『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第60話 問答

 

「では、参加者を揃えんとな」

 

「参加者?まだだれか呼ぶつもりかい?」

 

「この問答の場に必須の人物がまだここにはおらんじゃろ」

 

ヒノカミは胸元から小さな瓶を取り出し、その蓋を取った。

 

「!?」

 

ポンという音と共にヒノカミの前に現れたのは、人々が『六道リンネ』と呼んでいた少女。

しかしその表情は彼女らしからぬ苦渋に満ちており、フェイトの姿を視認するや悔しそうに声を絞り出す。

 

「……『テルティウム』、か」

 

「!?まさか、貴女は!」

 

「いかにも。今この肉体を操作しておるのは完全なる世界の首魁にして始まりの魔法使い『ヨルダ・バオト』よ」

 

「「「なにぃっ!?」」」

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

ナギの体諸共封印されていたヨルダは、瓶から解放された瞬間に目の前にいた六道リンネに攻撃を仕掛けた。

しかしリンネの中身はナギであり、その隣にいた神霊のヒノカミこそがかつて彼女を封じ込めた人物。

一瞬でヒノカミに捕らえられたヨルダはナギの体から引きはがされ、ナギの魂は六道リンネから抜け出してナギの肉体に戻った。

よって手元にはヨルダの魂が残る。魔法世界を滅ぼそうとしている彼女は普通に考えれば即座に消去すべきであり、ヒノカミはそれを成すだけの力を持っている。

しかしフェイトに語った通り、ヒノカミは完全なる世界とそれを率いたヨルダに敬意を払っていた。

どのような形であれ魔法世界と人類を救おうとした彼女との対話と和解を望んでいた。

 

「なので丁度フリーになてた自分の端末にヨルダを突っ込んだネ。

 そしてヒノカミは彼女を説得しようとしたが聞く耳持たなかたので、やむなくこの会談の日までヨルダ入りの端末を同じ技で封印してたヨ」

 

「だから姐御の……いやリンネさんの体にヨルダが!?

 でもいくらなんでも体まで貸しちゃうのはやりすぎじゃない!?」

 

「貸したというか、むしろ枷ヨ。

 憑りついてる依り代が死ぬことでヨルダは肉体を抜け出しまた別の者に憑依する。

 だが神の端末である『六道リンネ』の肉体が死ぬことは『ありえない』。

 ヒノカミが遠隔で管理し制御しているあの肉体は飢えも老いもなく、呪いや概念干渉を無効化し、ビッグバンに巻き込まれても無傷ネ。

 そしてヒノカミに同期できずヒノカミからの手助けもないヨルダは、ナギサンのように能動的に端末の力を引き出すこともできない。

 今のアレはどこまでも不死身で頑丈なだけの無力な小娘ヨ」

 

「宇宙規模の神様が使う体かぁ……そりゃどうやったって壊れるはずがないね」

 

ついでに、対話の際にノイズになるからとヒノカミはヨルダの『共鳴り』すら肩代わりしている。

 

『共鳴り』とはヨルダが持つ太陽系規模の『無限共感能力』。

そこに住まう全ての人々の感情に『共感する』ことで喜びや苦痛を共有してしまう能力だ。

 

今のこの世界に住まう人間の数は、地球に60億、火星に12億。

金星の裏に隠れ住む魔族も合わせればその数は100億に近い。

そしてこの世界に生きる人たちの中で幸福な人間と不幸な人間のどちらが多いか、その比率の差はどれほどになるかは言うまでもないだろう。

故にヨルダは虐げられる弱者に共感し、彼ら全てを救済することを至上目的としている。

その結論が幸福に溢れた夢の世界……『完全なる世界』の構築だった。

 

『みなさぁ~~ん』

 

「お疲れ様です、さよさん」

 

「さて、では皆で見届けるとしようヨ。

 この世界の未来を決める問答ヲ」

 

仕事を終えたさよが合流し、ネギたちは再び中継映像を凝視する。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

ヒノカミがナギと、ヨルダがフェイトと交代して円卓に座り、同じ顔が正面から向かい合う。

未だに円卓に座るクルト、テオドラ、セラス、リカードは二人の問答を聞くに徹することにした。

彼らの従者やナギやエヴァたちも彼らの後ろで同様に口を閉じる。

 

ヨルダは再び封印されてからのことは何もわからないが、彼女は配下であるフェイトからここに至るまでの経緯を聞いた。

ヒノカミの計画が最終段階まで進んでしまった以上はもはや打つ手がなく、しかしこの期に及んでも彼女は対話を望んでいるという。

ならばそこから活路を見つけるしかないと、ようやくヨルダはヒノカミとの話し合いに応じる姿勢を見せた。

 

「時間はいくらでもある。ゆるりと語ろう。

 メガロの連中が会談を止めるため艦隊を差し向けようとしておったが、先ほど対処しておいた」

 

「どうやって……とは問うまでもないのだろうな」

 

「そりゃな。今のこの世界は儂の思うがままじゃ。

 時空間を操作するくらい呼吸と等しく容易いわ」

 

「ちっ……まず聞かせろ。

 貴様の言う、我が『完全なる世界』の問題とはなんだ?」

 

「ふむ、そちらは少し長くなるのでまず儂の計画の問題点から話すとしよう。こっちは簡潔じゃからな。

 ……儂の計画では世界が延命できても虐げられる弱者たちは救われない」

 

「ほぅ、言い切るか」

 

「都合の悪い事実に目を背けるつもりはない。

 そしてこの問題に対し我らは人々に手を取り合うよう呼び掛けることしかできない。

 結果としていつか改善されるとしても、その間に多くの弱者が命を落とすじゃろう」

 

「魔法世界を再構成する物質生成能力があるのならば、どうとでもできるだろう?」

 

「……確かに儂なら即座に全ての人の衣食住を容易に満たすことができる。

 じゃが一度与えれば甘えが生じ、二度三度と絶えず要求を繰り返すようになる。

 行き着く先は儂一人に依存するディストピアじゃろ?

 助けが不要になって初めて助けたことになるんじゃ。それでは救ったとは言えぬ。

 だから儂は今はまだ半実体であるこの魔法世界を必ず実体化させ、必ずこの手から放すと決めている」

 

「……よかろう。そちらの計画についてはわかった。

 それで、こちらの計画の問題点とはなんだ?」

 

「大きく二つ。一つ目は儂と同じじゃよ。

 お主の計画はとある一つの存在に完全に依存しておる。

 そしてその存在はいずれ必ず失われる。

 滅びを約束された世界を『完全』とは呼べぬ」

 

「なんだと?私の計画が何に依存しているというのだ?」

 

 

「『太陽』」

 

 

「!?」

 

「太陽は膨張を続けておりその寿命は残り100億年。

 太陽系そのものが滅びれば『完全なる世界』も崩壊する。

 100億年はどうサバをよんでも『永遠』には程遠い」

 

「……それは、そうかもしれないが……いや、だが……」

 

「げらげらげらげら。流石にこれは揚げ足取りだと自覚しとるよ。

 その前に人類が外宇宙に進出できねばどの道滅びることになるしな。

 ……問題はもう一つの方じゃ。だがこれはお主の世界が悪いのではない。

 お主の世界に適応できぬ人類が問題なのじゃ」

 

「……どういうことだ?」

 

一度席から立ち上がったヒノカミは、この中継映像を見ている全ての人に語り掛けるように振舞う。

 

「皆も思い浮かべてほしい。日常で些細な幸せを感じたことはないか?

 朝、いつもよりすっきりと目が覚めた。

 いつもより調子が良かった。髪型がきれいに決まった。

 朝ごはんが自分の好きな料理だった。

 仕事や学校に向かう途中で好きな人とタイミングが合い一緒になった。

 まぁ他にも色々じゃ。なんでもいい、思い浮かべてくれ。

 ……その上で尋ねたい」

 

一度目を閉じたヒノカミが、苦笑するような笑みを浮かべて話を続ける。

 

 

 

「それらは『たまに訪れる』から幸せなのではないか?」

 

 

 

毎日目覚めや調子がよかったら。

毎日好きな料理を食べられたら。

毎日好きな人と出会えたなら。

 

それはただの『当たり前』になる。

 

「人は『不幸と比較して幸福を感じる』んじゃ。

 故に『不幸を失くす』ことは『幸福を奪う』ことに等しい。

 比較する不幸が無くなれば満ち足りた日々すら退屈な日常となり、やがて人々の心を殺す。

 『完全なる世界』が精神だけの世界ならば心の死は消滅へとつながり、やがて全ての人は消え失せる」

 

「……ならば些細な不幸を組み込めばよい。

 幸福が足りぬというなら更なる幸福を与えればよい。

 求めるがままに満たしてやればよい!

 我が理想郷で叶わぬ願いなどない!!」

 

「そうして全ての願いを叶え続けてしまえば、やがて人はとある『病』を患う。

 その病にかかった瞬間に世界は色を失い、楽園は地獄へと変貌する」

 

「何を……なんだその『病』とは!?」

 

 

 

 

「『シミュレーテッドリアリティ』」

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

「その反応、単語の意味は知っておるようじゃな」

 

だがヨルダ以外の反応は乏しい。無理もない、地球の心理学者の学説だ。

この中継を見ている魔法世界の住民たちも同様だろう。だから彼らにもわかるように説明する。

 

「簡単に言えば、『世界が作り物で自分がその中の登場人物に見えてしまう』という精神疾患じゃ」

 

人生があまりにも上手くいきすぎると現実から現実味を感じなくなる。

用意された世界で用意された人生を送っているだけに見えてくる。

世界が作り物に、景色は背景に、自分以外の存在は自分を引き立てるためだけの小物に見えてくる。

人が、人だと思えなくなってくる。

 

「不幸や理不尽や不合理を経験して、ようやく人は世界が現実だと認識する。

 だが幸福に『満ち溢れて』いる世界にはそれがない。

 ……まして『完全なる世界』は本当に作り物なんじゃからな。

 やがてただ敷かれたレールの上を歩くだけの生に飽いて自ずと死を選ぼう」

 

「そんな……はずはっ!」

 

「いや、必ずそうなる。そうなった者を儂は知っておる」

 

その人物こそ今のヒノカミを構成する因子の一つ。

『安心院なじみ』の記憶を併せ持つヒノカミは、彼女の味わった生き地獄の記憶も引き継いでいる。

 

 

 

「人は『現実』という大海の荒波の中で生まれ育つ生き物じゃ。

 どれだけ平和であろうと『夢の世界』には適応できんのじゃよ。

 陸に打ち上げられた魚のようにな」

 




幸せな夢の世界と、過酷な現実の世界。
どちらに生きるのが正しいかという議論はネギま以外でも様々な作品でなされていると思いますが、ヒノカミはこの問いに対し明確な答えを持っており根拠を提示することができます。
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