『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第20話 トロッコ問題

 

リンネの中にいるヒノカミが習得しているのは幼いネギと共に暮らすうちに覚えた初歩の魔法だけ。

それ以上でも習得しようと思えば簡単にできただろうがする理由もなかった。

彼女は呪文なんてものを経由しなくても直接精霊に語り掛けられるし、そもそもこの世界の精霊の力など借りる必要がない。彼女自身の方が精霊より格も能力も上だからだ。

彼女の手助けができるとしたらそれこそ神格を持つ大精霊クラスでなければならない。

そして彼女は五大精霊を使役している。この世界の精霊に力を借りねばならぬ理由がなく、いよいよ魔法を学ぶ必要がなかった。

 

よってエヴァの別荘にこもるネギの従者の少女たちのほぼ全員が初歩の魔法を一通り習得した頃に、リンネは『自分の役目は終わった』と宣言し彼女らの修行の場に参加しなくなった。

そして浮いた時間をどう過ごしているかと言えば……世界樹の枝の一つに寝転がり、ただぼんやりと空を見上げていた。

家にも帰らず食事もとらず、ここ何日もずっと。

 

 

 

「……用意してた全部、無駄になっちまったな」

 

――……あぁ。

 

かつてナギはヨルダの野望を阻んだ者の責任として、ヨルダの支配に抗いながら魔法世界の崩壊を食い止めるための方法を探し旅していた。

しかし彼はヒノカミの端末を借りネギと暮らすようになってからはずっと息子の傍にいた。

探す必要がなくなったからだ。『魔法世界の崩壊を食い止める』なんて異界の創造神ヒノカミならばいくらでも手段が思いつく。

 

ただ延命するだけなら彼女が魔法世界に赴き力を垂れ流せばいい。

端末を通じて供給される無限の魔力だ。彼女一人で魔法世界全てを支えることなどできて当たり前。

定期的に彼女が魔法世界に訪れておけば魔力不足には陥らない。

 

彼女に依存しない方法であれば、火星のテラフォーミングを成し遂げればいい。

火星が緑溢れる大地となればそこで生きる動植物が発する魔力により魔法世界を維持できる。

こちらもヒノカミならば一か月で地球人類が移住できるレベルにまで持っていけるだろう。

 

他にも過激な手段が必要な案や安全第一なものなど、ぱっと思いつくものだけでも片手の指では足りないほどにある。

だがそのいずれも伴う騒動がとんでもなく大きい。

当たり前だろう。世界一つをどうにかするのだから。魔法世界の住人は数億人単位だ。

魔法世界を救うことよりも生じる二次災害を抑えることの方が大変で、相応の準備が必要になる。

だからナギが元の体に戻り、サウザンドマスターのネームバリューを活かせるようになってからで対処するつもりだった。

そのくらいの時間の猶予はあると判断していたのだ。

 

だから超の辿った歴史では、想定よりも早いメガロメセンブリアの侵攻に後手になり。

連中に対処している内に魔法世界が崩壊してしまったのだろう。

流石のヒノカミでも跡形もなく消えてしまった世界の再生などできない。

おそらく未来の彼女は場当たり的な対処をしてからこの世界を去り、そして更に時間が進み超の生きる時代になって負債のしわ寄せがやってきた。

 

しかし魔法世界崩壊がまもなくと知った以上対策は容易だ。

10年どころか1年あれば考えている案のほとんどは実現できる。

 

だができなくなってしまった。

この世界の未来が超のいた時代に繋がっており、そちらでヒノカミの存在の痕跡が残っているとしたらここで魔法世界を救えば歴史が変わり世界が分岐する。

世界が分岐すればヒノカミ自身も分岐し、やがて二柱の神が対面することになり、そしていつかは衝突する。

平行世界に干渉する能力と容易く世界を滅ぼす力を持った神同士が。

 

超の時代にはすでにヒノカミはいないようだ。ならばヒノカミは彼女の時代になら何も気にせず干渉できる。

超からこの世界が辿った歴史を聞き取り、それに沿って行動し、そしてこの時代を離れてから超の未来に向かいそちらだけを救う。それがヒノカミの取るべき最善手。

これからこの時代で起きるとわかっている悲劇全てを見殺しにして。

 

 

受け入れられるはずがない。

だからヒノカミは超の話を聞いてからずっと悩み続け、『自身が分岐する可能性を減らしつつこの世界を救う方法』を見つけ出している。

しかしあくまで『可能性を減らす』だけだ。どの程度まで減らせるかはわからないしゼロにはならない。

おまけにメガロメセンブリアの侵攻が始まる前までというタイムリミット付き。

 

この世界一つを救うためだけに、失敗すれば多くの世界を巻き込む計画を実行に移していいものか。

リンネの奥で、ヒノカミはずっと答えのない問いを続けていた。

 

――いっそ何も思いつかなければ、悩むことすらなかったのにな。

 

「魔法世界を救う計画自体がアンタありきなんだ。

 そうして悩んでくれてるだけでもありがてぇよ……んぁ?」

 

何者かの接近を感じ、ナギがすぐさまヒノカミと同期しリンネとして振舞う。

 

 

 

「マスター」

 

「ネギか、どうした?」

 

ナギの杖に乗ったネギが、リンネの寝転がっていた枝の高さまで飛んできた。

 

「『どうした』って……それを聞きたいのは僕らの方です。

 ずっと何かに悩んでるんですよね?」

 

「……まぁな」

 

「だったら相談してください!僕もみんなもずっと気にしてて……でも強引にも聞けなくて」

 

「ついにエヴァがおかんむりでよ。無理やりにでも姐御を連れてこいってお達しでさぁ」

 

「エヴァが……そうさな。話してどうにかなる問題ではないが、相談するくらいはいいじゃろう」

 

――おい!

 

(一人で考えても無駄に時間が過ぎてくだけじゃねぇか。

 『三人寄れば文殊の知恵』だったか。この国のことわざなんだろ?)

 

「マスター?」

 

「何でもない。わかった、これから向かおう」

 

ネギに連れられてエヴァの家に向かうと、ネギに関わる魔法関係者が勢ぞろいしていた。

普段は修行に不参加な千雨もいた。

ネギやクラスメイト達とは違った観点を持つ彼女の意見も是非聞かせてほしいと、ネギに頼み込まれたかららしい。

斜に構えているようで、彼女も十分お人好しだった。

 

 

 

「『トロッコ問題』、知っとるか?」

 

あくまでたとえ話という形で、一同に話を切り出す。

 

「心理学における正解のない問いかけの定番ですね。

 トロッコが進む線路上には人間がいて、放置すれば5人が犠牲になる。

 しかし手前で線路を切り替えれば5人は助かるけれど、切り替えた先にいる1人が犠牲になる。

 切り替えレバーの前にいる自分がどちらを選ぶか、という……」

 

「そう、ただし儂の問題の状況は少し異なる。

 線路上にいるのは1人だけじゃ。

 放置すればその1人が犠牲になるが、切り替えた先には誰もおらん」

 

「えぇっ?じゃあ切り替えるに決まってるじゃん!」

 

「しかし切り替えたレールの先は、鉱山の火薬庫に繋がっている」

 

「「「「「はぁっ!?」」」」」

 

「火薬庫までどれだけ距離があるかは正確には分からん。

 トロッコが激突しても大した爆発が生じぬ可能性もある。

 だが最悪の場合は鉱山そのものが跡形もなく吹き飛ぶ大爆発を起こし、レバーを切り替えた自分や轢かれそうだった1人どころか、鉱山の中にいる数百人が犠牲になる」

 

「「「「「…………!」」」」」

 

「さぁ、儂はレバーを切り替えるべきか否か……これが儂の悩みじゃ。

 儂の立場、轢かれそうな1人の立場、同じ鉱山にいただけの無関係な者の立場……すべてを己に当てはめて、お主らはどの様な答えを出す?」

 

轢かれそうな一人とはこの世界。

火薬庫とはヒノカミ自身。

吹き飛び犠牲になる数百人とは数多の世界のことだ。

 

案の定議論は紛糾した。

 

自分がレバーの前にいたら、確実に誰かが犠牲になるよりも全員が助かる道を選びたい。

自分が線路の上にいたら、皆を危険に晒してまで助けてほしくない。

自分が無関係な人間なら、大きな被害が出て巻き込まれた時に納得できないと思う。

 

幼い少女たちは答えのない問題の答えを出そうと意見をぶつけ合っていたが、一人だけ輪から離れてつまらなそうに頬杖をついている千雨が目に留まった。

 

「ちょっと千雨ちゃん!ちゃんと考えてよ!」

 

「考えるまでもねーよ。こんなもん最初っから答えは出てるじゃねぇか」

 

「「「えぇっ!?」」」

 

「ほぅ、お主はどのような答えを出した?」

 

 

 

「『当人のやりたいようにやればいい』。それ一択だろ」

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

「正解がないんなら不正解もないんだ。

 どっちを選んでも間違いにはならねぇんならアンタの好きにすりゃいい」

 

「そんな、投げやりな!大勢の人の命がかかっているんですよ!?

 もし切り替える方を選んで失敗したら……!」

 

「『たられば』で考えるならそもそもこんな状況に陥ってなけりゃいい話だろ。

 線路の上をのこのこ歩いてた奴。

 確認せずトロッコを走らせた奴。

 火薬庫直通レールなんて敷きやがった奴。

 それらを放置したこの鉱山にいる全員の問題だ。

 なんで偶然レバーの前に立ってただけの奴が全部の責任と罪悪感を背負わなきゃならねーんだよ」

 

「な……!?」

 

「誰も彼もが好き勝手やった結果がその状況なんだろ?

 だったらレバーの前にいただけの自分も好き勝手して何が悪い」

 

「そりゃ……そうかもしれないけど……」

 

「面白い考え方をするのぅ、千雨」

 

「まぁアンタほどの力がありゃ他に打てる手もありそうだがな。

 トロッコ壊すのもレール壊すのも、火薬庫にぶつかる前に全員外に逃がすのも。

 つぅか、切り替えレバーから火薬庫までの間に他の切り替えポイントってねぇのか?」

 

「…………!」

 

奥に引っ込んでいたヒノカミが反応し表に浮上する。

続けて千雨が口にした案の内の一つが、まさしくヒノカミが万が一の可能性を恐れて躊躇していた方法だったから。

 

やりたいか、やりたくないか。

 

結果を考慮せずただその二択に絞ったとすれば、ヒノカミの選ぶ答えは……。

 

 

「……答えは出た。感謝する」

 

「「「「「!?」」」」」

 

「あっそ。もうあんまり巻き込まないでくれよ?」

 

それは無理そうだと伝えることもなく、笑ってごまかしたヒノカミは転移でその場を去る。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「超鈴音。儂はお主に協力する」

 

「!?ほ、本当カ……?」

 

「あぁ、だからお主も儂に協力せい。

 儂の考えている魔法世界救済案にな」

 

「……詳しく伺おウ」

 

 

…………

 

 

 

「どうじゃ、乗るか?」

 

「わかった。やろウ」

 

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