「……あった!」
走り続けてようやく真っ黒な壁面にある小さな突起、ラピュタ王家の紋章を見つけたヒノカミは駆け寄り確認する。
「シータ!飛行石をここへ!」
「え?あ、はい!」
追いかけてきたシータが立ち止まり、右手の掌に巻き付け固定している飛行石を壁の紋章へと近づける。
「っ!?」
「穴……入口?」
「早く中へ!」
黒い壁に角ばった穴が開き怯える二人を促し、ヒノカミは奥へと進む。
やがて彼らはゆっくりと動く黒い石の立方体に乗って、同じ石が無数に組み合わされてできた壁に囲まれた異様な空間へとたどり着く。
「なに、ここ……!」
「ここがラピュタの中枢部じゃ。上の城はただの居住区。
ラピュタを掌握するならこの奥へと進まねばならぬ」
「……先生は、どうしてそんなことまで……?」
「……後で全て話してやる」
急いではいるが、彼らが乗っている石の動きは緩やかで一定だ。
ただ待つしかない時間ができてようやく、パズーたちは抱えていた疑問を口にするがヒノカミは相変わらず回答を先延ばしにする。
時間がある今ならと追及することも考えたが、彼女の横顔から未だ予断を許さぬ状況なのだと察して口を閉じる。
だが本当はこの場に辿り着いた時点で、すでにラピュタの掌握には成功したも同然なのだ。
飛行石のない軍が仮に乗り込んできたところでラピュタの中枢部には入り込めないし追いつけない。
この奥は本来王族にしか立ち入ることができない聖域。
厳重に封鎖されており、兵士たちがどう足掻いたところで侵入できまい。
それでも彼女が急いでいるのは、今も足止めに奔走しているドーラたちを気遣ってということもあるが。
(上陸されれば、皆殺しにするしかなくなる……)
これから彼女がしようとしていることは『武力制圧』だ。
兵士たちが飛行戦艦に留まっているならまとめて対処できるが、ラピュタに上陸し散らばってしまった場合、虱潰しにしていくことになる。
おびただしい数の死者が出るだろう。ヒノカミは軍人が何人死んでも気にしないが、パズーたちは深く傷つき悲しむはず。それは何としても避けたい。
(ここから後何分かかるか……時間との勝負……!)
そして彼女が思考している内に足場の移動が止まる。
この先は回廊になっていたはずだが……。
「なっ……木の根が、こんなところにまで!?」
薄暗い通路は一面が大きな根っこに覆われていた。
ラピュタの上層を飲み込むほどの大木ならばその根も相応の広さだとは想定していたが、まさかラピュタ中枢部すら侵食するほどとは予想していなかった。
壁や天井だけならまだいいが、厄介なことに床にまでびっしり。走りづらいことこの上ない。
「急いでいるというのに……足を取られるなよ!」
「「はいっ」」
足元がよく見えるよう大きな火の玉を作り出して周囲を照らし、3人は再び走り出す。
ヒノカミは迷いなく道を突き進み、行き止まりに辿り着く。
実際にはそこは扉でありその先の部屋に用があるのだが、その部分は特にしっかりと木の根に覆われており、このままでは扉を開くことができない。
「このっ!……シータ!」
掲げていた炎をぶつけて木の根を焼却し、壁に現れたパネルを指さしてシータを呼ぶ。
それだけで彼女は役割を察し、掌の飛行石を押し当てる。
すると壁に縦一筋の光が灯り、ゆっくりと左右に広がっていくのだが。
「ここもか!?」
背の高い草が部屋一面に草原を作っていた。
「くっそぉ!」
赤い石剣を取り出し、先端に炎を収束させて乱暴に焼き切りながら進む。
幸いにも足もとは水が滲み広がっており、延焼が広がることはないだろう。ぬかるみで歩きづらくもあるが。
ヒノカミが乱暴に道を切り払い、淡い光が漏れだす木の根の塊の脇を通り過ぎて、黒い石碑を見つける。
「あった!右手を借りるぞ!」
「キャッ」
ヒノカミは自分の後ろを追いかけてきたシータの手首をつかんで乱暴に引き寄せ、彼女の右手の上に自分の掌を重ねて石碑の上に添え、スライドさせるように動かす。
すると石碑の上に刻まれた文字のようなものが赤く明滅し、この部屋の空中に窓を作り出した。
「これって……もしかして、外の様子!?」
「よし、間に合った!」
どうやらゴリアテは弾幕を張りながら強引にラピュタへと突き進んできたらしい。
ドーラたちが乗ったフラップターの煙幕はとっくに尽きており、タイガーモス号共々ゴリアテとラピュタに近づけないでいるものの全機健在。
そしてゴリアテはラピュタから数百メートルという距離にまで接近しており接舷間近だったが、まだ兵士の一人もラピュタの地を踏んでいない。
ヒノカミはまた石碑の上で、シータの掌ごと飛行石を動かす。
「目覚めよ勇敢なる戦士たち!汝らの主はここに戻った!
今こそ再び立ち上がり、ラピュタを我が物にせんとする侵略者どもを追い返せ!!」
(((((・-・・-・)))))
ラピュタの下部の黒い半球体の至るところに格納された、数え切れないほどのロボット兵が数百年ぶりに起動する。
「敵は巨大飛行戦艦!他の機体は味方じゃ!手を出すな!
そして誰も殺すな!誰も殺されるな!
汝らの主は人のみならず、汝らの死も望んでおらぬ!
主に涙を流させることこそを敗北と心得よ!ゆけぇっ!!」
ヒノカミの号令に呼応し、映像の向こう側でロボット兵たちがゴリアテへと殺到する。
周囲を飛び回り、巨体にとりつき、プロペラや砲門だけを頭部からのレーザーで次々と破壊していく。
当然ゴリアテも身をよじり砲撃を打ち出しロボット兵たちに対抗しようとするが、多勢に無勢。
半壊したロボット兵一機がティディス要塞を崩壊させたのだ。万全な状態の無数のロボット兵相手にゴリアテ一機で対抗できるはずがない。
間もなく丸裸になったゴリアテ本体のみが残された。
最新鋭艦とはいえ、ゴリアテの基本構造は飛行船と同じだ。
推進力を失っても墜落はしないが、風船のようにぷかぷかと浮かぶだけで移動することはできなくなる。
「散開!」
ヒノカミがさらに叫ぶと、ロボット兵たちがゴリアテから離れ一斉に距離を取った。
ドーラたちもロボット兵とゴリアテを恐れ、ラピュタからも離れたところにいる。
ヒノカミは再び飛行石を動かして一瞬だけ風の結界を再展開し、城から外へと向けて突風を放った。
それだけでゴリアテは風に乗せられて、抗うこともできず漂流していく。
どんどんラピュタから離れていくゴリアテはまるで豆粒のように小さくなり、そして雲海の下へと沈んでいった。
それを見届けたところでヒノカミはようやく安堵の息を吐くが、パズーとシータは緊張の表情でヒノカミを見ていた。
そうしなければならない状況だったことは理解できる。誰も死なないようにと手を尽くしてくれたことも間違いない。
だが恐怖の帝国とされたラピュタの力の一端をためらうことなく行使した彼女に対し、二人はわずかな恐怖を抱いていた。