プラントに帰還したラクスは早速評議会に出廷して会合の報告を行い、同盟への参加を強く促した。
参加予定の国々はオーブを始めとした中立国。
組織の軍のトップは元連合軍人だが、知将ハルバートンはザフト軍でも有名な傑物だ。
提示された技術と計画は確かに眉唾物だが、アラスカで連合艦隊を相手にしたガンダムの戦闘映像を見れば嘘と決めつけるのも早計過ぎる。
そして同盟を結べば自衛に限りそのガンダムの戦力を借り受けることができ、何より同盟に参加した国々から限定ではあるが、プラントが欲してやまなかった国家承認と自治権を得ることができるのだ。
パトリック・ザラは強固に反対した。
卑劣なナチュラルの罠だと声高に叫んだ。
しかし彼は先日行われた信任投票にて議長の座を解任されており、もはや議会の決定権を持たない。
今は新議長選挙を控えている段階で最終的な意思決定を下す権限を持つ者がおらず、しかし同盟への参加の返答は急ぐ必要がある案件だった。
よって評議会議員の多数決で決定することにした。
パトリック・ザラの賛同者は数えるほどしかおらず、今の議会の主流派はシーゲル・クライン率いる穏健派だ。
元々プラントではかねてより恒星間探査計画を進めており、特にシーゲル・クラインは宇宙開発に熱心だったこともある。
彼もまた娘と同じく意欲的であり、議員たちの同調もあって賛成多数で可決され、プラントはコンパスに参加することが決まった。
だがそこでパトリック・ザラが暴挙に出た。
私兵を動かして議会を占拠、クーデターを引き起こした。
そして議員たちを人質にしてプラントにほぼ隣接している軍事拠点『ヤキン・ドゥーエ』に立てこもったらしい。
「連合が弱体化して余裕ができたら、今度は身内争いか」
「『敵がいなくなっても、人はまた新たな敵を作る』……。
バルトフェルド隊長が嘆いていらっしゃいました。『貴女の言葉の通りだった』と」
「バルトフェルド?」
「はい。その議会場にいたわたくしも囚われの身となるところだったのですが、事態に気付いたバルトフェルド隊長のおかげで難を逃れたのです。
その後バルトフェルド隊とアイマン隊の尽力により、我々はザフトの新型モビルスーツ『フリーダム』と『ジャスティス』を奪取し、専用運用艦である『エターナル』に乗り込みプラントを離れました。
そして艦を地球軌道上に待機させ、わたくしとアスランが地球に降下したのです」
「この機体は、父上が議会に隠して建造を進めていた物なんだ。
……Nジャマーキャンセラーを搭載した、核動力モビルスーツだ」
「「核!?」」
「なるほど、クーデター派に使われるわけにはいかんな。……連中の要求は?」
「要求と言うより父は……いや、パトリック・ザラは当たり前のように己がザフトの指導者であるとして振舞っている。
そして地球侵攻を再開し……ナチュラルを滅ぼすと宣言した……!」
「「!?」」
「もちろん、正規軍はそんな言葉には耳を貸していない。
だがパトリック・ザラに賛同した反乱兵は想像より遥かに多く、ヤキンの周囲に強固な防衛網を敷いている。
議員たちが人質になっていることもあり、下手に追いつめるのは危険だ。
一刻も早く、そして確実に救出せねばならない。
しかし今の戦力差では電撃戦も、攻城戦も難しい」
「故にわたくしは、再び特使として参ったのです」
ラクスは続けて手荷物のトランクを開き、1枚の紙をヒノカミへと差し出す。
「これは……」
「コンパスへの参加の、同意書!?」
「わたくしの代筆ですが、父の印を押してあります。
なので父がプラント評議会議長へと復帰すれば、この書状は正式に効力を持ちます」
「それで、『救ってくれ』か……」
コンパスにはいくつかの条約が設けられており、参加した国々にはそれを遵守する義務がある。
その一つが『災害や紛争など、有事の際には互いに協力して対処する』こと。
つまりラクスはその一文を適用して『クーデター軍を鎮圧するためにコンパス軍を派遣してほしい』と要請しているのだ。
「なるほど、であれば我らには立ち上がる義務がある……と言うのは流石に暴論が過ぎるぞ?」
「…………」
多数決で参加が決まっていたも同然らしいが正式に採択されたわけではない。
最有力候補であってもシーゲルが次の評議会議長となる保証もない。
おまけに当人ではなく娘の代筆。空手形もいいところだ。
「おいヒノカミ!彼らを見捨てるというのか!?
過激派がクーデターを成功させたりしたら!」
「見捨てたいわけがない。じゃが組織として動くには理由が弱すぎる。
大勢の命を懸けることになるんじゃ。せめて相応の見返りがなければ。
でなければ兵士たちの働きに報いることすらできぬ」
「くっ……いや、待てよ……?」
ヒノカミとしてもここで穏健派であるシーゲル・クラインを失うのは非常に痛い。
だが『コンパスに参加する素振りを見せるだけでコンパス軍が手を貸してくれる』という前例を作るのは不味い。
人間とはどこまでも怠惰で狡猾な生き物だ。
事が終わった後で掌を返すくらいならまだマシ。
要請を出した者に責任を被せて引きずりおろし、新たに立った者が『内政干渉だ』と賠償を要求してくる可能性すらある。
「見返りならば、用意してあります。……わずかではありますが」
そしてラクスはもう一つの書状を差し出す。
バルトフェルド隊と、アイマン隊の人員。彼らが所有するモビルスーツと艦。
そしてプラントの歌姫であるラクス・クライン。
「以上をプラントからの出向扱いとしてコンパスに所属を移し、その処遇を委ねることとします。
……文字通り、見返りは今のわたくし共の『全て』です」
「「!?」」
「まさか、後ろの『それ』もか!?」
「はい。フリーダムとジャスティス……Nジャマーキャンセラーもお預けいたします。
仮に情報の漏洩があった場合、その責任は全てわたくし共が負います」
「貴女ならばこんなものは必要ないのかもしれない。
だが今のオレたちに出せるものは、もう他に……!」
「…………」
ヒノカミは頭の中で計算を始める。
確かにNジャマーキャンセラーはエネルギー危機に瀕する世界各国が求めている。
しかし肝心のコンパス参加国はその例外だ。エネルギー危機に瀕していないのだから。
ヒノカミがそれらの国々に設置して回ったエネルギープラントの方が安全で高出力でローコスト。
少し前ならヒノカミに依存している状況から脱却したいとも考えていただろうが、コンパス参加国には秘匿していたエネルギープラントの技術も公開すると宣言しているので余計に需要が低くなっている。
なのでNジャマーキャンセラーを欲しているのはむしろ連合と、連合から脱退したもののプラントへの敵対姿勢を解除していないユーラシアや東アジア。
しかし再び核を手に入れたらプラントへの核攻撃に踏み切りかねないので交渉にすら使えない。
技術が流出する可能性が上がることを考えれば普及させず、厳重に隠しておかねばならない。
流石にすでに採用済みのこの機体まで封印しようとは思わないが、同じ理由でモビルスーツの動力源としての採用も避けたい。
故にこの提案におけるメリットは人員の方。
バルトフェルドはアラスカでの慧眼を評価されザフトでの地位を更に上げたと聞いている。
アスランはクーデターを起こしたパトリック・ザラの息子なので危うい立場だが、イザークたちは他の評議会議員の息子。
そしてとびっきりが『プラントの歌姫』ラクス・クライン。
再度評議会議長に返り咲くと有力視されているシーゲル・クラインの娘であり、プラントに留まらず地球にも熱烈なファンがいるほど。
彼らの身柄をコンパスで預かるというのは、プラント評議会の裏切りを防ぎ民衆の支持を集めることに繋がる。
(悪くないが、まだ足りぬ。あと……あと一手……!)
未だに悩むヒノカミに対して、何かを思いついたカガリが声を上げる。
「……ヒノカミ!オーブはコンパスへの参加を一時見送らせてもらう!」
「なんじゃと!?」
「オーブとプラントの参加は例の計画の必須事項だったはずだ!
プラントの参加が難しい現状ではオーブも同意できない!」
「いやまぁそうじゃが、そうなるとコンパスは……あ」
言葉の途中でヒノカミが硬直する。
「そうだ……コンパスはまだ『発足されない』」
「……あぁぁぁぁーーーーーっ!!
アホか!アホか儂はぁぁぁぁあーーーーーーっ!!!」
そして頭を抱えて絶叫する。
「ようやく気付いたか、間抜けめ」
ラクスが調印書を持ってきたから彼女の提案を前提で考えてしまった。
ここしばらく組織に縛られていたせいで思考が凝り固まっていた。
既に結成は確定したも同然の状況だが、各国特使を集めて話をしただけ。
カガリがオーブの参加を取り付け書状を持ってきたが、それもひとまず止めると言っている。
他の国々はまだ参加を表明していない。
よってコンパスという組織は今のところ影も形もない。
ならば現時点でヒノカミはまだフリーなのだ。
「どういうことなの、カガリ?」
「コンパスが結成されていないのだから、コンパス軍は存在しないし動かせない。
だがそれはコンパスに参加する予定の者を縛る規則もないということだ。
だから『個人的に』プラントを助けるのは『個人の自由』なのさ」
「つまり儂とガンダムが勝手に動く分には何の問題もないじゃろがい!」
もちろんここで下手な行動を取れば組織を結成した後で問題になる可能性は大いにある。
だが逆も然り。うまく立ち回れば組織に優位に働くかもしれない。
ここでヒノカミがザフトの正常化のために尽力すれば、戦後プラントがコンパスに対して好意的になるだろう。
「いや待ってくれ!確かに貴女とガンダムだけでも戦力として申し分ない!
だが貴女に助けてもらったとしてもプラントのコンパス参加は確約できないんだぞ!?」
「わたくし共が貴女が動くに足る見返りを用意できないことに変わりはありません……!」
「コイツは最初から見返りなんて求めていない。
そもそも見返りを求めていたら、無償で各国にエネルギープラントを設置してまわるはずないだろ」
「「な……!」」
「『助けてくれ』。そう言うだけでいいんだ。コイツは」
ヒノカミが動くのにそれ以上の理由は必要ない。
余計なお世話はヒーローの本質だ。
「そういうことじゃよ!わかったらその書状はしまっておけ!
念のためここの連中と、ハルバートンに話を通してくる!
その後すぐに出立じゃ!」