「うわわっ、こっちに来るぞ!」
「ママ逃げようよぉ!」
大勢の兵士に恐れをなした海賊たちが慌てふためくが、この状況では逃げ出すことも難しい。
逃げ道であったトンネルは塞がれ、乗り物も破壊された。
あとは崖を降りるか上るか、脇道の悪路を行くか。
どちらにせよ移動速度は遅くなり、すぐに兵士たちが近づいてくる。
兵士たちは銃を持っている。距離を詰められれば一斉に攻撃してくるだろう。
ドーラたちも手持ちの大砲を持っているが数が違いすぎる。
「…………」
迫る兵士たちを睨みつけるドーラはまだあきらめていないが、有効な手立てが思い浮かばず大砲を構えるだけで息子と部下たちに指示を出せずにいる。
「……お主はその辺の物陰にでも隠れておれ。
兵士共に追及されたら『巻き込まれた』と言え。
知らぬ存ぜぬを貫き通せ」
「せ、先生?」
機関士にそう伝えて離れたヒノカミがパズーたちに近づき、二人を立ち上がらせる。
「ドーラ。連中の狙いはシータなんじゃな?」
「?あぁ、そうさ」
「よし。儂とシータが連中の注意を惹きつける。
その隙に貴様らもとっとと撤収しろ」
「えっ!?」
「先生!?」
「何をするつもりだい?」
「無論、逃げるんじゃよ。パズー、お主は……」
「行きます!一緒に!」
「そうか……二人とも、しっかり捕まっておれよ!」
右手でシータを抱きかかえ、左脇にパズーがしがみつく。
そしてヒノカミは兵士たちが向かってくる方へと走り出し、線路から飛び降りた。
「「「「「!?」」」」」
「くっ、とぉっ……!」
ヒノカミは自分とさして体格の変わらぬ人間二人を抱えたまま、左腕の帯を投げ縄のように操りながら、線路の下の枕木を伝ってどんどん降りていく。
列車砲はその構造上、車体より下に砲口を向けることはできない。
「このまま地下坑道の奥まで降りる!」
「そうか!僕ら鉱夫でもなきゃすぐに迷っちゃうから追ってこれないよね!」
「そういうことじゃ……いかん!」
ヒノカミは移動を止め、二人を胸の前へと引っ張って体で隠す。
ガガンッ!ズガガガッ!
装甲列車の傍にいる兵士たちがヒノカミたちに向けて一斉に銃を撃ち始めた。
「うわぁぁっ!!」
「キャァァッ!!」
ヒノカミはわずかな霊力を振り絞り、核が埋め込まれている頭部に静血装を発動。死覇装と捕縛布にも霊力を送り強固にした。
これで防御した部分ならば遠方から撃たれた銃弾など通用しない。
だが運悪く、むき出しの右手に一発の銃弾が直撃した。
「ぐぅっ!?」
「先生!?」
「案ずるな、かすり傷じゃ!」
貫通まではしていないが、手の甲がえぐれて勢いよく血が流れている。
(くそっ、連中の目的はシータの身柄の確保ではないのか!?)
ヒノカミはそのまま二人の盾となりつつ枕木の裏側に隠れる。
『ドーラに奪われるくらいなら』と始末に動く可能性は想定していたが、こうも切り替えが早いと『抹殺優先なのか』と考えるのも当然だろう。だがなんのことはない。
兵士たちは彼らの逃亡を阻止しようと、威嚇射撃をしているつもりだったのだ。
だがあまりに距離が離れており、おまけにこの時代の銃は精度も悪い。
広範囲に銃撃が散らばってしまい、その中にヒノカミたちも入り込んでいる。
彼らはヒノカミが庇わなければ目当てのシータに命中してしまっていたことすら気付いていなかった。
しかし結果的にヒノカミたちを足止めするという目標は達成できている。
彼らの上の線路にいる兵士たちが線路にフックをかけてロープで降下する準備を始めている姿が見えた。やはり連中はまだシータを捕らえるつもりはあるようだ。
ドガァン!ドガァン!
「!?」
今度は大きな砲撃音が聞こえてきた。
しかし列車砲にしては小さすぎるし、何より断続的に音が響いている。
「……ドーラ!?」
ドーラ一家が手持ちの大砲を構え、ヒノカミたちに銃撃を加えている兵士や降下準備をしている兵士たちを攻撃していた。
「アイツら、なんで……!?」
「借りは作らんということじゃろ!今のうちに!」
彼らの援護射撃のおかげでヒノカミたちへの銃撃と、追手の動きが止まった。
3人は再び枕木を飛び移って下へ下へと移動を再開する。
ズドォーーン!!!
そして間もなく轟音が響いた。今度こそ列車砲だ。
ドーラ一家の妨害を止めようとしたのだろう。
だがその砲撃は彼らだけでなく、岸壁と線路の付け根部分を吹っ飛ばしていた。
「このへたくそがぁっ!!」
ヒノカミが無意味とわかっていても大声で叫ぶ。
今の衝撃でヒノカミたちがいる支流の線路が倒壊を始めた。
線路の上にいた兵士たちも慌てて主流の装甲列車の方へと走って引き返していく。
「うわっ、うわわっ!?」
「ずぇぁぁっ!!」
ヒノカミは右腕で二人を抱え込み、崩れる足場から飛び出した。
そして未だ無事な主流の線路の下の枕木に左腕の捕縛布を伸ばして巻き付け、大きくスイングする形で一気に移動しようとした。
「「「!?」」」
しかし誤算が生じた。
移動する際に彼らには大きな遠心力が加わり、そしてヒノカミは右手を負傷していた。
掴む力が弱まっていただけでなく流れた彼女の血で滑り、パズーたちを掴んでいた手が離れてしまった。
「しまった!」
「うわぁぁーーーーーっ!!」
「キャァァーーーーーッ!!」
ヒノカミだけが移動に成功し、パズーとシータが互いを抱きしめ合ったまま悲鳴を上げて落ちていく。
かなり下に降りてきていたとはいえ、谷底まではまだ遥かに距離がある。
墜落死は避けられない。このままならば。
だがシータはすでに一度、飛行船から落下しても助かったという事実がある。
そして奇跡は二度起きれば奇跡でなく必然。
谷底に青い光が満ちた。
シータのペンダントから溢れた光が彼女とパズーを包み、二人の落下速度がほぼゼロとなる。
そして光はゆっくりと下へと降りていく。
その輝きは線路の上からも見えており、兵士たちも動きを止め呆然と光を見つめていた。
(……こうなると、わかっていた。
わかっていたが……くそっ!)
それでも失敗したという事実は無くならない。
ヒノカミは己の右手を恨めしそうに見つめ、視線の先に霊力を集中させる。
やがて傷口から炎があふれ出し、炎が消えると共に傷口もきれいさっぱり消え去った。
自分一人だけになり身軽になったヒノカミは、二人の先回りをするかのように枕木を伝って谷底へと降りていく。
兵士たちが呆けている間に、ドーラ一家は姿をくらませていた。