パズーたちは光を纏ったまま長く細い竪穴をゆっくりと降りて、この谷で最も古い廃坑の奥に辿り着く。
その終着点では、先回りしたヒノカミが右の掌の上に小さな炎を浮かべて待っていた。
彼女には空に浮かぶ力などないが、彼女一人なら帯を併用しつつ、竪穴の壁面を蹴って減速しながら降りていくことなど容易だった。
「先生!」
「二人とも無事か?……すまなかった」
「僕の方こそごめんなさい。しっかり捕まってろって言われてたのに……」
「……あの、先生、さん?その炎は……?」
「む?あぁ、儂は医者じゃが呪い師でもあってな。
わずかならこういった術が……いや、この程度では大道芸と大差もないか」
二人が着地してまもなく、シータの胸の石の光は薄れて消えていった。
同時に彼らの体が感じていた浮遊感もなくなる。
やがて真っ暗な廃坑を照らすのはヒノカミの掌の炎だけとなった。
「シータが降りてきた時も、そうだったよ」
光が消えるまでずっと石を見つめていたシータは、パズーの言葉でなぜ自分が飛行船から落ちても助かったのかを知った。
「……まずはどこか落ち着ける場所を探そう。
その様子では、お主ら朝食もまだなのではないか?」
「あ、はい。実は。……出かける前にカバンに入れてきたんですけど」
「そうか。しかしどちらに行けばよいか……」
この谷の鉱山で、今も掘り進めているエリアならヒノカミも把握している。
医者として速やかに現場に駆け付けるためにとダッフィー親方たちから鉱山の見取り図を見せてもらい全て暗記しているからだ。
しかし彼らがいるのは大昔の廃坑。全くの未知のエリア。
坑道である以上道が完全に閉ざされていることはないだろうし北がどちらかくらいは感覚でわかるが、適当に進んで行き止まりに行き着く可能性は高い。
とはいえ今いるのは長い一本道の途中のようなので、選べるのは右に行くか左に行くかだが。
「ふむ……」
ヒノカミは懐から何かを取り出す。
「コイン……?」
「表裏で決めようか。……パズー、表が出たら右か左か、どっちにする?」
「え?じゃあ、右?」
「表が右か。では裏が出たら左としよう」
ヒノカミは左手の親指の上に乗せたコインを弾く。
地面に落下して動きを止めたコインは……表。
「よし、『左』じゃな」
「「えぇっ!?」」
「儂はすこぶる運が悪いからな。賭け事をすれば絶対に間違える。
故に儂の出した結論の逆が正解なんじゃよ」
自分一人で全て決めると『逆を選んだ』というところまで彼女の選択になってしまうので駄目だが、他に協力者がいれば自分の運の悪さを逆手に取ることができるのだ。
まぁ二択の時にしか使えないし、〇か×かのような答えでない場合は何を持って正解なのかはわからないが。
「……言ってて悲しくなりません?」
「……まぁな」
「フフッ」
ヒノカミの精神的ダメージと引き換えに、シータの緊張もほぐれたようだ。
3人はヒノカミの先導と炎の光を頼りに廃坑の中を歩き始める。
そしてしばらく進むと少し開けた空間に辿り着いた。
地下の清流も流れており、休憩するには丁度いいだろう。
なるほど、確かに正解だ。
そして二人が食事を終えたところでヒノカミが話を切り出した。
「シータ、その石が何かをお主は知っておるか?」
「いいえ。ずっと昔から家に伝わってきたものだとしか……」
「……これを見てくれるか?」
ヒノカミは背負い袋の中から一冊の本を取り出し、ページを開いて彼女が描いた絵を見せた。
「!?同じ図柄……!」
「そうか!どこかで見覚えがあると思ってたんだ!
先生の調査資料だったのか!
……あれ?でもこの本ってラピュタの……」
「その石は『飛行石』。
人や物を宙へと浮かべる力を持つ神秘の結晶。
そしてこの図柄はラピュタ王家の紋章じゃよ」
「「え……?」」
「シータ、お主の家には他にも何か伝わっているものはないか?」
「……古い秘密の名前があります。
母からこの石を受け継ぐ時に、その名前も継ぎました」
一つ息を区切り、彼女は隠していた一族の秘密を明かす。
「私が継いだ名は、『リュシータ』。
『リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ』……」
「ラピュタ……!?」
「『ウル』はラピュタ語で『王』。
『トエル』は『真』。
お主はラピュタの正統な王位継承者『リュシータ王女』というわけじゃな」
「「……!」」
ヒノカミは言葉を失う二人に続ける。
かつて高い科学力をもって天空にあったラピュタ王国。
しかしおよそ700年ほど前に、ラピュタ人は天空の城を捨てて地上に降りたらしい。
その理由は不明で、彼らのその後の足取りも不明。
しかしシータの一族がずっと暮らしていたというのなら、ラピュタ王家の人間はゴンドアの谷に隠れ住んでいたということなのだろう。
この国の軍は最近になって何らかの要因でラピュタの実在を確信し、またも何らかの方法でラピュタ王族の隠れ住む地を突き止めた。
ドーラは情報収集のために常日頃から軍の無線を傍受しており、軍がラピュタの実在を確信しその確保に動いていると知った。
ラピュタは伝説の宝島とされており、金銀財宝がうなるほどあるという。
故にドーラは宝を横取りするためにシータの確保に動いた。
今回の騒動の経緯はこんなところだろう。
「私が……ラピュタ人……」
「じゃあやっぱりこの石は、シータが持たないと働かないの!?」
「その様子ではもう試したようじゃな。
正統な王族でなければ認めぬということじゃろう。
……石について何も知らぬということは、ラピュタの在処も何も知らぬよな?」
「はい」
「じゃろうな……しかし問題は軍が『シータ以上に事情に詳しい』ということなんじゃよな」
ラピュタ王族の紋章が刻まれた飛行石。
この世界の空を漂流しているというラピュタへの道しるべがあるとしたら、間違いなくこれだ。
だが肝心のシータは飛行石について何も知らない。
特別な力があると知ったのも今日が初めてだそうだ。
なのに軍は飛行石の存在を把握し、石だけではなくシータも連れ出している。
であれば軍はシータでなければ飛行石を働かせられないことも把握している可能性がある。
「連中が確保しようとしているのは石とシータの両方じゃ。
石を手放したところでシータへの追跡の手が緩むことはあるまい。
仮に石だけでよいとしても、軍には絶対に渡せぬが」
「えっと、どうして?」
「ラピュタはただの宝島ではない。
伝承によれば『恐るべき科学力で天空にあり、全地上を支配した恐怖の帝国』とされている」
すなわちラピュタとは強大な力を秘めた軍事要塞でもあるのだ。
宝にしか興味がないドーラならともかく、あの横暴な軍がそんなものを手に入れれば。
「武力による世界征服に踏み切ってもおかしくはない。
断じてラピュタを渡すわけにはいかぬ。
これはシータだけの問題ではない。この世界に住まう全ての人々の危機である」