「デビルガンダムが戻ってきたぞ。
ジャスレイとノブリスとその手下は全員処分したそうじゃ」
『……そうかい』
「……儂をぶん殴りたいなら、今度そっちに向かった時まで待て」
『しねぇよ。全部あの馬鹿の自業自得だ。
それに銃撃受けても死なねぇ野郎をぶん殴っても意味がねぇだろ』
「くけけけ、まぁ死ななかっただけという有様じゃがな」
ヒノカミの体は端末だ。頭部に埋め込まれた核さえ無事なら機能停止に陥ることはなく、時間をかければ自力で修復できる。
だから彼女は常にわずかな力を絞り出し、頭部の核にだけ静血装を発動している。その上で囮として行動し、連中の襲撃を誘発した。
銃弾の雨を受けた胴体は心臓どころかありとあらゆる臓器が撃ち抜かれ、周囲には血だまりができていたので、あれで『まだ生きている』と思う人間がいるはずがない。
思うとしたらそれは彼女がまともな人間でないと知る鉄華団や名瀬やクーデリアやマクギリス、および彼らの親しい関係者。そして対等な同盟を結ぶと同時にその事実を知らされたマクマードくらいだろう。
とはいえ彼女を回収に来た鉄華団の人員ですら余りに凄惨な有様に思わず嘔吐し、どう見ても死体なのに頭だけが動く状態に恐怖で気を失う者が続出していたが。
「……そんで、貴様の方は儂に何も言うことはないのか?」
その後鉄華団の拠点の一室に運び込まれ今に至るヒノカミは、通信に参加しているものの一言も声を出さないもう一人に話を振る。
『いえ。お二方がご納得いただけているなら何も申し上げることはございません』
モニターには未だにクーデリアの傍仕えを務めるフミタン・アドモスの顔が映し出されていた。
ノブリスのスパイだったフミタンは、かつてその素性をヒノカミに見破られノブリスとの通信端末を破壊され、以降もヒノカミから徹底的な監視を受けていた。
アーブラウに辿り着いたところで別れたが彼女はクーデリアと共にしばらく地上にいた。火星の武器商人であるノブリスも地球では大きな影響力を発揮できない。
そしてクーデリアが帰還すると同時に彼女は新たなギャラルホルン火星支部の司令となったマクギリスとの友好を表明し、マクギリスは正義の英雄としてノブリスを追い詰めその力を大幅に削いだ。
ノブリスは完全にマクギリスにマークされてしまい、以降は彼の盟友となったクーデリアに接触することはできなくなった。
ゆえにノブリスはクーデリアから手を引き、彼女の隣にいるフミタンを『もう使い物にならない道具』と切り捨て放置していた。
どうせ碌な情報も渡していないのでスパイとバレても問題はなく、いなくなっても何も困らないと。
だが最近になってノブリスは、火星近郊の海賊の壊滅と治安の回復に伴い収入源すら完全に絶たれ破滅寸前にまで陥っていた。
すぐにでも火星全土に争いを起こすため、ギャラルホルン火星支部に守られているクーデリアの暗殺を再度検討するほどに追いつめられていた。
常にクーデリアの傍にいるフミタンは、隠れて機を狙うノブリスの手勢に気付き、その思惑を察した。
以前の彼からは想像もつかないほど短絡的。このままではどんな愚かな手段に訴えるかわかったものではない。
そう考えたフミタンは隠れているノブリスの手勢に自分から接触した。
己が未だにノブリスの忠実な部下であるかのように振る舞い、新たな通信端末を手に入れた。
そしてヒノカミに相談し計画を立て、ノブリスがジャスレイに接触したためマクマードも巻き込んで今回の流れを描いた。
『かつての主人をたばかるたぁ、まったく見た目によらず恐ろしいお嬢さんだ』
『たばかってなどいません。嘘もついておりません。
ただ私は従者として、主人のお手伝いをしただけです』
「くくく、確かに。奴らは儂への襲撃とデビルガンダムの奪取は成功させとるわけじゃしなぁ」
主であるクーデリアの身の安全を守った。
主であるノブリスの計画を手伝った。
なるほど、確かにフミタンは己の主に尽くしている。
「言葉遊びが上手くなったな。……いくらか『人間』に近づいたようじゃの」
『恐縮です』
『まぁともかくだ。これで面倒は大体片付いた。
テイワズもまとまるだろうし、こっちも本腰入れて動くとするぜ』
「頼む。儂はこのまましばらく表舞台から姿を隠す。
予想よりこっぴどくやられたもんで再生には時間がかかる。当分動けん。
『奇跡的に一命をとりとめた』ことにするには丁度いいがな」
『本当に、お怪我はよろしいので?』
「頭は守ったから無事じゃが、首から下はまともな人の形をしておらん。
せめて胸くらいまで修復が終わらねば首を動かすこともできんわ」
『……』
「気に病むな、マクマード。儂自身が覚悟の上で言い出したことじゃ。
フミタンはクーデリアが『見舞いに』などと言い出したら引き留めてくれ。
あ奴にまで気絶されたら困るからな」
『かしこまりました』
――――……
ノブリスとジャスレイが愚行に走る少し前。
ギャラルホルンでも大きな動きがあった。
『通信越しではあるが、こうして顔を合わせるのも久方ぶりだな。マクギリス・ファリド』
「えぇ、お久しぶりですエリオン公」
『取り繕わなくていい。この通信は絶対に傍受されず、記録にも残らないようにしてある。
あまり長時間繋ぎ続けるのも難しいがな』
「……なるほど、では手早く進めるとしよう」
人払いをした火星支部の執務室に座るマクギリスがモニター越しに向かい合うのは、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド司令官を務めるセブンスターズの事実上のトップ、ラスタル・エリオン。
モビルアーマー討伐のために極秘裏に火星に送ったジュリエッタとヴィダール。
両名からマクギリスの振る舞いと火星の状況、彼がひいきにする鉄華団という組織の情報を得たラスタルは、マクギリスとの対話が必要だと判断した。
『初めて私と会った時のことを覚えているか?
まだお前が幼い少年だった頃だ』
「昔話をする時間の余裕があるのか?」
『くっくっく、まぁそう言うな。歳をとると若者との会話を楽しみたくなるものだ。
……何か欲しい物があるかと尋ねた時、貴様は『バエル』と答えたな。
あの頃から変わらず、貴様が目指しているのはギャラルホルンの掌握だと考えていた。
いや、実際に数年前まではそうだったのだろうが……心変わりを察することができなかったのは私のミスだった』
ギャラルホルンを手に入れるつもりならその勢力を削ぐような真似はしない。
自身がのし上がるためにイズナリオ・ファリドは失脚させねばならないがそれ以上は秘匿しようとしたはず。
ギャラルホルンを潰すつもりなら逆にもっと踏み込んでくるだろう。
かつて監査を務めていた彼はギャラルホルンの内情を深いところまで把握しており、火星のモビルアーマーに対する地球本部の対応は格好の攻撃材料だ。
だがマクギリスはただ事実を明かすだけで、民衆を扇動するような振る舞いは全くしなかった。
『心変わりの理由は、厄災戦の英雄とのご対面かな?』
「っ、ほぅ……」
『悪魔の名ではなく『悪魔そのもの』を名乗るガンダム。
その素性を調べようとするのは当然のことだろう。
流石の私も信じるまでにしばらくの時間を要したがね。
……そしてなるほど。伝承の通りであれば、彼女と協力関係を築けているなら小細工を弄する必要もない』
英雄の末裔ではなく、今なお生き続ける英雄本人。
セブンスターズが自分たちの都合で彼女の存在を抹消したという事実だけで現体制へのとどめになり得る。
アグニカの遺産……『ガンダムバエル』などを頼るよりもはるかに確実だ。
既にマクギリスは王手をかけていると言ってもいい。
だからこそラスタルは問い質さねばならない。
『マクギリス。貴様はギャラルホルンをどうするつもりだ?』
モニター越しにラスタルが睨む。並みの凡愚なら尻込みし言葉を失っているだろう。
「『ギャラルホルンをどうするか』、か……」
しかしマクギリスは一度目を伏せ、穏やかな笑みを浮かべて宣言する。
「どうでもいい」