苺プロ入社からおよそ1年をかけて成長した黒川あかねは、そのままB小町の新メンバーとなった。
彼女と有馬が高校3年生、アクアとルビーが高校2年生になった頃のことだ。
当人は恥ずかしがっていたが、彼女の推しである有馬を間近で支えられるというメリットを提示して揺れ動いたところで一気に口車に乗せ、言質を取った。あかねちゃんチョロかわいい。
ルビーはメンバーが増えることを純粋に喜び、有馬は嫌な顔をしたがこれでアイドル兼役者という本当に対等なライバルになったことで闘志を燃やす。
リンネは一日千秋の思いで彼女の参入を待っていたが、ヒノカミには相変わらずの無表情を貫かせていた。
ちなみにルビーと有馬と黒川、3人の恋の行方は残念ながら進展なし。
本人たちは一気にステップを進めようとしていたのだが、斎藤社長とカミキヒカルの必死の妨害と説得に阻まれていた。
若くして結婚したアイの事実がばれて起きた騒動、そして実際に苦労したヒカルの金言とあれば、彼女たちも耳を貸さないわけにはいかない。
しばらくは恋の鞘当てが続くことになった。
だがそれで決めようとしているのが『誰が第一夫人か』『誰が公の場でアクアの妻を名乗るか』だというのだから結末は大差ないのかもしれない。
3体の肉食獣に包囲されればいかに逃げ足に優れた草食動物でも脱出は不可能だ。
アクアは黒川が包囲網に参加したあたりで既に観念している。
そして『ルビーが勝ったらどうしよう。流石に公表できない』と頭を抱えている。勝者の決定権はもはや彼にはなかった。
天神武装や不可死犠で治癒し続けるのも消耗が激しいので、ついに彼も胃薬と仲良しになった。
社長と父は暖かく彼を輪の中に迎え入れた。
先代B小町と同じく4人体制となった新生B小町は3度目のJIFにもメインステージで参加し、一層の人気を博した。
新メンバーである黒川の実力も十分と証明されたことで、斎藤社長はすぐにドームライブを開く決断をした。
有馬と黒川の本職は役者。
アイドルを兼業してもらっているが、おそらく長くは続けないだろう。
であれば勢いがある内に一気に頂まで登らせたかった。
そして夏を終えて秋。再び開かれることになったB小町のドームライブ。
会場を埋め尽くす観客と、湧き上がる熱気と、勢いよく振られるサイリウム。
先代から引き継ぐ楽曲と新たに作られた楽曲を織り交ぜてステージ上の美少女たちが歌い続ける。
そしてついに最後の楽曲となり、一際熱くなる会場。
彼らの頭上の飾りの中に紛れて4本の強固なワイヤーがセットされていたことに、舞台のB小町でさえこの瞬間まで気づいていなかった。
『『『『ーーーーーーー♪』』』』
「「「「「!?」」」」」
スピーカーから、B小町のものとは違う声が聞こえた。
いや、だがその声は聞き覚えのあるB小町のものでもあった。
ドームの観客席の4か所に、スポットライトが当たる。
ワイヤーの付け根に備え付けられた滑車を掴んで、4人の人影が観客たちの頭上を飛んでいく。
超スピードで揺さぶられても決して手を放さず、数メートルの高さから軽やかに舞台に着地する。
こんなことができる4人組は、B小町しかいない。
そう、彼女たちこそ『先代B小町』である。
「ママ!?」
アイは思わず動きを止めてしまった娘たちに、歌いながらウィンクを送る。
今はステージの上。そこに立つアイドルがするべきは歌うこと以外にありえない。
我に返った新生B小町が再び動き出し、先代B小町と歌声をシンクロさせる。
総勢8人の合唱。この場には先代の頃からのファンも大勢いて、会場全体がアイドル達の歌声をかき消す勢いで絶叫を上げる。
そして彼女らは最後の曲を歌い終えた。
「……みなさーん!お久しぶりでーーーす!
今日だけ特別に、B小町が帰ってきましたよーーーっ!!」
うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!
「アイはずっと顔出してたんだから、それを言うべきなのは私たちじゃないかな?」
「いやー、もう10年以上たってるのかー。
正直踊れるか不安だったけど、意外と覚えてるもんだね!」
「ていうかやっぱり流石に恥ずかしいんだけど!
衣装だけでもどうにかならなかったの!?
私たちもう三十路どころか四十路前なんだけど!?」
「そんなことないよ!似合ってる!
ママもみんなも昔のまんまだよ!!」
サプライズゲストの登場に重度のB小町オタクであるルビーが鼻息を荒くする。
しかし彼女の言う通り、本当に先代B小町の面々は年齢を感じさせないほど若々しかった。
全員既に30代後半。だというのに当時のアイドル衣装がぴったりとフィットしている。つまり体型が変わっていない。
女優を続けていたアイならともかく、芸能界を引退していた3人までというのは流石に異常だ。
カメラが拡大した彼女たちの顔をモニターに映すが、肌荒れやシワの一つも見当たらない。
明らかに違うと言えるのは3人の髪型と雰囲気くらい。流石に少し大人びたようだ。
まさか芸能界を引退した今更になって彼女たちの化け物エピソードが増えるとはファンたちも予想していなかっただろう。
「ありがとね、ルビー。
……こうして一緒に歌える日を、ずっと夢見てたよ」
「ママ……!」
アイがルビーを静かに抱きしめる。
「アンタもおっきくなったわねぇ。
まだちっちゃいけど。アハハハ」
「うっさい!私はこれで完成してんの!」
高峯が有馬の頭を叩きからかう。
「わぁぁ、こうしてみると本当に美人さんだねぇ。
こんなかわいい子が2代目だなんて、私たち霞んじゃうなぁ」
「そ、そんなことありません!
皆さんこそ、とってもお綺麗で……!」
ニノに褒められた黒川が顔を赤くする。
「2代目も、本当に濃いメンツが揃ったなぁ。
苦労するだろうけど、頑張ってねヒノカミちゃん!」
渡辺がヒノカミの肩を掴む。
そして指に力を込めて唇を動かす。
『ねぇ、リンネさん?』
「!?」
同時に常人なら肉がえぐり取られるほどの力が指に込められ、驚愕でヒノカミの無表情の仮面が崩れた。
渡辺の向こうにいる高峯とニノもいつの間にかこちらを向いて嗤っていた。
『六道リンネ』を名乗っていた端末がB小町として活動するにあたり、この世界の過去を改竄してその姿を神霊のものに置き換えた。
対象外としたのは当時苺プロに所属していた者たちだけ。
だから既に芸能界を引退し苺プロを脱退していた先代B小町の3人は改竄の対象になっており、彼女らの記憶の中の『六道リンネ』は神霊の姿になっていた。
だがヒノカミがB小町を抜けるつもりだと気づいたアイが彼女たちに連絡を取った。
アイは時間をかけて彼女たちの矛盾を指摘し、彼女らの記憶を元に戻そうと試みた。
矛盾点を指摘する方法は、かつて黒川あかねが教えてくれた。
やがて彼女らも過去を思い出した。彼女らが未だに超人であり超常を知っていたからこそだろう。
そしてアイは新生B小町のドームライブに先代B小町としてサプライズ出演する計画を立て、彼女たちに協力を要請した。
彼女たちも最初は難色を示した。皆すでに結婚していて、子供もいる。
未だに若いとよく言われるが、この年でアイドル衣装に袖を通して踊るのはとんでもなく恥ずかしい。
だがそれでも、彼女たちがこうしてこの場に立つと決意したのは。
「ルビー、かなちゃん、あかねちゃん……『ヒノカミ』」
先代B小町の4人の視線が順に移動し、最後の一人で固定される。
「「「「これからも、B小町をよろしくね!」」」」
「「「はい!」」」
「…………」
視線に込められたニノ、高峯、渡辺の感情がヒノカミへと流れ込んでくる。
(逃がさないよぉー……?)
(アタシら散々苦労したんだからさぁ……!)
(アンタも苦しめぇ……!)
かつて六道リンネが育て上げた『漆黒で覆われた瞳』が3対、ヒノカミを貫いていた。
「………………………………」
プツン
――――……
「っ!?お、おい!どうした!?」
「あ~あ、許容限界超えちゃったねぇ」
関係者席にいる六道リンネが突然音を立てて倒れた。
意識はなく、完全に白目をむいている。
ステージの上では熱烈なアンコールを受けた8人が歌って踊っている。
流石の抜け目のなさというか、リンネは本体に何かあれば端末が独自に思考し行動するようプログラムを組んでいたようだ。
当然質は落ちているが致し方なし。
本体が端末を操作できなくなる状況などとんでもない異常事態なのだ。
そのくらいは大目に見ていただきたい。
「月読、六道さんはどうしたの!?」
「大丈夫だよお母さん。ただの致命傷だから」
「致命傷なら大丈夫じゃねぇだろ!
本当に何があった!?なんで死にかけてんだソイツ!?」
「彼女は神様。魂そのものの存在だからね。
心が折れたらホントに死んじゃうの。
そして今ショック死一歩手前」
こうして話しながら月読が神気を送らなければ、一歩手前でとどまれなかったかもしれない。
「冷静に分析している場合!?
とにかく医者を……誰を呼べばいいの!?精神科医!?」
「大丈夫、あらかじめ呼んであるよ」
月読が小さな体で大きく手を振ると、関係者席近くの物陰から誰かが立ち上がりその姿を見せた。
「「……は?」」
それはヒヨコの被り物をしたブーメランパンツ一丁のマッチョマンだった。
幼い娘に近づけたい人種ではないが、どうやらその幼い娘の知り合いらしくこちらに近づいてくる。
そもそもどうやって会場に入った。スタッフは一体何をしている。
「それじゃ、よろしくね」
「ピヨ」(グッ!)
月読から意識のないリンネを預かった半裸の大男は彼女を肩に担ぎ、力強いサムズアップをしてその場を離れていった。
「……ってオイ!今のは誰だ!?
六道をどこに連れてったんだ!?」
「彼は手力雄神だよ」
「た、たぢから……!?今のが!?」
「変装して隠れてもらってたの。
ほら、今って10月じゃない?
出雲に神々が集まってるんだけど、あの人いろいろ理由をつけて毎年不参加なんだよね。
だからみんなから『何とか連れてきて』って頼まれてたの。
ついでにあそこなら弱ってる神さまの療養にはうってつけだし」
「出雲……神々……じゃあ『あそこ』って……!?」
「高天ヶ原」
「「…………」」
「そのうち向こうで意識を取り戻したらヒノカミがまともに動き始めるよ。
その後でヒノカミの方から話を聞けばいい。
……リンネの方は今月中は帰って来れないだろうけどね」
新生B小町のドームライブを開くためにその前後に大きな予定はいれていなかった。
リンネがいなくても十分に回る仕事量だ。
斎藤夫妻は、娘が前々からこの一連の流れを計画していたのだと察するも何も言うことができなかった。
神々の住まう異界なんて、どうせ何やったってたどり着けないんだし。
「おうちに帰してぇぇぇぇえええええええ!!!」
ライブ後に控室で突如再起動したヒノカミは、防音を突き破るほどの絶叫を上げた。
帰りたいなら故郷に、自分の世界に帰ればいい。彼女なら自力ですぐに抜け出せる。
しかし彼女は新たな神霊として迎え入れられてしまった。
そして後輩としてB小町を託されてしまった。
たったそれだけの理由で彼女は己を縛ってしまう。
どこまでも律儀で、どこまでも不器用。それが彼女の神さまとしての在り方だから。
普段ファンたちを幼児退行させている彼女が幼児退行を引き起こして、義理の娘に抱きついてギャン泣きし始めた。
その光景を見ていた新旧B小町の面々と居合わせた苺プロのスタッフは、後にこう語る。
『不覚にも、目覚めそうになった』と。
彼女たちは月読の気持ちをほんの少し理解した。
だが神さまを気軽にからかってはいけない。
へそを曲げたら引き籠るし、本気で怒らせたら命がない。
寂しくなったら死んじゃうし、頼りすぎたら引っ掻き回される。
神さまは大雑把に見えて、意外にデリケートなのだ。めんどくさいとも言う。
どうか皆さんも用法用量を守って正しく、そして末永くお付き合いいただきたいものである。
『最強で無敵のアイドル』、これにて完結となります。
今回は初のバトル以外の作品であり、特に結末はかなり頭を悩ませました。
バトルものならボスを倒せば終わりなのにそれができないので、自分でエンディングを作るしかなくて。設定やら何やら、かなりいじり倒してようやくそれっぽい形にしました。
そして過去編からやっているとはいえ原作9巻当たりまでしか扱っていないのに、鬼滅やハガレンより話が長くなりました。
これくらいガッツリ手を加えなければハッピーエンドに辿り着けませんでした。
原作がどれだけ酷い状況だったかがわかるというもの。
バッドエンドを改変するのって大変ですね。
収拾がつかないのと物語が長くなるため、原作キャラの出番や活躍もゴッソリ削ってこの長さです。
本当はみなみちゃんやフリルにも出番を用意してあげたかったです。でも作者の考えた展開と作者の力量では活躍させられないので断念しました。
ただ最後に余地があったので、ちょっとだけぴえヨンのような何かをゲスト参戦させました。原作の彼とは一切関係ありません。原作の彼の正体が最後まで明言されていなかったからこそ割り込ませることができました。どうかこれでご勘弁を。
次は何を書こうか、とりあえず候補が二つあります。
ただこの章は1日2回投稿してたのでストックがみるみる減っていき、この最終話を書き終えてから投稿までも間がほとんどありません。
なので皆さんがこの話を読んでいる時点でのストックは皆無。
再開予定日は現時点ではお伝えできません。気長にお待ちください。