阻もうとする悪魔を不可死犠を纏った体当たりで消し飛ばしながらヒノカミは夜の空を駆ける。
彼女の感知能力が捕らえた歪な気配を目指していくつもの雪山を超え、ついに一人の男へとたどり着く。
だが、その男は。
「ぐ、う、ぉぉぉおお……っ!」
「なんじゃ貴様の……その魂は!?」
ローブを身に着け、長い杖を持った赤毛の青年。
状況証拠から彼が悪魔を召喚し差し向けた元凶であることは間違いないが、彼は激痛に耐えているような表情で苦しんでいた。
そして何より彼の魂があまりに歪だった。
頼りない光を放つ珠の全面に真っ黒なタールがへばりつき内側へと侵食しながら飲み込もうとするような。
「っ!」
「!?」
男の右手が杖をこちらに向けたので身構えたが、即座に男の左手が右手を掴んで押し下げる。
「俺を……殺すな!そしたら今度は、アンタがコイツに憑りつかれる!」
「!?精神寄生体か!」
「アンタが誰だか知らないが、頼む!
オレを封印してくれ!オレがコイツを抑え込んでる間に……!」
「……承った」
青年の状態を見る限り、もはや呑まれる寸前。
彼の意識が表に出ていられるのもこの一瞬の奇跡のようなものだろう。
だから彼の意を汲み、彼が抵抗しない今のうちに、己の最高の封印術を以て確実に封じる。
パン
ヒノカミが掌を叩くと彼女の足元に小さな瓶が生成された。
彼女は合わせた掌を離して目の前の青年へと両腕を伸ばす。
「……魔封波!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
放出されたエネルギーの渦が青年の体を呑みこみ、ヒノカミの腕の動きに合わせて螺旋状に振り回す。
「……はっ!!」
そのままエネルギーの流れに乗せた彼の体を瓶の口へと叩きつけるように放り込む。
だがその寸前に。
「!?」
左腕から伸ばした帯で彼の体を貫き、寄生されていない部分の魂を強引に切り離した。
そして彼に寄生していた存在ごと、彼の肉体を瓶の中に完全に封じ込めた。
長年侵食を受けていたようで、切り離した青年の魂は自我すら曖昧なほどボロボロになっていた。
このままではすぐに崩壊してしまうが、彼の魂を補修しようにもヒノカミは彼が何者かを知らず彼の情報を何も持っていない。
やむなく彼の魂を己の端末の中へと一時的に保護することにした。
そして彼の情報を集めるために彼がその場に落としていた杖を拾い、おそらく彼と関りがあるのであろう先ほどの村へと戻った。
――――……
「……なるほどぉ。ここでネギくんはお父さんの杖をもらったんだね?」
「はい。マスターが拾ってきた杖を見たスタンおじいちゃんや皆が、間違いなく父さんの杖だって。
父さんの魔力の残滓もわずかに残っていたから、手放してからそこまで時間が経っていないはずだって」
「もしかしたらネギくんのお父さんは、ネギくんのピンチに気付いて助けに行こうとしてたんかもしれへんなぁ」
「えぇ……でも『父さんが助けに来てくれるのを待ってるだけじゃダメなんだ』って思ったんです。
近くにいたのに引き返していったのなら、きっと僕に会いに行けない理由があるはずなんです。
だから僕が自分から父さんに会いに行けるくらい強くなって、僕が父さんを見つけてみせます!」
「なんとご立派なお志……!感動いたしましたわ!」
「だが実はこの悪魔の軍勢は、兄貴を狙ってた可能性がたけぇんだよ。
村人相手にゃ石化の呪いを使ってた悪魔が、兄貴を見つけると物理的な攻撃を始めやがったらしい」
「つまり、コイツらはネギを殺すつもりで……!」
「はい。この一件を受けて村の皆も、これ以上は僕を他の魔法使いの人たちに隠し続けることはできないと判断したそうです。
僕にも僕をこの村にかくまっていた理由から全て説明してくれて、ネカネお姉ちゃんとも相談して、僕を隠すのではなく逆に有名にして簡単に手出しできないようにしようという方針に切り替えたんです」
「だから圧倒的強者であるリンネに弟子入りし、積極的に強さと実績を求めるようになったと。
……なるほど、それで麻帆良か」
「どういうこと、エヴァちゃん?」
「イギリスには魔法世界とのゲートの一つがあるので魔法世界本国からの影響力が強い。
対して麻帆良は現存するゲートの全てから遠く、近右衛門が相応の自治権を持っているため魔法世界の連中も容易に干渉できん。
ぼーやを利用または排除しようとする奴らからの横やりを防ぎつつぼーやを育てるにはうってつけの土地だったというわけさ」
「はい。魔法学校の校長と学園長先生が協力して手はずを整えてくれたんです。
学園長先生は父さんたちの顔なじみだし、信用できるからって」
「ほぇ~~、おじいちゃんってすごかったんやなぁ~~」
「そんで、今に至るってわけだ。
……嬢ちゃんたちもわかったろ?兄貴はいろ~~んな奴らから狙われてるんだ。
『生徒と教師』までならともかく『魔法使いの師匠と弟子』、『主人と従者』なんてレベルまで関わっちまうと完全に兄貴の身内と認識されちまうぜ?」
「「「……!?」」」
「比喩ではなく、命の危険があります。
今回は僕の無力のせいで巻き込んでしまいましたが、これからはより一層厳しい修行を積んで、皆さんを守れるくらいに強くなりますので……!」
「魔法を知った以上、同じく狙われる立場である木乃香はこれから自衛のために魔法を学ばねばなりません。
仮契約も済ませているようですし、ナギの仲間であった私の娘。
積極的にネギくんと協力していくべきでしょう。
ですが皆さんはまだ引き返せる場所にいます。明日菜くんの仮契約も解除できる。
魔法使いを目指すとしても、巻き込まれぬようネギくんと木乃香から距離を取って……」
「何言ってんのよ!ネギと木乃香が危ない目に合ってるって聞いて、知らんぷりなんてできるわけないじゃない!!」
「明日菜さん……」
「明日菜……!」
「……危険が及ぶと言うのなら、私たちも力をつければよいのです。
ネギ先生と自分自身を守れるほどに……!」
「そうそう、皆で力を合わせてね!
一人一人がほどほどでもこんだけ頭数がいりゃ馬鹿になんないでしょ?」
「わたし、ネギせんせーのお力になりたいです……!」
「此度の事件、わたくしと千鶴さんも狙われておりました。
我々もまた当事者……いえ、そうでなくとも。
この雪広あやか、クラスメイトとネギ先生を守るためならばいかなる苦難も乗り越えて見せましょう」
「みなさん……!」
「……娘はよい友人を持ちました。
エヴァンジェリン。希望する方たちには木乃香と同じように修行をつけていただけないでしょうか」
「……ふん、中学を卒業するまでだ。
言っておくが加減はせんぞ?死んでも知らんからな……!?」
――――……
ヒノカミは村へと戻り、悪魔全てを退けていた住民たちに事情を伺った。
そして青年の持っていた杖から彼の名が『ナギ・スプリングフィールド』であること。
村人は彼を慕う者たちで、彼らが力を合わせてナギの息子を守っていたことを知った。
ナギの魂を修復するためには時間だけではなく、ナギの情報が必要だ。
なのでヒノカミは村への滞在を希望した。親しかった関係者と実の息子ならば申し分ない。
信頼を得るために通り名である『ヒノカミ』ではなく本名の『六道リンネ』を名乗ってまで。
だが突然悪魔に襲われたところに都合よく現れ助けてくれた……マッチポンプと警戒されてもおかしくはない。交渉は難航するかと考えていた。
だが彼らはヒノカミ、いやリンネを快く受け入れた。
理由を尋ねると『精霊たちが貴方を信頼しているから』と答えた。
リンネはSOF……炎という概念そのものとも呼べる大精霊を従えている。
世界は違えどその力と神格に揺るぎはなし。
故にこの世界の精霊たちも大精霊の主人であるリンネに敬意を払っているのだろう。
戦闘力は先ほど披露した通り。また襲撃がある可能性を思えばむしろこちらからお願いしたいとまで言われたほどだ。
そしてネギや村人たちと触れ合うこと数か月。
ナギの自我を取り戻すことができる程度には彼の情報が集まった。
端末の中で目を覚ました彼はここに至るまでの経緯を明かしてくれた。
魔法世界の大戦を終わらせ英雄となったナギだったが、敵の首魁『ヨルダ・バオト』は己を殺した者に憑依し支配する能力を持っていた。
寄生されてしまったナギは仲間たちから距離を取り、やがて己の死を偽装してまで姿を隠し、汚染に対抗しながらヨルダを滅ぼす方法を模索していた。
だがついに限界が来てしまい、ナギは肉体の制御権を奪われてしまった。
そしてヨルダは未だに抵抗を続けるナギの心をへし折るために悪魔を呼び出し、彼の故郷の村を襲ってそこに住まう彼の息子ネギを殺そうとした。
だがナギは怒りでヨルダを抑え込んで一時的に己の肉体の制御権を取り戻した。
もう一度肉体を奪おうとするヨルダの干渉に耐えながら急いで村を助けに行こうとしたところで、ヒノカミが彼の目の前に現れたというわけだ。
これからどうするかと問われれば、もちろんナギとしては己の肉体を取り戻したい。
ヨルダからナギの魂を易々と引きはがしたヒノカミの協力があれば間違いなく可能だ。
だがそのためにはナギ自身の魂が万全でなくては話にならない。
なのでヒノカミはナギの精神の快復を加速させるため、己の肉体の操作権をナギへと預けた。
百聞は一見に如かず。ならば百度の観察よりも一の体験が勝るであろう。
奥に引き込んで見ているだけよりも、他人の体であろうと実際に触れあう方が良かろうと。
そのまま己の正体を息子たちに伝えても良いと言ったが、彼は断固として拒絶した。
悪党に体を乗っ取られ、挙句助けてもらった少女の体を借りた状態で、どうして自分に憧れている息子に『父』と名乗れるというのか。
だから彼は『己の肉体を取り戻すまでは己の正体を誰にも明かさぬ』と誓いを立てた。
『六道リンネ』として振舞うために、内側に引っ込んだヒノカミの魂に己を同期させ人格と能力を模倣再現してまで。
そしてナギが素性を隠してネギと暮らし続けて数年。ナギの魂は完全復活していた。
後はヨルダの封印を解きヒノカミが施術すれば彼はすぐにでも元の体に戻れる。
ナギの肉体ごとヨルダを封印した瓶も未だ手元にある。
だがナギが元の肉体に戻ったら長期のリハビリが必要になる。
ナギが生きていたと知れ渡れば魔法使いたちの間で騒動が起きるだろうが、弱った状態のままの彼ではそちらに対処しきれない。
なので完全に力を取り戻すまでは彼は姿を隠さねばならず、ヒノカミも彼を守るためにつきっきりになるだろう。
己が父であると知らぬまま弟子入りした、魔法世界の者たちに狙われている息子のネギを置いて、だ。できるはずがない。
弱ったナギと幼いネギの二人をヒノカミに守ってもらうというのはあまりに恥知らずであり、何より息子に情けない姿を見せたくはない。
だから元の体に戻るのはネギが一人前の魔法使いになるか、ネギを信頼できる優秀な魔法使いに預けてからと考えていた。
だが前者には長い年月が必要で、後者に心当たりはない。
近右衛門はあれでも関東魔法協会の理事。
己の立場のためにネギを利用しなければならない事態もあるだろうし、魔法世界の連中がなりふり構わず強権を振りかざして来たら対抗しきれない。
ナギのかつての仲間も一癖も二癖もある連中ばかり。
詠春は戦場から離れて久しく、タカミチもまた多忙。クルトは魔法世界の重鎮になったので敵対関係に近い。
となればラカンかアルビレオだが、あの二人は性格に難がありすぎて幼いネギの教育に悪すぎる。
それに奴らはおそらく対面すればリンネの中身がナギだと気付く。
そして絶対に大爆笑するだろう。死にも勝る屈辱だ。
結局ずるずると先延ばしにしてきたナギはネギと一緒に魔法学校の卒業試験で麻帆良に向かうことにしたのだが、そこでようやく麻帆良に封じ込めたままのエヴァのことを思い出した。
15年もほったらかしにしているので絶対に怒っているだろうからと、真っ先に呪いを解きに向かった。
だがエヴァはまだナギのことを諦めていなかった。そしてネギを預ける相手として彼女こそが最良だと気付いた。
そして目論見は成功し、ネギはエヴァの下でめきめきと力をつけ始めた。
これならばそう遠くない未来に自分は元の体に戻ることができると、そう考えていた。
だが修学旅行にてヨルダの配下である『完全なる世界』の残党と出会ってしまい予定が狂った。
ヨルダの配下が相手なら『一人前』程度の実力では不十分だ。ナギやその仲間たちに並ぶ『超一流』でなければ。
おまけにもしかしたらネギだけでなく『アスナ』の方にも感づかれたかもしれない。
「ただいま戻りました、マスター!」
こんな状況で無力な状態に陥るわけにはいかない。
だからナギはまだまだ当分の間、『六道リンネ』として傍で彼らを守り抜かねばならないようだ。
「おかえり、ネギ」
本作の『六道リンネ』は『ヒノカミ』ではなく、憑依合体の要領で彼女の端末を借り受けた『ナギ・スプリングフィールド』です。
もちろん物語の途中で戻る予定ですが。
ナギは自己暗示や精神同調を使ってヒノカミの性格や口調などを模倣し、彼女の端末の能力や技術を引き出しているんですが、当然オリジナルと比較して大幅に劣化しています。
また、同期がずれるとヒノカミの能力が引き出せなくなりナギ自身と同程度の出力まで落ちる、という設定にしています。
そしてヒノカミ自身は奥に引っ込んで微睡んでいるのでよほどの事態でなければ表に出てきません。
これが本章での『ヒノカミの縛り内容』です。
原作においてネギの村が襲われる場にナギが現れるため、この場にヒノカミがいると確実にナギと対面してしまうんですよね。
そしてここでナギを普通に救ってしまうと物語の根底が破綻する。
具体的には、ネギが偉大な魔法使いを目指さず魔法先生にならないかもしれない。
本作における秘密のほとんどを把握しているナギを救出すれば本作の問題がほぼすべて一瞬でヒノカミに解決されてしまう。
完全なる世界の面子がナギの中にいるはずのヨルダを訪ねてきたらその場で返り討ち。
……38巻にも及ぶ原作が短編1話で終わりかねないんです。
だからといって過去のネギを救わないのはハッピーエンド至上主義者として断固受け入れられない。
よって頭の中でこねくり回した結果、こんな展開にすることで乗り切ることにしました。