京都神鳴流とは化け物狩りを生業とする退魔の剣士の一団だ。
故に大型の妖魔にも有効打を与えるために巨大な野太刀を扱うのが習わし。
だと言うのに月詠という少女は大小二刀を構えており明らかに対人戦を意識していた。
ふざけた格好と気の抜けた掛け声とは裏腹に高い技量を持っていたこともあり刹那は押され気味だったが、一瞬で敗北するほどの力量差はなかった。
対して、敵の呪術師の女『天ヶ崎千草』とネギには圧倒的な実力差があった。
もちろん、優勢なのはネギの方。
彼は同じく陰陽師であるリンネに陰陽師との戦い方を学んでおり、新たに西洋魔術の師となったエヴァの修行により地力も更に上がっている。
本来西洋魔術師は護衛役として従者を連れ、呪文詠唱中は無防備になる自分を守ってもらう必要があるのだが、彼が模倣しているのはリンネ経由で学んだ彼の父ナギの戦闘スタイル。
自らに魔力を付与して従者と共に戦う『魔法剣士』スタイルだ。
ナギのように『従者すら必要としない』ほどの領域には至っていないが、千草の従えるふざけた式神程度に後れを取ることはなく、戒めの風矢は確かに相手を捕らえた。
だが寸前、学生服を着たネギと同年代の少年が割り込んできた。
どうやら千草の仲間であり、しかも身のこなしからおそらく戦士タイプで、近接戦闘になればネギでも油断できない強者。
『犬上小太郎』と名乗った少年は千草を回収し月詠と共に撤収していくが、ネギたちは彼らを見逃すことしかできなかった。
刹那と月詠がほぼ互角である以上、ネギは1対2で戦うしかない。
ならば前衛の小太郎と後衛の千草が組んで襲ってきたらネギ一人では対処しきれない。
今回は千草が負傷したため継戦を避けたのだろうが、いずれ態勢を整えてもう一度襲ってくるとすれば。
「戦力が足りねぇな……せめて優秀な前衛があと一人はいなけりゃあ……」
「申し訳ありません。私が、無力であるばかりに……」
「そんなことありませんよ、僕じゃあの女の子を抑えるのは無理そうですし。
同じ流派である刹那さんがいなかったらきっとやられてました」
暗い顔で反省会をしながら宿へと戻った二人と一匹。
そういえば生徒たちを置いて長時間離れてしまった失敗を悟るネギが、他の教師たちにどう説明したらよいものかと年相応に慌てだす。
一生徒として何かフォローができるはずと彼をなだめる刹那。
そちらに気を取られていたから、彼女は反応できなかった。
「せっちゃん!!」
「お嬢様!?」
刹那はホテルの扉が開くと同時に飛び込んできた木乃香に抱き着かれ、そのまま押し倒されてしまう。
「せっちゃん……せっちゃん……!」
「こ、このちゃ……お嬢様!?一体、何が……!」
よく見れば刹那の胸元に顔を埋める木乃香の瞳からは涙が溢れ出ている。
「あっ、明日菜さん!木乃香さんに一体何が……」
「え……え~~っとぉ……」
木乃香が走ってきた方に気まずそうに立っている明日菜を見つけてネギが駆け寄るが。
「私が全て話した」
「「「!?」」」
入口からは見えなかった物陰に、エヴァと茶々丸が立っていた。
「全て……まさか!?」
「そうだ。魔法のことも、近衛木乃香が麻帆良に送られた理由も、貴様の役割も全てな」
「なんということを……!」
「この旅行では『私に影響がない限りは手を出さん』という契約だった。
だが生徒が攫われでもしたら折角の修学旅行が中止になってしまうだろう?
であれば私には干渉する権利がある。狙われている当人にその自覚がないなど論外だ。
そもそも孫娘を狙った襲撃を予見できなかったあのジジイが悪い」
「くっ……」
「そうですね。マスターは1週間以上前から準備を始めるほどこの旅行を楽しみにしておられましたからね」
「余計なことを言うなボケロボッ!!」
真っ赤な顔をしてつかみかかるエヴァだが、茶々丸はびくともせずされるがまま。
呪いはすでになく、学園結界の外に出た今の彼女なら従者をしばき倒すなど容易なはず。
であればこれは本当に怒っているのではなく、ただのじゃれ合いなのだろう。
そしてようやく刹那の胸元から顔を離した木乃香が涙をぬぐう。
「ごめん……ごめんなぁ。せっちゃんがずっと守ってくれてたのに、ウチ気付かんで……」
「い、いえっ!私はこのちゃ……お嬢様をお守りできればそれだけで幸せ!
それも陰からひっそりとお支えできれば、その……!」
「アホか貴様。前々から思っていたが何故護衛対象から距離を取っている。
貴様が近衛木乃香の護衛に抜擢された理由の一つは、常に隣にいても護衛対象や周囲に違和感を与えずに済む立場だからだろうが」
「……そーなん?じゃあなんでせっちゃんウチから逃げとったん……?」
「えっ、いやっ、その……っ」
「それはともかくっ!」
意図せず刹那に助け舟を出したのは、ネギの肩から身を乗り出し叫んだカモだった。
「こっからはお二人も手を貸してくださるってことですかい!?」
「バカが、取り下げられたとはいえ私は魔法世界の賞金首だぞ?
一応は関西呪術協会に属する術師相手に私が暴れれば、私を送り出した麻帆良……関東魔法協会からの宣戦布告と受け取られかねん。
貴様らは仮にも和睦の使者だろう。私が出すのは口だけだ」
「う”っ……たしかに」
「ほぇ~~、ホンマにカモくんって喋れるんやなぁ~~。
さっきのは聞き間違いやなかったんやなぁ~~」
エヴァが旅行を中止にさせたくないというのなら戦力になってくれるのではと淡い期待を抱いたカモだったが、真っ当な反論を受けてガックリと項垂れる。
エヴァからネギの試練を聞いた明日菜はカモの様子を見てネギに問いかける。
「……もしかして、ヤバイ?」
「はい……術者の女の人と、剣士の女の子と、戦士の男の子。
結構強くて、僕と刹那さん二人だとまともにぶつかり合っても勝てるかどうか怪しい相手です。
それでも狙いが親書を持つ僕だけなら何とかなるかもしれないんですが……」
「戦う力のねぇ木乃香嬢ちゃんが襲われちゃあ刹那の嬢ちゃんだけじゃ対処しきれねぇ。
兄貴自身も気を張ってなきゃならねぇし、引率の仕事もあるから他の生徒にも気を配らにゃならねぇしな。
おまけにこっちは魔法バレも気にしなきゃならねぇのに、あっちはどうやらお構い無しだ」
「じゃあ、本気で襲ってきたら木乃香が……!」
「ならば近衛木乃香に『戦う力』を与えてやればよかろう」
「「「!?」」」
何でもないことのように言い放ったエヴァに茶々丸以外の全員の視線が殺到する。
「まさか……『仮契約』ですか!?」
「えぇっ!?そんなすぐ強くなる方法とかあるの!?」
「カモくん、『仮契約』ってなんなん?」
「簡単に言やぁ、魔法使いを守る代わりにその力を借りる契約の、お試し版さ」
西洋魔術師は自身を守る護衛として従者を従える。
この時魔法使いと従者が結ぶのが『本契約』だが、これは形式上だけではなく魔術的にも深いつながりを持つ。
魔法使いは従者に魔力を与え強化し、従者はその力を使って主人である魔法使いを守る。
まさに互いの命を懸ける一生ものの契約だ。
だからこそ気軽に本契約を結ぶことはできないが、それでは魔法使いはパートナーを見つけるまでずっと一人のままになる。
そこで用意されている制度が『仮契約』だ。
魔法使いが従者に力を与える時間や出力に制限が付くが、簡単な儀式を済ませることで何人とでも契約できる。
他にも『アーティファクト』と呼ばれる従者の性質にあった武装の貸与。
仮契約により生じる『パクティオーカード』を用いた念話や、主人が従者を遠方からでも召喚することが可能になる。
また従者が持つ隠れた才能を引き出す効果もあり、その恩恵は計り知れない。
「すごいじゃん!じゃあその仮契約ってのをすれば私も戦えるくらい強くなる!?」
「ウチも!?」
「そんな無茶苦茶には強くなりやせんが、アーティファクト次第じゃ即戦力でさぁ。ただなぁ……」
「どうしたオコジョ妖精。仮契約を斡旋すれば紹介料が振り込まれるのだろう?
貴様にとってはいいことづくめだろうに何を及び腰になっている?」
「むやみに仮契約をしてはいけないと、マスターから言われてるんです。
『僕の事情に巻き込むことになるから』と……」
「姐御はおっかねぇからなぁ……いや、生徒を守るためだってんならわかってくれっかな?」
「……なるほどな」
ネギはただの魔法使いではなく英雄の息子。
その従者となれば良くも悪くも魔法使いたちの視線を集めてしまうだろう。
それに考えてみれば、日本の呪術師の名家の一人娘である木乃香を見習い西洋魔術師の従者にするというのは問題も大きい。
『下に見られた』と激怒し、関西呪術協会の中から今回の和睦に反発する者が新たに出てきてもおかしくない。
……むしろ学園長は木乃香をネギの従者にしたいと考えていそうだが。だからこそ同室にしたのだろうし。
「……ネギくん、お願い。ウチと仮契約して!」
「木乃香さん!?」
「お嬢様!?」
「守られるだけなんてイヤや!ウチも守りたい!」
「……ネギ、私とも契約しなさい!
木乃香やクラスの皆に手出しなんてさせないわ!」
「明日菜さんまで……」
「兄貴、今は戦力が必要だ。お二人のご厚意に甘えましょうぜ」
「……わかりました。ひとまず、この旅行が終わるまでの間で。いいですね?」
「うん!」
「えぇ!」
力強く返事をする木乃香と明日菜。
その後で契約の儀式が『ネギとのキス』だと聞いて明日菜が露骨に拒絶反応を示すが、木乃香の方は刹那の制止も振り切りあっさりと済ませてしまった。
明日菜も自分から言い出した手前今更反故にもできず、『ガキだからノーカン』と己に言い聞かせ儀式を済ませた。