ブルワーズの海賊たちは全て捕らえた。
デブリの少年たちは全て解放した。
デブリ帯の障害は無くなった。
これで安全に地球へ近づくことができるようになった。
だが余計な荷物が増え過ぎた。
海賊はさっさとテイワズの本拠地『歳星』へと輸送せねばならない。今のままではただの無駄飯ぐらい。いっそ処分してもいいのだがあんなのでも二束三文にはなるし、子供らに安易に人を殺す選択肢を見せつけたくはない。
元デブリの少年たちはそのほとんどが鉄華団への参加を希望したがどちらかと言えば消極的な形でだった。
突然解放された現状が理解できず自分の意思を表すこともできず『とりあえずこのままで』と受け身な理由での選択。これは不健全だ。
昭弘との和解もできていない昌弘も含めて、間をおいて彼らに人としての心を取り戻してから選択してもらいたい。
戦艦2隻と多数のモビルスーツも鉄華団の資産となったが今の状況では扱いに困る。2隻もの船を操舵するには人員が足りず、タービンズから人手を借りて何とかという状況。鹵獲したモビルスーツは修理修繕をしないと使い物にならないし、かといって貴重な戦力を遊ばせておくのも惜しい。特にガンダムフレームのグシオンは鉄華団の新たな主戦力となり得る。
「歳星は割かし近くまで来てるがそれでも地球から遠い。
引き返すとなりゃロスはでけぇな」
「ドルトコロニーに立ち寄るのはいかがでしょう」
「確かに進行ルート上にあるから大した寄り道でもないですね。
工業コロニーだし、タービンズの名前でなら設備を借りられるかもしれない。
余計な荷物を下ろすだけでもいくらか身軽にはなるかも……」
「却下じゃ。あそこは今、労働者と経営陣が本格的に揉めておる。
暴動が起きた時にすぐ鎮圧するためか、ギャラルホルンが張り込んどるんじゃ。
革命の乙女たるクーデリアが足を踏み入れれば暴動の引き金になりかねん」
「そのような危険な状況なのですか!?」
「じゃあ選択肢からは除外だな。……いよいよどうする?」
「行程を早めよう。鉄華団のモビルスーツとグシオンだけ整備して、予定通り中核となる少数精鋭にて地球に降下する。
その後、タービンズは宇宙に残る鉄華団の団員と船を引き連れ歳星へ。どうじゃ?」
「それが妥当か……」
「グシオンの改修はどうする?あれじゃ重すぎて地球だと使い物にならねぇ」
「バルバトスの予備パーツでなんとかしよう」
ハンマーヘッドにて主要メンバーが顔を突き合わせて議論し、今後の予定が決まった。各々が慌ただしく動き出す。
そのスキルを活かしてオペレーターを引き受けていたフミタンもいつも通りの無表情でキーを叩く。
(……これではもう、任務は達成できない)
フミタンはクーデリアが幼い頃から仕えている従者であるが、その正体はノブリスのスパイ。
彼女は『クーデリア・藍那・バーンスタインを連れてドルトコロニーに入港せよ』という命令を受けていた。
だから先ほどの会合でさりげなく誘導しようとした。しかし彼女以上に周辺の事情に詳しいヒノカミに一刀両断されそれ以上踏み込むことができなくなった。
(任務は失敗……なのに私は、安堵している?)
ノブリスの狙いはまさにヒノカミが危惧した通り、クーデリアをドルトの暴動の最中に暗殺し虐げられている民衆の悪感情を煽り、戦争を引き起こすことだろう。
本来はフミタンが口出しせずとも鉄華団はドルトに立ち寄ることになるはずだったのだ。
もし火星にてギャラルホルンが始末に失敗した場合は、出資者であるノブリスからの要請として荷物を……偽装した兵器をデモを行っているコロニー住人のところに運ばせ、即座に連中に暴動を起こしてもらい、クーデリアもその護衛も暴動鎮圧の名目でコロニーの住人ごとギャラルホルンの軍勢に消してもらうはずだった。
だがクーデリアが護衛として選んだ警備会社のCGSはノブリスの計画を予見し、あろうことか報酬抜きでクーデリアの護衛を引き受けてしまった。会社を二つに割ってまで。
クーデリアも鉄華団もノブリスを完全に敵視しており、資金援助を受けていないのだから要請に応じる理由もない。大金をちらつかせても絶対に断る。
クーデリアが地球に到達し蒔苗から譲歩を引き出したとしても、ノブリスは蚊帳の外でありその恩恵にあずかることはできない。とことんまで計画を狂わされ、今頃彼は火星で歯噛みしていることだろう。
(そう。計画が狂ったのは、間違いなく……)
フミタンはクーデリアを、何も知らない世間知らずのお嬢様だと思っていた。いっそ汚れてくれとすら思ったこともあった。
だが今の彼女は少しずつ現実を学びながら微塵も揺らぐ様子がない。相変わらず夢のようなお綺麗な言葉ばかりを口にしている。
それがあのヒノカミという女の影響であることは言うまでもないだろう。
あの女はクーデリア以上に苦難を知り、現実を知り、悲劇を知り、汚れきっているのにクーデリア以上の夢想を憚ることなく口にし行動と実力で示し続けている。火星の孤児たちだけという狭い規模であるが弱者を救おうとするクーデリアの先輩だ。
この旅において、ヒノカミが折れない限りクーデリアも折れることはないだろう。そしてヒノカミは折れるどころか歪む気配すら見えない。
(…………!)
思案していたフミタンの持つ端末にノブリスからの新たな指令が届く。
(成功しても、失敗しても……いえ、穢れきった私にはふさわしい末路でしょう)
フミタンは鉄華団の情報を全てノブリスに流し続けていた。
武器商人である彼が強力無比な兵器に興味を持たないわけがなかった。
フミタンへ下された新たな指令は『デビルガンダムの実機、最低でもデータの強奪』であった。
機体が置かれている格納庫では多数の社員が慌ただしく作業している。
ブリッジクルーのフミタンが理由もなく足を運ぶ場所ではなく、そもそも彼女の主人であるクーデリアと別行動をする時点で不自然極まりない。
子供たちもみな屈強な戦士。見つかり咎められれば力づくで乗り切ることはできない。
それでもやれと命じられたのならばやるだけだと、クーデリアが就寝する時間帯を狙い行動を起こした。
「まぁ全部筒抜けじゃけどな」
そして途中の人気のない通路で一人待ち構えていたヒノカミに一瞬で捕らえられた。
彼女もまた、フミタンがクーデリアから離れるタイミングを待っていたのだ。
「さて、ノブリスへの連絡手段はこれじゃな?」
帯に縛られ身動きとれぬフミタンから端末を取り上げたヒノカミはそれを握りつぶして粉々にすると。
「じゃ、お疲れ。貴様もさっさと部屋に戻って寝ろ」
「!?」
フミタンの拘束を解き背を向けて立ち去ろうとした。
「お待ちください、私を見逃すと言うのですか!?」
「ノブリスに情報が筒抜けな現状さえどうにかできれば貴様なぞどうでもいい。
処しても良いが、クーデリアが落ち込むじゃろうからな」
「……私がお嬢様に害なすとは考えないのですか?」
「ほざくなよ道具風情が」
「……!?」
転がるフミタンを見下ろすヒノカミの目はどこまでも冷酷で、まさしく『ゴミ』を見るようだった。
昌弘たちのように強引に人権を奪われ、その果てに諦め受け入れたのならばまだ理解できる。
だが自分から人権を放棄しただ命じられたままに動く者をこそ、ヒノカミは人とは認めない。
「できもしないことを口にするな。貴様には自分で考える頭も、自分で決める覚悟も無い癖に」
「っ、そのような、ことは……」
「ならば口ではなく行動で示してもらいたいものじゃな。
クーデリアを傷つけるのか、隠して今まで通り仕え続けるのか、全てを明かし断罪を求めるか、何も言わず去るか、首でもくくるか。
もはやノブリスの言葉はない。貴様が考え貴様が決めろ。さすれば人として扱ってやる」
「っ…………」
今度こそヒノカミはその場を立ち去って行った。
フミタンはしばらくの間、床から立ち上がることができなかった。