サイクロプスによる基地の自爆を防いだ後、ガンダムは基地の内部へと引っ込んでいった。
『ガンダムも弱っているはず。この機に攻撃の再開を』と言い出したザフトの司令官もいたが、すぐに基地からまた新しいガンダムヘッドが生えてきたため掌を返した。
『連合の基地の制圧』という本来の作戦目標とはあまりに乖離した結末に、ザフト軍には混乱が広がる。
ひとまず今はアラスカ包囲網を維持しつつプラント本国と連絡を取りながら待機することとなった。
そしてしばらくすると、ヒノカミからザフトの代表者をアラスカに招きたいという打診があった。
もちろん、互いに戦闘行為を行わないという条件で。
その提案を承諾し、代表者として名乗りを上げたのはバルトフェルドだった。
他にもザフトの高官はいたが誰も手を上げなかった。
理屈を並べ取り繕っても、彼らがガンダムに怯えていたのは間違いないだろう。
小型艇に乗り込んだバルトフェルドとその恋人のアイシャ、補佐官のダコスタ。
彼らはガンダムヘッドに見つめられながらアイマン隊の護衛を受けてアラスカ基地の港へと入る。
一般兵からも、彼ら以外にガンダムの根城に飛び込もうという気概のある者は出なかった。
「よう、いらっしゃい」
そして陸地に降りた彼らを迎え入れたのは、連合の制服を着崩した一人の青年だった。
「誰だ?このオッサン」
「『エンデュミオンの鷹』だとよ。
足つきのモビルアーマーのパイロットだった奴だ」
「オッサンはやめてくれよ……」
「おやおや、君ほどのパイロットまで切り捨てるとは連合はよほど人材が余っているようだ」
「いいや、こっちから絶縁状を叩き付けてやったのさ。
連合がオレの前でサイクロプスを使ったのは2回目だぜ?
流石に愛想も尽き果てるってもんよ」
サイクロプスとは元々兵器ではなく、月のエンデュミオン・クレーターに設置されていたレアメタルが混ざった氷を解かすための採掘装置だった。
かつてエンデュミオンがザフトに攻め入られた際に、連合は施設を奪わせまいとサイクロプスを暴走させ自爆させた。
そこで想定より多くのザフト兵を巻き込み、予想外の戦果を上げることとなった。
連合上層部はこれに味を占めたというわけだ。
当時の戦いでジンを多く撃破し『エンデュミオンの鷹』の二つ名を押し付けられたムウだったが、多くの仲間をその光の中に失ったのだ。
飄々としているようでも、胸の内の怒りの炎はこの場の誰よりも強かった。
「……さ、ともかくこっちだ。司令室まで案内するぜ」
「貴方は名のあるパイロットではないのですか?
道案内などという雑用、部下に任せれば……」
「美人なお嬢ちゃんじゃなくて悪いが、ほとんどの奴は憔悴しちまっててな。
それぞれの船で閉じこもってんだよ。
……戦って死ぬなら覚悟してたかもしれんが、味方に殺されかけたとあっちゃ無理もねぇさ」
「……そう、ですか」
ムウの案内に従い、バルトフェルドたちは奥へ奥へと歩いていく。
途中で誰かとすれ違うこともなく、本当に人がいないのだと実感する。
やがて辿り着いた一室。大きな扉が開く。
中には取り残された連合の上官たちと、アークエンジェルのクルーであるマリューとナタル。そして。
「おぅ、来たな」
コンソールの前の椅子が回転し、座っていた小柄な女が気安く声をかける。
「……オイ、本当にテメェがあの鬼なのか?」
「そうじゃけど?」
「証拠は?」
睨みつけるミゲルの前で、ヒノカミは鬼の仮面を取り出し顔に重ねる。
「「「!?」」」
「これでいいか?」
仮面から伸びた機械が一瞬で彼女の全身を覆い、見慣れた鬼の姿となった。
「……その鎧がなんだとか、言いてぇことは色々ある。だがその前に……!」
すぐに仮面を外し、鬼の鎧を解除したヒノカミへとミゲルが一歩ずつ歩み寄る。
彼女の周囲にいたナチュラルたちが彼の気迫に押されて人垣が裂け、道ができる。
「一発ぶん殴らせろぉ!」
「えぇぞ」
「いい度胸だおらぁっ!!」
バキィッ!!
「……がぁぁぁぁーーーーっ!いってぇーーーーーー!?」
「ミゲル!?」
「な、なぜ殴ったミゲルの方が……!?」
「姐さんの体は鋼鉄より硬ぇんだよ。
生身で銃弾受け止めんだぞ?げんこつなんか効くもんか」
「はぁ!?マジで化け物じゃねぇか!!
テメェ人間じゃねぇのかよ!?」
「化け物じゃよー。げらげらげらげら」
手の甲を押さえて飛び跳ねるミゲルをよそに、咳払いをしてバルトフェルドが一歩前に出る。
「本日は、お招きいただきまして。
……と言いたいところだが、あまり時間をかけると外の同僚たちが心配しそうでね。
早速だが、僕らを呼んだ理由をお聞かせ願おうか」
「うむ。お主らにも見てもらうべきと思うてな」
そして椅子を回転させ再びコンソールに向き合ったヒノカミは、メインスクリーンに次々と情報を映し出す。
「「「…………!?」」」
それはこの基地のデータベースに残されていた連合の悪行の数々の証拠。
基地ごと吹き飛ばすつもりだったからか、データの処理が甘かった。
ただ消去された程度ではヒノカミならばサルベージは容易だ。
『血のバレンタイン』と呼ばれたユニウスセブンへの攻撃の計画書。
ブルーコスモスや、軍需産業組織『ロゴス』との癒着。
反コーディネイター感情をあおるために地球各地で起こしたコーディネイターに見せかけたテロ。
中立国への恫喝染みた連合への参加要請。
投薬や手術でナチュラルに手を加えて強化兵を生み出す実験のレポート。
極秘裏に捕虜にしたザフト兵に対する非人道的行為の数々。
そして、サイクロプスによるアラスカ基地の自爆計画。
他にも連合が隠しておきたかった情報全て。
あらかじめ覚悟をしておくようにと言い含められていた元連合士官たちも事実を突きつけられ言葉を失う。
ザフト側も、そちらに添えられたザフトからの情報漏洩の証拠を目にして狼狽する。
「……父上は、こんなに前からアラスカを落とすつもりで……!?」
「ボクたちにまで隠し通してきた極秘計画が流出か……こりゃ獅子身中の虫どころじゃないね。
この裏切者が誰なのかはわかるかい?」
「連合も正体は把握しておらんようでな。
じゃが流石に眉唾の情報を容易く信じるはずもなかろう。
相当昔から通じておるか、そやつに連合を信頼させる何かがあるのか……」
「……『愚かで野蛮なナチュラル』、なんて言えた身じゃねぇな。オレたちザフトも」
この場の全員に真実を理解してもらったところで、ヒノカミは話を切り出す。
「儂はこれらの文書を全世界に公開しようと思う」
「!?そんなことをすれば!」
「連合はもちろん、ザフトも相応に荒れるじゃろうな……。
じゃがこれで連合に潜む膿を一掃できる。
過激派のパトリック・ザラも大人しくならざるをえまい。
そして互いに『戦争をする余裕がなくなれば』あるいは」
そこで一度呼吸を置き、一同を見渡して告げる。
「あるいは地球とプラントの和平への道も開けるかも知れぬ」
「「「!?」」」
ヒノカミはもうこの二つの勢力の和解は不可能だと決めつけていた。
だからここアラスカでも言葉を尽くさず、力尽くでザフトを追い返し、自分一人で事態を解決しようとした。
憎み合う二つの勢力のどちらかに力を貸すことも、どちらかの力を借りることもできないから。
だがアークエンジェルは、マリューたちは己の命を懸けて叫んだ。
ミゲルたちがそれに応え、バルトフェルドは対話を選んだ。
彼らはヒノカミが『できない』と思っていたことをやり遂げて見せたのだ。
ならばヒノカミも見限るわけにはいかない。見限るには早すぎたのだ。
「……だが此度の一件、お主らも巻き込まれた当事者じゃ。
ゆえに儂の独断で押し切るつもりはない。
異議がある者は今この場で名乗り出てくれ。検討する。
無論、後で『お主らの承認をもらった』などと言い訳をするつもりもない」
ナチュラルたちが、連合に戻るつもりなら。
ザフトが、ナチュラルを殺し尽くすつもりなら。
これらの文書の公開は断固として防ぐべきだ。
「「「…………」」」
しかし誰も声を上げなかった。
ナチュラルたちは予想していた。彼らが連合に戻ることはあるまい。
これだけの悪事を仕出かす連中だ。戻ったところで処刑、良くてまた使い潰されるだけだろう。
しかしザフト側から意見が出ないのは少し予想外だ。特にこの場には。
「良いのか、アスラン?
お主の父に対し激しい追及が起こるのは間違いないぞ?」
「……わからなくなっているんです。父が、何を考えているのか」
今回の作戦目標の変更もだが、パトリック・ザラはナチュラルへの憎悪が激しすぎる。
確かに母を奪った連合は憎い。『血のバレンタイン』に関して連中は白を切っていたがその証拠も目の前にあるので猶更だ。
だが、同じく目の前にいるナチュラルたちまでも憎いとは思わない。
特に足つきのクルーたちの捨て身の説得がなければこの戦いでのザフトの被害はもっと大きくなっていたはずだ。
「今はまだ、答えは出ません。
そして今のオレにアナタを止める資格はないと、そう感じています」
「裏切者の件、隠したまま上に話を通しても握りつぶされて終わりになるだろう。
こんな奴がのさばったままの軍に命は預けられない。
ボクとしては、是非公開してもらいたいくらいだね」
「……わかった」
ヒノカミはコンソールを叩き、画面を進める。
そして一度指を放し、右手の親指を立て、手首を回転させ下を向ける。
「くたばれ腐れ外道共」
そして降ろした親指で最期のキーを押した。
ブルーコスモスとロゴスに汚染された連合に更生の余地はないので抹消に動きます。
そしてその最短ルートがどこになるかと考えた結果、『連中が放棄したアラスカ基地を押さえる』だと判断しました。