『オレがスピラに辿り着いたばかりの時を思い出した。
あの遺跡もすごく寒くてさ。
あそこでリュックに出会わなかったら、きっとそこでオレの物語は終わってたと思う』
ガガゼト山はスピラの最果てにそびえ立つ極寒の雪山。命ある者の来訪を悉く拒む。
その道のりはこの地で生まれ育ったキマリにとってすら容易いものではないが、この地に戻るまでの旅路で成長した彼は確かに耐えることができていた。
ヒノカミは熱操作能力がある。寒さも暑さも関係ない。
アーロンは二度目。それに未だヒノカミとシーモア以外には悟られていないが、彼は死人だ。もう命を持っていないのだから命を落とすことはない。
シーモアとルールーは魔法を使った耐寒対策を講じているらしいから問題ないとして。
「「「……寒ーーーーーーい!!!」」」
「そりゃそんな薄着ではなぁ」
少年とワッカとリュックの薄着トリオが悲鳴を上げていた。
特にワッカは南国生まれ南国育ち。脂肪もなく引き締まった体に、肌を突き刺すような冷気はさぞかし堪えるだろう。
「ぶぇっくしょい!マカラーニャ寺院の近くも冷えたが……!」
「ここ風が強いから、余計に辛いッス……!」
「ユウナ、キマリの体を風避けに使え」
「大丈夫だよキマリ。私もルールーほどじゃないけど寒さ避けの魔法が使えるから」
「うぅぅぅ~~っ、アタシも魔法覚えとけばよかった……!」
「この場で覚えようなんて言い出さないで頂戴ね?
生兵法だと制御を誤って黒焦げだから」
「一刻も早く抜け出したいなら、さっさと山を越えることだな」
「……あぁくそ!寒さなんかに負けてられっかぁ!!」
「寒いときは体を動かすのが一番ッス!」
「だな!っしゃ行くぞ!!」
「「うぉぉぉーーーーっ!!!」」
「アンタたちだけ先に行ってどうするの!?」
「キマリぃ~~!アタシも助けてぇ~~!」
ワッカと少年は勢いで乗り切ろうと走り出し、リュックは暖を求めてキマリの背中にくっつく。
ルールーは叱り、ユウナは苦笑し、アーロンは無言で呆れながら二人を追って歩き出す。
シーモアは少し離れて歩くヒノカミに近づき尋ねた。
「アーロン殿から貴女は『熱操作に長けている』とお聞きましたが、力を貸して差し上げないので?」
「甘やかしては修行の旅にならん。凍え死んだら蘇生すればよい」
「フフッ……貴女の前では死すら安息にはならないわけですか」
聞こえていたら、希望の未来に歩み始めた若者たちが絶望の表情になりそうなことを平然と言い放つので、シーモアは思わず軽く噴き出してしまった。
「死が安息とは限らんじゃろ?」
「……と、おっしゃいますと?」
「死ぬとな、魂は反芻し続けるんじゃよ。
生きていた頃の記憶を何度も……特に、死の瞬間をな」
十分に生き、己の人生に満足し、穏やかに息を引き取ったのであればまだ良い。
だが苦痛に喘ぐ生を送り、恨みと悲しみに満ちた最期を迎えたとしたら。
「負の感情を反芻し続けた死者の霊は文字通りに『我を忘れる』ほどに歪み、生前の姿と記憶を失くしてしまう。
その結果が『悪霊化』であり、スピラ流に言うなら『魔物化』じゃ」
だから生者は死者の魂を鎮めるために『異界送り』にて弔うのだ。
無理やりにでも正してやらねば、死者は永遠に負の螺旋から抜け出せないから。
「お主はあの時その場におらなんだが、儂らがグアドサラムで目にしたジスカルがまさにその極致じゃな。
異界送りをされてもなお異界から這い出ようとしていた奴の姿と表情を見て、『奴が安息を得た』などと思う者はおらぬと断言できる。
お主としては溜飲が下がる思いか?」
「…………」
「死ねば新たに苦痛を受けることはない。
しかし死ぬまでに受けた苦痛を晴らす機会も同時に失うことになる。
故に死の安息は、安息の生を全うした者にしか与えられんのじゃ。
そんな満ち足りた生涯を送れた者が、このスピラに果たしてどれほどいるのやら」
「……どうやら貴女は、私の考えを察しておいでのようだ」
「すぐに気付いたさ。数多の世界を目にしてきた儂はお主と同じように考える者を何人も見て来た」
成功した者も失敗した者も、その末路も見届けて来た。
彼女からすれば、シーモアの思想なぞ目新しさに欠けているのだ。
「その考えに至るまでの経緯を知らぬ以上、儂に貴様を頭ごなしに否定する資格はない。
じゃがこれだけははっきり言っておこう。
貴様が思い浮かべているような短絡的なやり方で成し遂げられるほど、『救う』という行為は甘くはない」
「……フフ、フフフフフフ……!
肝に銘じておきましょう」
影で物騒なやり取りが行われているとも知らず、召喚士ユウナ一行はガガゼト山の山頂目前にまで迫る。
だが彼らを迎え入れたのは絶景ではなく。
「な、なんだコリャ!?」
岩壁一面に埋め込まれたおびただしい数の人の像……祈り子像だった。
百や二百どころではない。幾千……いや幾万?
「これが、すべて、祈り子……!?」
「一体どれだけの人間が……どうやってこんなに……!?」
「……アーロンはともかく、貴様も驚かんのかシーモア?」
「えぇ。むしろ貴女はご存知なかったので?
お一人でザナルカンドに行ったことがあると伺いましたが」
「儂ははるか上空を飛んで超えたんじゃ。
山を歩くのもこの光景を見るのも今が初めてじゃよ」
ユウナが壁に近づき、像を観察してつぶやく。
「この祈り子さまたち……召喚されてる?
誰かが祈り子さまから力を引き出してる?」
「こんなにいっぱい!?」
「並外れた力ね……一体誰が……何を?」
「……ちょっと待て。召喚士が誰かは脇において、これだけの数の祈り子を必要とする召喚獣なぞ、儂は一つしか思い浮かばんぞ!?」
「「「……『シン』!?」」」
「じゃあ、この祈り子像を壊せば!」
「待て。これは『シン』を呼び出しているものではない」
ここまで無言を貫いていたアーロンが声を上げて制止させる。
「これが何かは語れん……だがこれを壊したところで『シン』が消えないことは間違いない。
これが『シン』を呼び出しているとすれば、今までここにたどり着いた召喚士がとっくにこの場を破壊しているはずだ」
「……確かにそっか。なぁシーモア、お前もこれが何か知ってるんだよな?」
「えぇ。ですがアーロン殿が口を閉ざしているのなら私から伝えるわけにもいかないでしょう」
「ちぇっ」
少年は拗ねて口を尖らせる。
そして改めて壁に近づき、祈り子像をまじまじと見ていた。
「妙にコレを気にかけておるな、少年」
「あぁ。……なんでかな、すごく気になるんだよ。
なぁんか懐かしいにおいもするような……」
「『懐かしい』……?」
少年は右手を伸ばし、そっと祈り子像に触れた。
「「「……!?」」」
直後、少年は意識を失い倒れこんだ。