようと必死だったし」
子供の頃のアクアとルビーの面倒はリンネが引き受けていて、双子は特にアイに懐いていて。
なのに当時のヒカルは一気に売れ始めたところであり、オカルト修行も始めたためとにかく多忙だった。
双子に構う時間が満足に取れたのは彼らが小学生になってから。
当時のルビーはヒカルを父親として認識していない節すらあり、あの頃の彼は相当に焦っていた。
血縁上は大輝にとっても父親だが、彼が父親と慕うのは斎藤壱護だ。そちらに比べれば年が近いこともあって彼はヒカルを兄と呼んでいる。
元からかもしれないが、多少は超常の力を手に入れたヒカルの見た目もとんでもなく若い。私生活がズボラな大輝はあまり身なりを気にしないので、彼が無精ひげを伸ばしているタイミングだとヒカルの方が若く見える始末である。
続いて斎藤夫妻から舞台に関する資料を受け取る。
他のキャストはララライ所属の若手たち。
そこに2.5次元舞台経験の多い鴨志田という役者と、『今日は甘口で』にて有馬と共演したモデルのメルトを外部から呼び寄せたようだ。
「アイツかぁ~、ちょっとはマシになってるといいんだけど」
「意外とやる気と負けん気はある奴だった。
あれから9か月、そいつが続いてるかどうかだな」
「当人の意志と状況次第だが、またウチのスタジオを使ってもいい。
ヒカルは撮影詰め込んでるから今回は貸し出せねぇが、お前ら二人がいりゃ指導役は十分だろ」
『今日は甘口で』は新人を売るためだけのドラマで、有馬以外は大根役者だった。主演であるメルトも同様だ。
当時の苺プロ総出で大根役者たちを鍛え上げてなんとか役者の駆け出しを名乗れるくらいには取り繕ったが、果たしてどうなるか。
そして結論として、有馬たちの考えは杞憂だった。
ララライのスタジオにて顔合わせの後で台本の読み合わせをしていたのだが、メルトは十分に役者を名乗れる実力を示してみせた。
『今日あま』での失態で自分の無力を痛感した彼は、あのドラマの後もしっかり練習を続けていたようだ。
それどころか彼の方からまた本番まで苺プロで練習をさせてほしいと頼み込んでくるほど。
やる気のある努力家、それもちゃんと成果を上げているとなれば嫌う理由もない。
練習期間は2か月足らずと短いが、これなら安心していいだろう。
だから有馬が気にしているのは、脚本の方だった。
「この台本の鞘姫、漫画と性格が違いすぎる……私の解釈に合わないの」
黒川が弱音を漏らす。
舞台化にあたりやむを得ないとはいえ、物語の展開を省略するだけでなくキャラの性格にまで大きく手が加えられていたのだ。
しかも、メインキャラにまで。
有馬は『今日あま』の出演と活躍で、以降も原作者である吉祥寺と個人的な交流がある。
有馬自身が漫画のファンなこともあり、仕事場にお邪魔したこともあるほどだ。
今回の東京ブレイド舞台化にあたり、彼女から原作者のアビ子の人物像も聞いている。
『こだわりが強くて社会性に著しく欠けている人が多い漫画家の中でも極端な方』。それが吉祥寺からのアビ子の評。
「……ちょっといいですか!?」
有馬は意を決して、脚本のGOAと代表の金田一に台本について尋ねている黒川の後に続いた。
そして自分の危惧していることを伝えた。
吉祥寺から、アビ子はキャラへの愛着が特に強いと聞いている。本当にこの改変を彼女が認めたのかと。
ただの一役者としてなら金田一も黒川同様に突き返しただろうが、原作者の知人から人となりを聞いているとなれば耳を傾ける。
そこでGOAも、この台本が出来上がるまでのやり取りには何度もリテイク希望が繰り返され、最終的には『実際に舞台にすればよい物になる』と言って押し切ったという裏話を聞かせてくれた。
「吉祥寺先生の言う通りの人だとしたら……納得しなかったらちゃぶ台ひっくり返す可能性がありますよ?」
「そ、そうなのかい……!?」
「なるほど……そいつは確かにまずいな」
プロデューサーの雷田も混ざり、危機感で顔を引きつらせる。金田一も真剣だ。
時間が経過し練習期間が短くなった段階で大規模な脚本の書き直しを要求されたりしたら目も当てられない。
最悪の場合は舞台化の取りやめなんて言い出す可能性すらある。
膨大な違約金が生じるが売れっ子漫画家のアビ子なら支払えてしまう。支払ってお終いにしてしまいそうな性格でもある。
「……先生からちゃんと許諾を取る必要があるな。それも、早いうちに」
「稽古見学にお越しいただくよう打診してみます!」
「私も、吉祥寺先生に協力をお願いしてみます」
そして翌日。
「台本、書き直してください。全部」
吉祥寺に連れられてやってきたアビ子は、容赦なく告げるのだった。