「本物……のはずはない。師匠の最期は、僕が……!」
「あぁ。アルの奴のアーティファクトと同じようなモンさ。
限りなく精巧な偽物。丁度、ナギがいなくなったあたりの俺だ」
「……!」
ありえないと思いつつも心のどこかで願っていた理想を否定されタカミチは顔をしかめる。
「リンネさんも『イノチノシヘン』のようなものを……だがどこで記録を?
ナギがいなくなった頃なら僕もずっと師匠と一緒にいた。
これだけの精度で再現できるほど顔を合わせた相手なんて、それこそ赤き翼の誰かでなければ……」
「おっと、悪いがそいつは秘密だ。
当人はどうしても隠しておきたいみてぇだからな」
残念ながら答えは得られそうにないと判断したタカミチは話題を変える。
「……ですが貴方が偽物とはいえ師匠なら、なぜ明日菜くんの記憶を呼び戻そうとするような振る舞いを?
『これからの彼女に必要ない』とおっしゃったのは師匠ではないですか!」
「やっぱ嬢ちゃんの記憶を消すよう命じたのは俺か……。
情けねぇ話だが、状況が変わったんだ。
『完全なる世界』のやつらがまた動き出したのはお前も気付いているんだろう?」
「……フェイト・アーウェルンクス……!」
「奴らの決起の時は、もう目前まで迫ってる。
ナギのガキや嬢ちゃんたちには時間がない。
そんで時間どころか命すらない俺にできることは、このくらいだ。
……当時の俺だってこんな未来になるなんて予想していなかっただろうさ」
確かにタカミチ自身も、全ては話せないにしても師であるガトウのことくらいは明日菜に伝えたいと考えていた。
ネギと関り、友人を得て、エヴァの修行も経て、彼女は心身ともに強くなった。
であれば彼女の記憶が戻ることは喜ばしいことのはず。
だがずっと彼女を見守ってきたタカミチは、このまま普通の女の子として生きてほしいという気持ちも強かった。
「……まぁ、一番予想外だったのはお前が嬢ちゃんを落としてることだったがな」
「ぶっ!?」
「『高畑先生を学祭デートに誘いたいからその予行練習として』。
それが、俺が駆り出された表向きの理由さ。大層な逆玉じゃねーか」
「か、からかわないでください」
「ハハハ、しかしいい女になったよ、あのちっこいお嬢ちゃんが。
まぁ年の差はどうにも……いや、実年齢はあっちのが上……じゃあいいのか?
応えて、とは強制できねぇが、真剣に考えてやれ」
「僕に……人に愛される資格はありませんよ」
自嘲気味に笑い目を伏せるタカミチは、目の前にいる亡き師を真似して始めた煙草を咥える。
しかしガトウのポケットに入れていた右手が一瞬ブレた。
「いつっ……」
タカミチが額に衝撃を受け、俯いていた頭が上を向く。
「馬鹿野郎。愛するのに相手の許可がいるのかよ。
それに応えるかどうかはお前の勝手でも、お前を愛するのは嬢ちゃんの勝手だろうが。
相手からの愛を否定する資格こそ誰にもねぇ」
「……」
「年食って無駄に拗らせやがって。まだまだガキだな、お前も。
満足してすっぱり逝けると思ってたのに心残りができちまったじゃねぇか」
ガトウは奥に沈んでいるリンネに呼びかけ、彼女に力の行使を願った。
「……っ!?消えた!?」
隠れて様子を伺っていたエヴァは、飛び出して二人が直前まで立っていたあたりを調べる。
「術どころか、魔力の痕跡すらない……転移だとしても、ここは麻帆良の結界の中だぞ……!?」
『ケケケ。オモシレーナアノ女。ヤッパ刻ンデミテェ』
――――……
「!?ここは……!?」
「この体の本来の持ち主に、用意してもらった。
思いっきり暴れても問題ねぇ場所をな」
真っ白な大地と空がどこまで続いていて、周囲には何もない。気が遠くなりそうな空間だ。
ヒノカミの過去を知る者ならば、ここが『精神と時の部屋』と呼ばれる空間の模倣であることに気付くだろう。
内部の環境は地球と同じになっているが。
パァン
「!?」
「構えろ、タカミチ」
ガトウが一度掌を合わせズボンのポケットに突っ込んだ。
それが師の戦闘態勢だと、タカミチは知っている。
「コイツが、俺ができなかったであろうお前の卒業試験だ。
……俺を送り出してみせろ」
「くっ……」
「返事は?」
「!?押忍!」
慌ててタカミチも師に倣う。
左腕に魔力。右腕に気。
相反する二つの力を合成して体の内外に纏い強大な力を得る究極技法『咸卦法』。
強化された身体能力を用いて放たれる音速を超えて飛ぶ拳圧『無音拳』の応酬が繰り広げられる。
「『七条大槍無音拳』」
「っ!?『千条閃鏃無音拳』!」
一つ一つが大砲のような破壊力を持つ拳撃が数え切れないほど撃ち出され、二人だけの世界に破壊の嵐が吹き荒れる。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
あれだけの激闘にあってもヒビ一つ入っていない真っ白な大地に、一人が倒れ一人が肩で息をしながら立っていた。
「あーくそ、年は取りたくねぇなぁ」
「はぁ……はぁ……」
「お前の勝ちだ。タカミチ」
「師匠…………!」
これがリンネの肉体を用いた再現であることは理解している。
だがガトウの実力はタカミチが知る本物とまったく遜色ないものだった。
その上で、タカミチはガトウを下したのだ。
彼と死別して10年。エヴァの別荘での時間を含めれば20年近いかもしれない。
積み重ねた年月は、自惚れでもなく思い込みでもなく、『師を超えた』という確かな結果をタカミチに示してくれた。
「頑張ったな、タカミチ」
「はい……」
「嬢ちゃんの笑顔が見れた。弟子の成長が見れた。
満足だ……もう思い残すことはなんもねぇ。俺は本当に幸せだった」
「はい……!」
「だから、お前も幸せになっていい」
「え……!?」
「幸せになりな、タカミチ。お前にもその権利がある」
緩やかに立ち上がったガトウは咥えていた煙草をつまんで捨て、大きく煙を吐き。
「じゃあな、馬鹿弟子。卒業おめでとう」
「っ……ありがとうございました!!」
子供のように笑った。
――――……
「っ!?タカミチ!貴様どこに行っていた!?」
「エヴァ……?」
光に呑まれたかと思えば、いつの間にかタカミチは世界樹広場に立っていた。
「僕は……どのくらい?」
『ホンノ数秒ダゼ。一緒ニイタガトウノ偽物ハドコ行ッタ?』
「師匠は……」
夢ではない。
エヴァたちも自分たちが消えるのを見ていたと言うし、この身に受けた痛みがまだ残っている。
「……師匠は、逝ったよ。今度こそ、ちゃんと……」
「タカミチ?」
「ホントにあっさり逝っちまいやがって。
時間制限なんてねぇってのによ」
――無理やり呼び戻した儂らに口出しする資格もあるまいよ。
本人が納得できたんなら、それが幸せな終わりであろうて。
上空に立っているリンネがタカミチたちを見下ろしていた。
エヴァに詰め寄られていた彼が懐から何かを取り出す。電話がかかってきたようだ。
「なんだよ、誰か知らねぇがタイミング悪いな」
――いやむしろベストじゃろ。明日菜じゃよアレ。
「マジで!?何つってるか聞こえるか?」
――……勇気が出たらしいな、どっちも。
ミッションコンプリートじゃよ。
「!?そりゃめでてぇな!こういうときは赤飯炊くんだったか?」
――流石に気が早すぎるわい。『ちゅー』まで待て。
「……俺ら西洋魔術師だと、仮契約で割と何度もやってんだけど?」
――ありゃノーカンじゃろ!
文字通り上から目線で生温く見守る出歯亀コンビは、若者たちの青春を下世話に応援していた。
作者がネギまで一番好きなキャラ、タカミチだったりします。
なので彼にも報われてほしくて、ガトウに協力をお願いしました。