「……っ」
「先生……っ!?」
線路へと向かう途中、ヒノカミが崖上を見上げ動きを止めた。
パズーが彼女の視線の先を追うと、そこには一台のオートモービルが止まっていた。
「ドーラに気付かれた。走るぞ」
「うん!」
ここまでは周囲を警戒して慎重に進んでいたが、もはやその意味はないと駆け出す。
線路の上を走る機関車に一気に接近し、ヒノカミがその後ろの貨車に飛び乗った。
そして並走するシータの手を掴んで引き上げ、パズーはそれを確認してから自分も飛び乗る。
「おや先生、どうなすった?パズーは仕事さぼってデートか?」
「悪漢に追われてるんだ!」
「あん?」
間の抜けた問いかけをしてくる機関士に対し、パズーはクラクションを鳴らして崖上を走るオートモービルを指さす。
「ドーラ一家だよ」
「海賊かよオイ!」
「隣町まで乗せて!警察に行く!」
「わかった!かまたき手伝え!」
「それは儂がやる。パズーはシータの傍にいてやれ」
「え?あ、うん!」
子供二人を貨車に乗せたまま、ヒノカミだけが先頭の機関車へと移動する。
ヒノカミは右手でシャベルを掴んで石炭をボイラーに入れていくが、他の者たちには見られないように左手をボイラーの外壁に添えていた。
超高温の壁面を通じて、内側の熱を操作しているのだ。
(燃焼効率を上げて、余計な場所に熱と負担が回らぬように……)
「コイツはだいぶ年寄りなんじゃが……今日はえらく調子がいいわい!」
久しぶりの全力疾走で機関車自身も喜んでいるかのように軽快に線路を進んでいく。
だがそれでも、最新のオートモービルの速度には敵わない。
「……先生!来たよ!!」
「ドーラ……!」
長いトンネルを超えたあたりで、大勢の人間を乗せたオートモービルが機関車のすぐ後ろにまで追随してきた。
その先端に立つドーラが勇ましくドレスを脱ぎ捨てる。
「…………」
ドーラとは古い付き合いだ。彼女はヒノカミの性格と恐ろしさを十分に理解している。
そのヒノカミが機関車の窓から顔を出し、殺気を込めてドーラを鋭く睨みつける。
「「「……!?」」」
傍にいたパズーたちですら気圧され息をのむ。
その一端を受けたドーラの息子や一家の子分たちは明らかに怯えた表情を見せる。
しかし真正面から受けたドーラは、ヒノカミの目を見つめたまま不敵に嗤った。
(……退く気はない、か)
「シータは機関車へ!パズー、貨車を切り離せ!」
「っ!?はい!」
「此度の損害は全て、後日利子をつけてお返しする」
「……はっは!先生は太っ腹だぁ!やっちまえパズー!」
シータを機関車に引き入れ、パズーが機関車後部の連結部の鎖に手をかける。
そして閂を引き抜いた後、両足で貨車を蹴り出した。
反動を受け、余計な重荷が無くなったことで機関車は更に加速する。
「負けるなぁ~~~っ!!」
「うわぁっ!?」
しかし3台もの貨車をぶつけられその重量を押し付けられても尚オートモービルは更に加速し、機関車を追いかけてくる。
「駄目だ、追いつかれる!おじさん、もっとスピード出ない!?」
「年寄りに無理させるな!……あ!?いかん!!」
機関士の慌てた声につられて正面を見る。
1本しかない線路の向こう側から対向車が来ていた。軍の大型装甲列車だ。
「止まれぇーー!」
機関士は大慌てでブレーキをかけた。
「ちぃっ!」
ドーラに追われている状況で軍が現れたことはありがたいが、タイミングが悪すぎる。
ヒノカミがシャベルを放り出し、一際大きな石炭を掴んで機関車の窓から身を乗り出す。
「そこぉっ!!」
ヒノカミはこの辺りの線路図を把握しており、機関車と装甲列車の間にある分岐点のことも覚えていた。
ヒノカミは線路の隣にある切り替えレバーに石炭を投げつけ、強引に進行方向を右に変える。
「「「うわぁぁぁぁぁっ!!!」」」
機関車が猛スピードでカーブし片側の車輪が浮くが、ヒノカミが車体に張り付いて重心を制御することで何とか曲がり切ることができた。
装甲列車との衝突を恐れて機関士がブレーキを使っていなければ曲がり切れなかったかもしれない。
だが一時的に減速したことでドーラ一家に追いつかれてしまった。
切り離した貨車がオートモービルに押されて機関車と衝突する。
「くそっ!」
パズーが貨車に飛び乗りブレーキハンドルに手をかける。
しかし何度も何度も回さなければ効果を発揮しない。
「押せーーー!押しまくれーーーっ!!」
軍がすぐそばにいようが構うものかと、ドーラが声を張り上げる。
連結された貨車を伝ってドーラの息子のシャルルとルイが突っ込んでくるが。
ゴイ~~~~ン
ヒノカミが放り投げたシャベルを拾い上げていたシータが、それを襲ってくる二人の顔面に投げつけた。
実にいい音が響き、硬直した二人がその姿勢のまま後ろへ倒れていく。
「よいぞ!これなら……!?」
ブレーキが利いて貨車が止まればドーラたちが軍の装甲列車のすぐそばに取り残されることになる。
その隙にこのまま逃げ切ればと考えていたヒノカミだったが、窓から外を見て言葉を止める。
遠ざかっていく装甲列車の巨大な砲台が、こちらを向いていた。
「まさか……っ!」
そして砲口が火を噴いた。
砲弾は分岐先のトンネルに着弾し、瓦礫で道が塞がれた。
「「「うわぁぁぁっ!!」」」
「くそぉっ!パズーーーーっ!!」
「はいっ!!」
「うぉぉっ!?」
「キャァッ!?」
ヒノカミが機関士を、パズーがシータを掴んで機関車から飛び降りる。
乗員を失った機関車は貨車とオートモービルと共に瓦礫に突っ込み、大破した。
ドーラ一家も全員投げ出されるが、流石は荒事専門ということかこの程度の衝撃では誰も怪我などしていないようだ。
「シータ、無事!?」
「え、えぇ」
「あいちちち……儂の機関車が……!」
「いくら悪名高いドーラ一家を捕らえるためとはいえ……!」
この国の軍はかなり横暴というか、わずかな国民の命よりも自国全体の利益を優先する傾向が強い。だがそれでもやりすぎだ。
この町の貴重な財産である機関車に加え、トンネルまで破壊するなどと。
被害総額は計り知れず、復旧にはどれだけの時間がかかることか。
しかしそんなことは些事とでもいうかのように、装甲列車から出てきた軍人たちが銃を持って、線路の上を走りこちらへ向かってくる。
「……っ!?先生!列車の前に立ってる奴!」
「ぬ?……何じゃと!?」
パズーに促されヒノカミとシータも彼の指さす先を見る。
軍人たちに命令を出している男は、軍服を着ていない。
黒いスーツと……黒いメガネをつけていた。
「シータ!アレか!?」
「あ、あぁっ……!」
シータは言葉を失っていたが、その反応で十分だ。
彼女を故郷から連れ去った男が軍と共にいる。
すなわちシータを狙っている組織とは、この国そのものだ。
ヒノカミの影響で機関車のスピードが上がっているため、ドーラを振り切る前に装甲列車の前にまでたどり着いています。