無事にアフリカを脱出したアークエンジェルはアラスカを目指して海を進む。
途中ザフトの潜水艦と水中用モビルスーツが接近してきたが、ガンダムのセンサーで先読みできていたので上昇して海から距離を取って回避。
この船の最優先事項はアラスカに辿り着くこと。余計な争いは避けられるなら避けた方がいい。
そういう点で、ガンダムの超高性能センサーはクルーに安心感を与えていた。
続いて、どうやらデュエルとバスターを追って地上に降りたらしいイージスとブリッツ、そしてオレンジカラーのシグーの計5機が小隊を組んで襲ってきた。
今のところ飛行能力を持つモビルスーツはヒノカミのガンダムとザフトのディンだけだ。
そして後者は飛行能力こそ有しているものの非力である。
よってザフトのモビルスーツは『グゥル』という飛行用の支援機を用いていた。
対してモビルスーツのない連合にモビルスーツ用の支援機などあるはずがない。そしてエールストライカーでは跳躍はできても飛翔はできない。
スカイグラスパーは飛行機なので飛べて当たり前だが、戦力としてはモビルスーツには及ばない。
そして戦国アストレイ、こちらも飛行能力はない。だが背中の鬼の仮面に内蔵された大出力ブースターがある。
なのでヒノカミ……いや、戦闘中は未だに白銀のコートを身に着け『ブラボー』を名乗っている彼女は、背中のブースターをバカみたいな出力で噴かせてロケットの要領で強引に機体を飛ばした。
パイロットにかかるGは尋常ではなく、超高速移動中にまともな機体の操作などできるはずはないのだが、それをクリアしてしまうのが本物の化け物である。
彼女は敵機に突っ込みすれ違いざまに足元の支援機を両断し、上に乗っていた敵機を眼下の海に突き落としていった。
ザフトの潜水艦がやってきて彼らを回収した頃には、すでにアークエンジェルはその場を飛び去っていた。
ザフトは今のところ大気圏内で運用可能な飛行戦艦を持っていない。追いつけるはずがなかった。
そしてアークエンジェルはついにオーブ近海へとたどり着く。
この船にとっては道半ばだが、カガリとキラたちにとっては旅のゴールだ。
しかし中立を宣言するオーブが堂々と連合の船を入港させるわけにはいかない。
なのでアークエンジェルはオーブの領海のギリギリ外側の島に隠れて待機し、連絡を受けてやってきたオーブ海軍の船が接舷する形で乗員を引き受ける形となった。
「本当に……お世話になりました」
「それは私たちのセリフよ、キラくん。
……こんな頼りない艦長に、今までついてきてくれてありがとう」
「一時とは言え軍属となっていた君たちは、オーブでも何らかの制限を受けることとなるだろう。
以前と同じ生活とはいくまい。覚悟はしておくことだ」
「そうおどかしなさんな中尉。
精々しばらく監視下に置かれるくらいだろ。もう戦う必要はねぇんだ」
「はい。バジルール中尉も、お気遣いありがとうございます」
「……わかっているなら、いい」
アークエンジェルと、ザフトにいるアスランは確かに心配だ。
しかし引き続きヒノカミは船に残ってアラスカまで護衛を続けると言うし、彼女は誰も殺さないし死なせないと約束してくれた。
連合の本拠地に辿り着けばよほどのことがない限りアークエンジェルは無事だろうし、アスランたちも無策で飛び込むことはないだろう。
その後に彼らがどうなるかはわからない。だがキラは『彼らを何とかするために船に残らねばならない』とは考えない。
自分は一人の人間だ。所詮ただのコーディネイターでしかなく化け物にはなれない。
たった一人で何もかもできるような力は自分にはなく、できると思うほど傲慢ではない。
ただこれからは『この戦争を止めるためには何をどうすればいいか』を考え、自分にできることをしようと思った。
彼はオーブとヘリオポリスの外に出て、世界と戦争を知った。
彼は誰も殺さなかったが、殺し殺される誰かを見てきた。
地球軌道上での戦いでは多くの命が消えていく光景を目の当たりにした。
そして自分と自分のいる国だけが平和でも駄目だと気づいた。
自分はただの一般人だが、オーブの獅子の娘と名高いカガリに賛同してもらえた。
ここまで一緒に戦ってきた友人たちも協力すると言ってくれた。
皆で力を合わせればきっと未来をつかみ取れる。キラはそう信じていた。
「ここにいたか、ラミアス艦長」
「カガリさん?」
「揃っているなら都合がいい。皆に会ってもらいたい者がいる」
キラの友人たちはすでにオーブの船に移っている。
ブリッジクルーだった彼らと違い、パイロットであったキラはロッカールームや格納庫などにも私物が散逸しており、それらの回収に時間がかかるため友人たちに先に移動するよう伝えていた。
だからアークエンジェルの一室に集まっているのはマリュー、ナタル、ムウ、キラの4人。
そこにカガリと、彼女に続いて部屋に入ってきた一人が加わる。
「失礼する」
「「「「ウズミ代表!?」」」」
「『元』代表だ。ヘリオポリスの件を受けて、引責辞任となったのでな」
「表の顔を挿げ替えただけではないですか。
実権がいまだにお父さまのものであることは皆が知っています」
「……いや、表の顔ってか顔が……」
ウズミの顔はひどい有様だった。
右側の頬が大きく腫れあがり、湿布とガーゼが張り付けられていた。
「この馬鹿娘めが、親に手をあげおってな」
「お父さまが先に私をぶったのです。一回は一回です」
「いや、カガリのは一回っていうより一撃でしょ」
コーディネイターであるキラを遥かに上回る筋力と頑強さを持つのがカガリなのだ。
事実、ウズミから殴られたらしい彼女の頬は全く腫れていない。
本気の拳を喰らっていればウズミがこの程度で済んでいるはずがないので加減はしたのだろうが明らかにやりすぎだ。
オーブからの船にウズミがいると知ると、カガリは真っ先に父のもとに向かった。
そして叱咤と共に殴られるや否や、反撃で父の顔面を殴り返したのだ。
彼はその治療を受けるため一度医務室に引き返すことになり、アークエンジェルに来るのが遅れてしまった。
「それより、お忙しいのでしょう?お早く」
「わかっておる……」
自分の時間を奪った元凶である娘に促されてウズミは一歩前に出る。
そして少年の顔をまっすぐに見つめる。
「キラ・ヤマト……君と君の友人たちを争いに巻き込んだこと、心より謝罪する」
「「「!?」」」
ウズミは深々と頭を下げた。
既に彼はオーブの代表ではない。だからこそ、ためらいなく頭を下げることができた。
「そしてこの馬鹿娘と、君の友人であるオーブ市民のために戦ってくれたことに感謝を。本当にありがとう」
「え……あ……はい!」
「マリュー・ラミアス、およびアークエンジェルのクルーの方々。
オーブ国民である彼を救うために苦難の道を歩ませた。あなた方にも謝罪と感謝を」
「い、いえ……そのためだけに、わざわざこちらへ……?」
「私なりの誠意だ」
ここまでの彼らの旅路はカガリから聞き及んでいる。
既に同じ言葉をヒノカミが伝えたようだが、しかし彼自身もまた言葉にして伝えるべきだと考えた。
「私はヘリオポリスでの連合のモビルスーツ開発計画を黙認した。
コロニーと住民を戦火に晒す可能性を、連合を騙す不義を、そしてオーブの理念に反する行いであることも全て理解の上でだ。
それがこの混迷する世界でオーブを守ることにつながると信じて。
だが己の行いを正当化するつもりもない。罪悪感もある。
……わずかだが、物資を積み込ませている。受け取ってほしい。
無論、これで帳消しなどと言うつもりはない」
「お心遣い、感謝いたします」
「罪を認めておるなら、覚悟はあろうな?」
「ヒノカミ」
いつの間にか部屋の中にいたのは少女にしか見えない化け物。
今更そのくらいで驚く輩はここにはいない。
そして彼女の本来の姿は、ウズミも当然知っている。
「では、あの日の続きといこう」
「……うむ」
「と、言いたいところじゃが……その怪我の上から殴ったら流石に死ぬな。
オイコラカガリ。儂の分も残しとかんかい」
「ちゃんと左の頬は無事だろうが」
「……なんか似たようなフレーズってなかったっけ?」
「聖書の一節ですね」
『右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい』
本来は『暴力に対しやり返すのではなく受け入れよ』という意味だが、ここで差し出したら本格的にウズミの命がない。
「とはいえ、ここでやめるわけにもいかん。
彼らやミゲルにも『貴様をぶん殴っておく』と約束したからな。
よって別の形でダメージを与えるとしよう。覚悟はいいか?」
「……なんだ?」
「儂はこのままオーブを去る。もうこの国には戻らん」
今までいろんな作品をめぐってきたヒノカミですが、『戦いを望まず戦う理由もない子供が主人公』であるケースは実は初となります。
よってヒノカミはキラを戦場から遠ざけようとするため、本作の彼はここで一時物語から離脱します。
本作はヒノカミがいろいろ手を尽くしているので原作よりも世界が安定しており余裕があります。
加えてキラがオーブに戻ってくるので、アークエンジェルをかくまう危険を冒してまでストライクのデータに固執する必要がありません。
アークエンジェルの側もかくまってもらう必要がありません。