『シン』はジェクトであり、アーロンによれば少年と『シン』は通じ合っているという。
よって蘇った『シン』は少年のいる場所に引き寄せられる。
つまり『シン』との決戦の地をこちらで指定できるということだ。
そしてどこで『シン』を迎え撃つかは、議論の結果ビーカネル島となった。
既に戦力が結集しており移動させる手間がないという点ではベベルも同じだが、あそこはスピラ最大の都市。
僧兵とは無関係なただの市民も大勢いて、付近に重要施設が多く、戦いになれば被害が大きくなりすぎる。
対して、ビーカネルは全面が砂漠で覆われた無人の島。
被害を受けるのはそこに隠れ住んでいたアルベド族のホームだけ。
スピラ中に散らばるアルベド族を集めてホームを建設したシドの反発が予想されたが、彼は『機械のいいところはまた作ればいいってとこだ』と笑い飛ばした。
早速スピラ最大である寺院の戦力をビーカネル島に運ぶことになる。
皮肉にもヒノカミの襲撃に備えてという滑稽な理由ではあるが、すでにベベルにスピラ中の戦力が集まっていたのは僥倖だった。
あとはどうやってビーカネルに運ぶかだが、ここまで頼りにしてきたヒノカミの次元刀は使えない。
あれは模倣しただけで本来他人の能力だ。当人の出力以上では再現できず、次元の裂け目はすぐに閉じてしまう。
ベベルの大部隊を運び終えるほどとなれば一体何度に分けて行わねばならないのか。短い間隔で何度も次元を斬るのも空間に負担をかけすぎる。
飛空艇でも輸送量が足りない。ちんたら往復していたら運び終える前に『シン』が動き出してしまう。
よって用意した巨大な受け皿に全部乗せて巨神が持ち上げ運ぶという荒業で対処した。
大皿の中に押し込められた僧兵たちは肩を抱き合って震えていた。
残念ながら彼らの届け先は『シン』との戦場である。絶海の孤島なので逃げ出す手段もない。
地獄へようこそ。
そしてついにスピラ中の戦力がビーカネルに集結し、各組織の代表が改めて顔を突き合わせる。
シド、ルチル、シーモア、ケルク、ヒノカミが座る円卓に寺院代表としてキノックが加わる。
エボン総老師はマイカだが、彼は組織運営が担当。ベベルに残り混乱の極致にある寺院の統制に専念している。
そして部隊運用は僧兵上がりのキノックの得意分野だった。
むしろ彼はその能力を買われて老師の地位にまで上り詰めた人間だ。
「何故私がこんなことに……!」
「それはアーロン氏の強い推薦があったからですよ」
「なんだと!?おのれ、アーロンめ……!」
「……キノック老師、アーロン殿はお前を評価していた。
『部下を効率よく酷使することにかけて、キノックの右に出る者はいない』と。
私もお前がこの作戦の全体指揮を執るに最優の人物であると考える」
そもそもスピラには他にいないのだ。大部隊の指揮経験がある人間が。
アルベドもグアドも指揮系統は種族単位が限界で、ロンゾなどは一人で堂々と戦うことを好み連携とは無縁。
討伐隊の人数はそれなりにいるが寺院には遠く及ばない。
「ケルク……フン!どんな作戦かは知らんが、私の部下たちを使い潰すようなものは認めんからな!」
「わぁってるよ。お互い不満はあるだろうが、今は呑みこむとしようや」
「作戦の大筋はすでにまとめてあります。キノック老師の意見もいただきたい」
「見せろ……何だこれは?本当にこんなことができるのか?」
「できると信じてもらうしかない。
儂とスピラの戦力を想定し『確実にエボン=ジュを仕留め』、かつ『最も人的被害が少ない』作戦がコレじゃ」
「……チッ、討伐隊とアルベド族の使う兵器の質と量の詳しい情報をよこせ。
配置と陣形を検討する」
――――……
会合を終えた夜、人々が眠りにつこうとしている中で睡眠が必要ないヒノカミは、ホームに宛がわれた小さな一室を占領して大量の紙を広げひたすらに筆を走らせ続ける。
「せいが出ますね」
部屋の扉を開けてシーモアが入ってきた。彼は足元の紙を数枚掴み目を通す。
「ふむ、機械や医療……技術指南書ですか?」
「あぁ、『シン』との戦いが終われば儂はこの世界を去る。
今のうちにスピラの発展につながる情報を残しておきたい。
……色々とタガが外れるじゃろうからな。初期の混乱を抑えるには進む方向を示し限定するのが一番じゃ」
「急ぐ旅でもないのなら、しばらく滞在し貴女が導かれては?
それほどのお力があれば統制は容易いはず」
「んなことしたら今度は儂を崇めるような宗教ができかねんじゃろ。
エボンの教えの消失によりスピラの民は迷う。
次の信仰対象が見つかればすぐに縋るに違いない。それは御免じゃ」
「……なるほど、実体験ですか。
フフフ、それは失礼しました」
「お主も戦後の身の振り方を決めておけ。
『シン』討伐に成功すれば、良くも悪くもスピラは変わる。尤も……」
そこでシーモアに背を向け机にかじりついていたヒノカミが振り返る。
「お主としては、討伐に失敗した方が都合が良いか?」
「……フフフ」
「スピラの全戦力を費やしての戦い。万が一にもしくじれば今度こそスピラは希望を失う。
人々は失意と共に受け入れるじゃろう。お主の考える『死の安息』とやらをな」
シーモアはかつて、己の願いは『スピラの悲しみを消すこと』と語った。
その言葉に嘘はない。しかしその方法があまりに過激で短絡的だった。
『スピラの民が死に絶えればスピラから悲しみは消える』。
ささやかな幸福を求めることすら贅沢な環境が千年も続いているスピラであれば、そのように考える者が現れてもおかしくはない。
様々な世界を巡り様々な人と歴史を見て来たヒノカミは彼の考えに理解を示した。共感も同意もしないが。
「ユウナを手に入れようとしたのは己が究極召喚に、そして『シン』になるためじゃろ?
まぁスピラ全土を攻め落とさずともベベルと寺院を消し飛ばせば後は勝手に瓦解しそうじゃがな」
ジェクトは未だスピラを破壊すまいと抗い、それが『シン』の動きに反映されていると聞く。
であれば『シン』になった者が積極的破壊を望めば、スピラを破壊し尽くすことも可能なはず。
しかしユウナのガード衆の活躍で彼の計画は潰えた。
ガードを全て排除すれば自分を究極召喚の祈り子にするしかないと考えたが、どうやっても排除できない化け物が紛れ込んでいた。
そこで彼は支配ではなく懐柔を選んだ。己の功績を示して好感度を上げ、実力でユウナに選んでもらおうとした。
『シン』となり強大な力を得れば、戦い方次第で巨神を倒せるかもしれないことはミヘン・セッションで証明されている。
だが結局ユウナたちは究極召喚を拒絶した。
となれば彼が本懐を遂げるには……スピラを滅ぼすには今の『シン』に全て壊してもらうしかない。
だから彼はスピラの全ての戦力を一か所に集め、一大決戦の最中に裏切り、戦線を瓦解させ作戦を失敗させる腹積もりだ。
「……と、思っておったがな。お主のここしばらくの振る舞いにその気配が感じられない。
本気で『シン』を倒そうとしておる。一体どういう心変わりじゃ?」
「『死こそが唯一の安息である』という考えは未だ変わりません。
ですが言われてみれば思うところがあったのですよ。
……そうでしょう?であれば私は、唾棄すべきジスカルを救ってしまったことになる」
究極召喚を手に入れている彼が『シン』を倒そうとしなかったのは、命が惜しいからでもスピラに守る価値を感じていないからでもない。
スピラを愛していた愛する母を、『シン』にさせないためだ。
老師となったジスカルは当然、どうやって『シン』が蘇るかを知っている。
奴は母が『シン』になるとわかっていてその手助けをしていた。母を『シン』にしようとしていたのだ。
歪な形でスピラを救おうとするシーモアであるが、ジスカルを救ったことになるのは心情的に受け入れがたい。
「それに全てを察している貴女がいる以上、下手に動いても対処されておしまいだ。
ならば『シン』を倒し、貴女がいなくなってから行動を起こす方がまだ可能性がある」
『シン』討伐の中核を担ったとなれば戦後の発言権も途方もなく大きなものになるだろう。
そして民衆を扇動するのは彼の得意分野。
忘れてはならないが、千年前の『シン』がいない時代に、スピラは一度滅びかけているのだ。戦争によって。
ならばそれを再現すればいい。『シン』がいなくとも、スピラを滅ぼすことはできる。
「よって、しばし見定めることとしたのです。
『シン』が消えても尚スピラから憎しみと悲しみが消えぬというなら、その時こそ『死の安息』をくれてやればよい」
「……戦争は儂の管轄外じゃ。
意図してその流れを生み出すまでもなくスピラの民がそれほどに愚かな行為に走るのならば、たとえ滅ぶことになろうと儂は何も言わんし何もせん」
「ありがとうございます。
……そのお礼と言っては何ですが、一つ教えて差し上げよう。
アーロン殿も彼も明かすおつもりがない様子ですので」
「?」
「知ってどうなることではない。
ですがこれを知らずに事を終えれば、貴女はきっと深く後悔する。
……ガガゼト山の大量の祈り子を覚えていますか?
「あぁ。しかしアレは『シン』とは無関係なんじゃろ?
あの時のアーロン殿は嘘をついておらなんだ」
「えぇ、『シン』とは無関係です。
ですが『エボン=ジュ』とは密接な関係があるのですよ」