『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第59話

 

「……ここまで脅してやれば、流石に折れると思うたんじゃがなぁ」

 

「……?」

 

神気を消し、疲れたように溜息を吐くヒノカミ。圧に押されて項垂れていたフェイトはゆっくりと顔を上げる。

彼女の発言の意図がつかめない。フェイトは自分の心が折れてしまったことを自覚している。

そもそも人形に過ぎない己に心があると自覚したのもこの瞬間が初めてだった。

 

ヒノカミはフェイトではなく、フェイトの後ろを見ていた。

だが視線の先は彼の従者の少女たちではない。

実力の劣る彼女たちが受ける衝撃はフェイト以上。抗えるはずがない。

 

だが彼らにはもう一人同行者がいた。

形は違えど『魔法世界を救いたい』と願う者たちが集うこの場に相応しくない、明らかな異物が。

 

 

 

「うふふふふふフフフフフフ…………!」

 

 

月詠。

京都の事件でもフェイトと共に千草に手を貸していた神鳴流の少女剣士。

小太郎のような強さへの渇望も信念もなく、ただ戦いだけを求める真正の戦闘狂。

 

「さっきからずっと鬱陶しいんじゃよ。殺意のこもった視線が。

 魔法世界の未来がかかった大切な話に、皆が耳を傾けてくれておるというのに」

 

「我が求むるは血と戦のみ……こんな世界に意味はなく、そこに住まう木偶がどうなろうと知ったことやありまへんえ」

 

「…………」

 

女神が明らかな怒気を孕ませ、狙いを月詠に定めて再び力を開放した。

しかし彼女は怖気づくどころか恍惚の笑みを浮かべてだらしなく口を開き舌を舐める。

そして腰に佩いていた二刀を抜いた。

 

「っ、やめるんだ月詠さん!」

 

招待状に同封されていた誓約書には『手出しされない限りは手出ししない』とあった。

相手が神だというならどこまで効力があるか疑わしいが、少なくともこの場の映像は世界中に中継されている。

女神も魔法世界の住民から批判を受けるような真似は避けたいはずだ。

なのに月詠から攻撃を仕掛けては自分たちを攻撃する大義名分を与えてしまう。

 

「安心せいフェイト。

 これはこの小娘の暴走。お主らに責を問う真似はせぬ」

 

「なんやぁ?随分お優しいんどすなぁ?」

 

「上から目線になるが、儂個人は『完全なる世界』の者たちを称賛しておる。

 やり方はともかく、彼らは滅びゆく世界を救おうと立ち上がり行動した。

 滅びを加速させるばかりで何もせなんだこの世界の者たちに彼らを責める資格はなかろう」

 

「つまりませんなぁ……せっかくのお祭りやさかい、ぜぇ~んぶ巻き込んで派手に暴れられる思いましたんに」

 

「フェイトらを巻き込み力を借りれば儂を倒せると?随分と思い上がったな」

 

ヒノカミは円卓から少し離れた場に歩いて移動し正面に月詠を捕らえているが、彼女の周囲にはナギやラカンやエヴァ、同門の先輩であるクルトや軍人上がりのリカード、テオドラたちの従者が武器を構えている。

月詠はもちろん、仮にフェイトと従者の少女らが参戦しても一瞬で鎮圧できる戦力差だ。

ヒノカミの発言の意図を読み、月詠が戦端を開いてもフェイトらにまで手出しすることはないだろうが。

 

 

「まさかぁ~……あんさんはウチの獲物やぁ。

 神様が斬れるなんて最高やないのぉ、ついてきてよかったわぁ~」

 

「なるほど。貴様は『人でなし』じゃな」

 

 

月詠もヒノカミとの力量差は実感している。

『斬魔剣 弐の太刀』ですら傷をつけられるか怪しいことも理解している。

負けることも死ぬことももちろん覚悟はしているだろう。

 

だがそれ以上に月詠は、相手を斬りたくて仕方がない。殺したくて我慢ができない。

己の欲望に従うことが生きる理由の全て。理性も正気もすでに捨てている。

であれば『コレ』はもうただの獣だ。少なくとも人ではない。

 

 

パン

 

 

ヒノカミが掌を叩くと彼女の目の前に一本の刀が生まれた。

そして彼女はそれを逆手で掴む。

 

「……アハァ♡」

 

刀を握った。

それすなわち神が己との斬り合いに応じてくれると思った月詠は二刀を構えて飛び出す。

 

 

 

 

「砕けろ、『鏡花水月』」

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「あひゃ……ひゃははは……ふひぃひひ、ひひひひ……!」

 

「「「「「…………!」」」」」

 

「貴様の命にはわざわざ刈り取る手間をかける価値すらない。

 夢の世界で永遠に戯れておれ、木偶人形が」

 

ヒノカミが刀の名を呼んだ瞬間に月詠は地面に転がり、うつろな目で笑いながら唾液を垂れ流し始めた。

 

斬魄刀『鏡花水月』の能力はその発動を見た対象に対する『五感全ての完全催眠』。

ヒノカミにより遥かに強化された状態で具現化された力を間近で受けた月詠は、ヒノカミが催眠を解除しない限り現実に戻ることはできない。

飢えも乾きも理解できぬままやがて肉体は衰え死に至る。

なまじ鍛えているだけに衰弱死までの時間は長く、無様な姿をこの世に晒し続ける。

そして斬魄刀は『魂を斬る刀』。完全催眠能力は対象の魂にまで及ぶ。

肉体が死に至っても魂は幻に捕らわれたまま抜け出せない。永遠に。

 

 

「……あ、すまん。これ発動した瞬間を見た奴全員が術の対象になるんじゃった。

 この場のお主らも中継見てた魔法世界の住民も、いつでも催眠にかけられるようになってしもうたわ……」

 

「「「「「なんだとぉっ!?」」」」」

 

「うひ、うぃひひひ……」

 

その場にいる全員が一斉に、改めて彼らの足元に転がる月詠を見る。

ヒノカミの言う通りだとすれば彼女はいつでも自分たちを『コレ』と同じ状態にできてしまうことになる。

 

「大丈夫!もう使わん!

 こんな腐れ外道相手でもなければ絶対使わんから!」

 

「信用できるか馬鹿者!誰か誓約の魔法具持ってこい!」

 

「すまん!儂呪いとか概念干渉とか全部弾くんじゃ!純粋な物理干渉しか受け付けん!」

 

「えぇい、ならばそれをさっさと叩き割れ!」

 

「これ出すとこ見てたじゃろ!?儂は一度記憶した物品はいくらでも量産できるんじゃよぉーーーっ!!」

 

エヴァに胸倉をつかまれながらもヒノカミがもう一度手を叩くと、彼女の脇に大量の『鏡花水月』がドザザァーっと降って積もって山となった。

その光景に暴君ラカンすらドン引きし、エヴァがヒノカミをシェイクする腕の力を強め、『呪いが効かないならあの誓約書は形だけなのでは』という事実にフェイトが気づき、映像を見ていた別室の超がポンポンを押さえて地面に蹲っていた。

 

 

 

「げほっ、げほっ……なぁフェイト。そしてその従者の少女たちよ。尋ねていいか?」

 

「……なんだい?」

 

エヴァにされるがままでいたがようやく解放されたヒノカミが問いかける。

どうやら彼女は安易に力を行使するつもりはないようだと安堵し、フェイトは彼女の言葉の続きを待つ。

 

「何故お主らはこの木偶の状態に忌避感を覚えておる?」

 

「!?決まっているでしょう!

 突然こんな風に廃人にされると聞いて怯えずにいられるものですか!」

 

ヒノカミが足元に転がる木偶を指さし言い放つと、フェイトの従者の一人が当然のごとく反論する。

 

 

「いやでも、お主らの言う『完全なる世界』って実質『コレ』じゃろ?」

 

「「「「「……!?」」」」」

 

「この能力は魂に作用するもので、肉体が死んでも魂は幻に捕らわれ続ける。

 『肉体の楔から解き放たれ永遠の幸福を得る』……どこが違う?」

 

「それはっ……!」

 

言い返されて従者の少女が言葉を詰まらせる。

もちろん、彼らの計画と鏡花水月による催眠には多くの差異があり過程も異なる。

だが『結果だけ』を簡潔に言葉にしてしまえばほぼ同じになる。

何も知らない者たちにとってこの二つには違いがほとんどない。

そして、普通の感性を持つ者がこのような姿になりたいかと問われればそれも言うまでもないだろう。

 

「ゆえにお主らがコレを厭うのは道理にそぐわぬじゃろ。

 むしろ望むならお主らも夢の世界にご招待するが?」

 

「ひっ……!」

 

ヒノカミは疑似的な『完全なる世界』を発動することが可能になっている。

中継により斬魄刀発動の瞬間を見せたのだから、今すぐにでも魔法世界全員にだ。

 

「……望まぬのならばするつもりはない。

 するべきではないと判断したから儂はお主らを止めようとしたのじゃ。

 何故ならば『完全なる世界』という計画そのものにどうしようもない問題点がある」

 

「問題点……?」

 

「それを知らず認められぬうちは、計画を諦めろと言われても納得できまい。

 そして儂の救済計画の方には問題がないなどと言うつもりもない。

 故に、余計なものがおらんくなったところで始めよう」

 

「始める?何をだい?」

 

 

 

「問答を。儂らとお主らの、どちらの救済計画が相応しいか。

 魔法世界中の皆の前で、言葉を以て決めようではないか」

 

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