『千の呪文の男』と呼ばれた『魔法世界の英雄』、ナギ・スプリングフィールド。
彼の復活を知らしめた拳闘大会『ナギ・スプリングフィールド杯』から一夜明け、未だ熱狂冷めやらぬオスティアの空に突如として映像が投影された。
だがそれはオスティアだけでなく、魔法世界各地の主要都市でも同様だった。
『あー、あー。聞こえてるか?
こちらオスティア、ナギ・スプリングフィールドだ』
間もなく映し出されたのは今話題のナギ自身。
そして彼の向こう側には円卓と、そこに座る魔法世界の要人数名とその従者たち。
『最初に言っておく……オレは、今度こそこの魔法世界を救いに来た!
救う方法を見つけて帰ってきた!!』
20年前の大戦で魔法世界を救ったとされる英雄の宣言。
彼を尊敬し崇拝する者、敵視し恨みを持つ者、およそ魔法世界の全ての人間が放送に釘付けになった。
『今からかつての大戦と、この世界の全てを語る。
この世界で生きる全ての人に関わることだ。
……どうか、最後までちゃんと聞いてくれ』
――――……
円卓の座席は6つ。その内の5つが埋まっている。
ナギ・スプリングフィールド
クルト・ゲーテル
テオドラ
セラス
リカード
そして彼らの後ろにはそれぞれの従者が立っている。
ナギの後ろには『千の刃』ラカンと『闇の福音』エヴァンジェリン。
ネギやアスナたちは連れてきていない。彼らは別室でタカミチや、クルトの連れて来た兵士、茶々丸たちに守られている。
これ以上子供たちを巻き込むつもりはない。これは自分たちでケツを拭かねばならないことだ。
予定時間になったので早速中継を開始し、ナギが世界中に言葉を発信する。
これはスピード勝負だ。メガロの連中が余計な横やりを入れてくるまでの。
ナギの生存が知れ渡った拳闘大会翌日という短期間で実行に踏み切ったのもだからこそ。
「『完全なる世界』。聞いたことある奴も多いと思う。
20年前の大戦でこの世界を壊そうとした連中の名前だ」
この場の要人たちは当然連中のことを知っているが、これは公開会談の形を取った世界中への暴露大会。
何も知らない者にも伝わるように詳細に、しかし簡潔に語る。
「だが連中の名前は知ってても、動機を知ってる奴は少ないと思う。
じゃあ奴らの目的は何だったのか……それは『魔法世界の救済』だ。
アイツらはアイツらのやり方でだが、この世界とそこに住まう人間たちを救おうとしていたんだ」
まず初めに、魔法世界の成り立ちについて語らねばならない。
『始まりの魔法使い』と呼ばれた魔法使い『ヨルダ・バオト・アルコーン』。
彼女はかつて、迫害され行き場のない者たちを連れて『火星』に『人造異界』を作り上げた。それこそがここ『魔法世界』。
火星に蓄積された膨大な魔力によって成り立つ異界は彼らの楽園となるはずだった。
だが人造異界は彼女の想定を遥かに超える速度の発展と争いにより、恐ろしい速さで魔力が浪費されその存在を保つことが難しくなった。
近年ではもはや秒読みの段階。魔法世界の崩壊はほぼ確定となった。
だから長年姿を隠して生き延びてきたヨルダは『完全なる世界』という組織を結成し、魔法世界の住民全てを救済しようとした。
だがその方法が問題だった。
「『幸せに満ちた夢の世界を作り出し、そこに全ての人々の魂を送り込む』。
それがヨルダの掲げた『完全なる世界』だ。
つまり世界中の人間を永遠に、強制的に冬眠させちまおうってわけだ」
実際に活動がない夢の世界ならば維持に必要な魔力はごくわずか。理論上は数十万年でも維持できる計算だ。
魔法世界の崩壊を知った者たちが滅びるくらいなら夢の世界に逃げてでも生き延びたいと考えるのも無理はない。
だから魔法世界の多くの権力者が連中に力を貸した。帝国と連合、双方のだ。
……構成員の大半はそんな裏事情を知らず、戦争での金儲けを企むマフィアや死の商人や汚職まみれの役人たちだったが。
儀式を発動するには文明発祥の地であるオスティアを押さえ、そこに魔法世界中の魔力をかき集めなければならなかった。
そのために連中が引き起こし利用したのが20年前の大戦。
そしてそれを食い止めたのがナギ率いる『紅き翼』と、『災厄の魔女』と呼ばれたアリカだ。
「メガロの連中はアリカが『先王を殺し大戦を引き起こした元凶だ』っつってるが、逆だ。
完全なる世界の傀儡になり大戦を引き起こしたのがアイツの親父で、それを止めようとしたのがアリカだ。
20年前、オレはアイツに翼と剣を預け騎士となり戦った」
それからはおおよそ世間に知れ渡っている通り。
ナギたちは各地を転戦し味方を増やし、オスティアの空中王宮最奥部『墓守り人の宮殿』にて行われた一大決戦にて、紅き翼と連合軍は完全なる世界とそれを率いるヨルダと戦い勝利した。
完全なる世界の連中が発動した儀式は、アリカやテオドラやリカードの艦隊が力を結集し抑え込まれた。
そして魔法世界は救われた。
だがこの儀式に伴う『広域魔力減衰現象』を抑え込んだことで、世界中に広がるはずだったその余波はオスティアに集中した。
結果、空中都市オスティアの大地は魔力の消失により浮遊する力を失い……。
「わずかな島を残して崩落した……アリカはそうなるとわかってて、完全なる世界の儀式を止める決断をしたんだ。
世界全部か自国一つか、施政者として後者を犠牲にするしかなかった。
だが大勢を見捨てたことに変わりはねぇと、アイツは罪悪感に苦しんだ。
だから、アリカを目障りに思ってたメガロの連中に冤罪を擦りつけられても、『自分の死で人々の心の平穏が保てるなら』と処刑されることを受け入れた。
……これが20年前の大戦と、オスティア崩壊の真実だ」
この場にいるのはこの事実を知り、しかしそれを広めるわけにはいかぬと口を閉ざしていた面々だ。
リカードはメガロの議員だが大戦にて活躍したことで出世した軍人上がり。共に艦隊を率いて戦ったアリカが如何に高潔な人間であったかは知っている。
クルトに至っては敬愛するアリカのためだけに元老院に足を踏み入れた男だ。
遂に彼女の名誉を取り戻せる瞬間が訪れたと感極まって、目元を隠す掌の隙間から涙が溢れていた。
アリカは自国民からとても慕われていた。
彼女が謀殺されたなどと知ればオスティアの民が自らを顧みず反乱を起こす可能性すらあった。
そうなれば再び戦火が広がり、国土を失い難民となった民たちは今度こそメガロの連中に滅ぼされてしまう。
だからナギたちは真実を隠し、メガロの嘘を黙認し、アリカを見殺しにするしかなかった。
……実際にはナギが乱入し助けたのだが、それはナギたちにとって秘匿したい事実なので触れないこととする。
「……んで、今に話を戻す。
完全なる世界の計画は止めたが、魔法世界の崩壊が迫っている状況に変わりはねぇ。
だからオレたちや各国のお偉いさんはそれを食い止めるための方法を探していたんだ。
メガロの連中は、魔法世界を諦めて地球に侵攻しようなんて考えてやがったがな。
勿論オレはそんな方法は認めねぇ。
犠牲が出るだけじゃなく、それじゃメガロの住人しか助からねぇからな」
「っ、おいナギ!」
ここまで黙っていたが『それ』だけはまずいとテオドラは発言を阻もうとした。
しかしナギは逆に広げた掌を突きつけ彼女の言葉を遮る。
魔法世界の住民の数は12億人。
その内メガロメセンブリアの6700万人を除いた、人口のおよそ95パーセントは。
「実体を持たない『幻想体』なんだよ。
ここにいるテオドラも、セラスも、ラカンもだ。
だから現実世界に逃げてもその存在を保てねぇ。
この世界の住人は最初から、魔法世界と一蓮托生なんだ」