『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第27話

 

有馬の危惧した通り、しかもその中で最悪の予想が当たってしまった。

 

アビ子は脚本を担当したGOAをこき下ろし、自分が脚本を書き直すとまで豪語した。

週刊連載を抱える彼女にそんな余裕はないはずだが、休載してでも時間を作るという。

 

確かに漫画原作者が脚本を担当すれば、キャラクターの再現性にてこれ以上はないだろう。

だが優れた漫画家が優れた脚本家となる保証はない。

何より今回の舞台は『ステージアラウンド』という、舞台全体が動く大掛かりな仕組みを採用した特殊なものだ。

 

「多分アビ子先生は、ステアラの舞台を見たことないと思います。

 お忙しいらしいですし、もしかしたら普通の舞台さえも……」

 

「学校の学芸会の延長みたいな脚本が出てくる可能性がある。

 あの舞台の特徴と強みを、フルに生かしたものが作れるとは思えない」

 

「そいつはまた、厄介な状況じゃな……」

 

稽古が中止になり事務所に戻ってきた一同から状況の説明を受ける。

創作者は自分の作ったものに対する思い入れが深いのは一般的だが、アビ子は度が過ぎているようだ。

『東京ブレイド』は5000万部売り上げた超人気作品。

原作者監修と銘打てば客と注目は集まるだろうが、そのクオリティが低ければ役者たちだけでなく原作者自身への批判にもつながりかねない。

劇団ララライや苺プロも当然矛先になる。最悪責任を押し付け合って泥沼だ。

 

「先生が脚本を書くにしても、一度舞台を見てもらわないと」

 

「時間の確保が難しいんじゃない?

 吉祥寺先生が言ってたけど、あの人『使えない!』ってアシスタントも全部首にしてたらしいわよ?」

 

「週刊連載じゃろ!?アシスタント抜き!?」

 

「アニメ化も控えてるし、その上脚本なんて……アビ子先生が倒れてしまうんじゃ……」

 

「確かに、あの人無茶苦茶目が据わってたな。目の下にがっつりクマがあった」

 

「そもそもがまともな精神状態ではないわけか……そりゃ説得も脚本も期待できんな。

 ……しゃーない。儂が一肌脱ぐか」

 

有馬がしばらく舞台とその練習に拘束される予定だったため、B小町の活動も当分ない。

スタッフは『六道リンネ』がいれば事足りる。

 

「一肌って……どうやって?」

 

「安心せい。何を隠そう、儂は『アシスタント』の達人じゃ」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「……はぁ?アシスタント?」

 

「え、えぇ。有馬さんたちが紹介してくれたの。

 アビ子先生がお忙しそうなのを気にしてたみたいで」

「…………」

 

薄暗く汚い部屋。来客に視線も向けず一人机にかじりついて筆を動かし続けるアビ子。

彼女の背を見つめる吉祥寺の隣には、小柄で無表情な少女が立っていた。

 

「……その人、アイドルでしたっけ?漫画家舐めてんですか?」

 

「私も、ちょっとそれは思うけど……。

 有馬さんたちが自信を持って勧めてくるから」

 

「あぁ、そっか。同じグループ……」

 

「少しでもアビ子先生に、いい脚本を書いてほしいって。

 普段から雑用スタッフとしても働いてるらしいし。

 最悪身の回りの世話だけでもということよ」

 

「……そうですか。じゃあその辺片付けといてください」

 

「…………」

 

言われるがままにヒノカミという少女が、アビ子の足元に散乱しているゴミやペットボトルを拾い始める。

 

「……原稿、遅れてるの?私も手伝うわ」

 

吉祥寺は机の一つに座り、アビ子の原稿の背景に手を付け始めた。

 

 

「…………」

 

漫画に集中している二人が気づかぬうちに、ヒノカミは散乱していたネームの一枚を掴んでいた。

原稿用紙ではないただの紙に、鉛筆で殴り書きされた雑なキャラクターと雑な文字。

 

「…………」

 

アビ子は優秀な漫画家だ。こんなネームにすら彼女の情熱が……『魂』が込められている。

だからその魂を完現術で浮かび上がらせば、アビ子が描いていた理想像を読み取ることができる。

 

「…………」

 

ヒノカミは机の一つと画材を借りて、まっさらな原稿用紙に勝手に漫画を描き始めた。

そして数分後、ヒノカミは無言でアビ子に1枚の原稿を突き出す。

 

「?あぁ、落としちゃってましたか。どうも……!?」

 

アビ子はその1枚が、自分が描いた覚えのないページであることに気付いた。

 

「これっ、まだネームのっ……まさかアナタが描いたんですか!?」

 

「え、何、どうしたの?」

 

「…………」

 

アビ子の動揺に吉祥寺も反応した。

相変わらず無言のヒノカミは次のページのネームを拾い、そのまま机に戻っていく。

アビ子と吉祥寺は席を立ち、彼女の後ろから作業を覗き込む。

 

「下書き、ない!白紙に直接ペン入れ!?」

「枠線をフリーハンドで!?」

「ペンを……両手で……何本も……!」

「なんでその速さで筆動かして紙が破れないの!?インクの滲みも!」

「トーンをまとめて切り出すんですか!?

 何で原稿に重ねてないのにピッタリ合うんですか!?」

 

そして5分ほどで、アビ子が作り上げたものとそん色ない出来の、アビ子の理想通りの原稿が完成した。

 

「……この段階のネームで、原稿まで仕上げられるんですね!?」

 

コクリ

 

「~~~~っ!掃除はいいです!今描いてるこれの引継ぎと、これと、これお願いします!

 私は続きのネームに取り掛かりますので!」

 

「…………」

 

ガリガリガリガリ…………

 

「……ズルイ!私も締め切り間近の時雇いたい!!」

 

「口より筆動かしてください先生!」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「「…………」」

 

翌朝、二人の巨匠は床の上に敷かれた布団の上で目が覚めた。

 

「……すいません先生。私、興が乗っちゃって……」

 

「うん……私も荒れちゃってたし、気持ちはわからないでもないし」

 

何しろ、ネームを渡すだけでガンガン原稿に仕上げてくれる最強のプリンターが手に入ったのだ。

最初は1枚ずつ念入りに確認していたが、やがて流し見るだけでOKを出すようになる。

そしていつの間にか二人は原稿を仕上げるのではなく物語を考える方に注力し始め、互いに口汚く罵り合いながら協力してネームを作り始める。

それをヒノカミが勝手に拾い上げ、勝手に原稿に仕上げていく。

白熱しすぎた二人が疲れと睡魔に負けて倒れた後も、一睡もすることなく筆を動かし続けていた。

そして作業台の上には今週の分どころか、来週と、再来週と、その次の週の分までの完成した原稿が積みあがっていた。

 

「……あ、いい匂い」

 

アビ子はむくりと起き上がって部屋を見渡す。

そもそもゴミが散乱していたこの部屋の床に、二人分の布団を敷くスペースなどなかったはず。

なのにいつの間にか、荒れ放題だった室内はホコリ一つない清潔な空間に変貌していた。

 

「…………」

 

そして簡素な台の上に、ヒノカミが二人分の朝食を乗せたお盆を置いた。

 

 

 

「先生!この子ください!!」

 

「私のじゃないわよ!むしろ私もほしい!」

 

「アイドル止めてウチに就職しませんか!?

 こう見えて稼いでるので給金はずみますよ!!」

 

「たまにでもいいからウチにも来て!具体的には月末!

 実は締め切りヤバそうなのよ今回!!」

 

「…………」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

以降もヒノカミはしばらくアビ子の職場に滞在し、甲斐甲斐しく彼女の世話をした。

 

陰キャの引きこもりを自認するアビ子は他人と触れ合うのは苦手で、特に美男美女に対して警戒心が強い。

しかしこのヒノカミという少女、顔立ちは良いが服装は常に上下ジャージ姿と親近感が沸き、自分以上に口数が少ない。

なのにこっちの考えを察する感は鋭く、何も言わずとも的確に動いてくれる。あっという間に好感度が爆上がりしていた。

久しぶりの休息、おいしい食事、十分な睡眠。

数日をかけてアビ子は平静を取り戻し、先日までの自分の荒れ具合を猛省するに至っていた。

 

以前は『母性を感じるアイドル』という不可思議極まりない評判に眉をひそめていたが、今のアビ子は彼女のファンの気持ちを理解できた。

普段は全くしゃべらない彼女だが、夜眠るときに子守歌を歌ってくれるのだ。

眠くてたまらなくなるのにもっと聞いていたいと思ってしまう不思議な歌声で、気づけば微睡みの中にいて朝日と共に目が覚める。

後日アビ子の猛烈なアプローチにより、ヒノカミの子守歌は初の彼女のソロ曲として音楽配信サービスで提供開始された。

『ぐっすり眠れる』『聖母の歌声』と話題になり、B小町の曲よりランキングが上になってしまったのは余談である。

現代社会に生きる人々が真に求めているのは、バブみなのだろうか。闇は深い。

 

時間にも精神的にも余裕ができたアビ子は、脚本の参考になるからと勧められた舞台を見に行くことにした。

ちゃっかりヒノカミに仕事を手伝ってもらって同じく余裕ができた吉祥寺と共に。二人のチケットは苺プロが用意していた。

 

初めての舞台、しかもステージアラウンド。

流石のアビ子も衝撃を受け、自分の想定していた舞台とは構造がまるで違うことを理解した。

そしてこの脚本を書いたのが、自分がこの仕事から降ろそうとしたGOAであり、自分にはこのクオリティの作品を作り出せる力はないということも。

 

「い、いやぁ~~、まさかアビ子先生がお越しになるなんてぇ~~。

 言ってくださればこちらでチケット用意しましたのにぃ~~……」

 

この舞台のプロデューサーでもある雷田が会場に居合わせており、アビ子の来訪に気付いて彼女を舞台裏に招待した。

ここで彼女の機嫌を損ねれば本気で舞台化許諾が取りやめになりかねないと、彼は必死にゴマをする。

 

「……この舞台の脚本書いたの、GOAさんなんですよね?」

 

「えっ!?えぇ、そうですが……」

 

「……正直、だいぶ好きでした。

 以前暴言を吐いたこと、謝罪させてください」

 

「っ……」

 

個人的にもGOAの能力を認めており、その彼が評価されたことを雷田は自分のことのように喜ぶ。

 

「でもなんでこれだけの脚本書ける人が、東ブレではあんなのを作ったんですか?」

 

「そ、それは、その……きっとやり取りの間にすれ違いと誤解が……」

 

「ならそれがなければいい脚本書けてたんですよね?」

 

「うぇっ!?そ、そう、かも?」

 

 

 

「だったらGOAさんと直接話をさせてください。

 その内容次第では……改めてあの人に脚本をお願いしたいと思ってます」

 

「うぃっ!?」

 

 

 

そして直接対談したGOAとアビ子は意気投合、協力して脚本を作り始めた。

何のことはない、GOAはアビ子が許容できるラインと許容できないラインを把握していなかっただけ。

そしてアビ子がGOAの才能を信用しきれていなかっただけだったのだ。

それは仲介役である雷田の失敗ではあるが、彼を責めるのは酷だろう。

ぶっとんだクリエイター同士が趣味全開で暴走を始めると収拾がつかなくなるからだ。

 

最終的に説明シーンや台詞を極限まで省略し、諸々の問題を役者の演技力に丸投げした『キラーパス脚本』が完成した。

 

東京ブレイド舞台公演まで、あと1か月。

 




原作だと残り半月ですが、本作ではその倍。
余裕はありませんが焦る段階でもありません。
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