『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第31話

『シン』の狙いに気付いた瞬間、ヒノカミは思考を加速させ脳内時間を現実の数百倍にまで引き上げる。

 

あの重力球が完成し開放されるまで、目測であと十数秒。

それまでに何らかの対処をしなければこの戦いに敗北する。

 

輪廻天照には腕が二対ある。島を覆う領域を維持している巨大な副腕とは別に、内側にもう一対に主腕がある。

地上に近づいてこちらの腕で領域を展開すれば、スピラの軍勢をその内側に匿い守ることができる。

だがすでに島を覆っている領域と干渉させることはできない。必然的に一回り小さな領域にせざるを得なくなる。

すると二つの領域の間にあるものに破壊の力が集中し、領域の間にあるビーカネル島そのものが崩壊の危機に陥る。

この一撃をしのいでも足場が無くなれば、内側の領域を解いた瞬間にやはり自軍は壊滅する。

 

ならば逆。ヒノカミが『シン』に近づき『シン』と自分を覆う領域を展開して被害を抑え込むのはどうだろうか。

いや、あれほどの威力をまともに受ければヒノカミも無事では済むまい。

掌を離してしまうか腕が壊れるか、少なくとも島を覆う領域の維持はできなくなる。

既に自軍の被害は甚大。機械はまた作ればいいが人員を揃えるのは容易ではない。

ここで『シン』に逃げ出されてしまえば、再戦はより厳しい戦いとなるだろう。

 

となれば、あの重力球をどうにかして破壊するしかない。

だが現時点でもすでに途方もない量のエネルギーがあの球体の中に圧縮されているのがわかる。

単純に強力な攻撃をぶつけるだけでは暴発によりやはり被害は出る。

全てを焼失させる赫烏封月は線の攻撃なので一撃であの球体を完全に消し去るのは不可能。

白鎖彗星の霊力弾では威力が足りないし隙間なく覆って封じ込めるのも無理。

となれば重力に干渉するような同種の能力によって阻害し、あの攻撃そのものを無効化するべきだろう。

 

ヒノカミが多用する能力のなかで重力に関するものと言えば、ヴィクターの武装錬金『フェイタルアトラクション』か義兄麻倉葉のオーバーソウル『スピリット・オブ・アース』。

だがどちらも『シン』と渡り合うには出力が低すぎる。

今のヒノカミでは自分が記憶した以上の出力で武装や現象を再現することはできない。

 

他人の力の模倣では駄目だ。『シン』に並ぶ力を持つヒノカミ自身が扱う『技』でなければ。

しかしヒノカミ自身が習得している技といえば個性由来の熱操作と治癒・蘇生関連、そして転移能力。この状況で役立つものはない。

だからおよそ1万年分の過去を遡り、『自分の技ではない』が『自分が使えそうな技』を探し出す。

 

(…………!)

 

遡り、遡り、遡り、見つけた。

使いこなすどころか使ったことすらないが、使える可能性がある『重力に関連する技』が。

思い至り、決断するまで現実時間で僅か1秒足らず。

 

巨神は島を覆う領域以外の全てのリソースを割き、人差し指を立てた左の主腕を天に掲げる。

 

 

『滲み出す混濁の紋章!不遜なる狂気の器!』

 

彼女がまともに学び、使ってきた鬼道は治癒に関連する回道のみ。

 

『湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる……』

 

破道や縛道はほとんど使ったことがない。

しかも九十番台などもっての外。

 

『爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形!』

 

だが詠唱は全て覚えている。

実際の技も浦原商店に世話になっていた頃に同居していた握菱鉄裁に一通り見せてもらっている。

 

『結合せよ!反発せよ!地に満ち、己の無力を知れぇっ!』

 

そして今のヒノカミが所有する霊力そのものは桁外れに膨大。

詠唱に合わせて無数の黒い板が『シン』の周囲に現れ、組み上がり形を成していく。

 

 

 

『破道の九十……『黒棺』!!』

 

 

 

『シン』の重力球が完成する直前、その名の通り黒い棺のようなものが『シン』を取り囲み、超重力の奔流で内側を圧壊させる。

 

 

『伏せろぉーーーーーっ!!!』

 

 

巨神は飛空艇を背後に庇い、コケラを倒したばかりで未だこちらの状況に気付いていない地上に警告を発する。

 

外部から膨大な重力の干渉を受け、『シン』が形成していた重力球が暴走。

直方体の棺を歪に膨らませるほどの爆発が内側で生じ、抑えきることができず漏れ出た衝撃波と爆音がビーカネル島の空と大地を揺るがした。

眼下の地上では人間たちが吹き飛ばされていたが、幸いにもここは一面砂漠の島。砂に埋もれるくらいで大きな怪我はしていないようだ。

 

『ど、どうなった……!?』

 

『わからん、『シン』も無事ではすまんと思うが……』

 

領域の内側を埋め尽くす勢いで巻き起こっていた砂嵐がゆっくりと晴れていく。

巨神とそのすぐ傍にいる飛空艇が、『シン』が浮かんでいた場所を油断なく見つめる。

 

 

『……っ!『シン』が!!』

 

 

巨獣の全身に、ヒビが入っていた。幻光虫が絶え間なく溢れ出していた。

 

『……っしゃぁーーーーーーっ!ヤローめ、自爆しやがった!!』

 

『『シン』が……崩れていく……!』

 

『倒した……!?倒したんだよ!『シン』を!!』

 

やがて地上からも歓声が届く。

ヒノカミもそれを油断と諫めることはしなかった。

彼女の目から見ても、『シン』は明らかに致命傷。体の端からボロボロと落ちる鱗や肉はコケラになることすらできず霧散していく。

少しずつ、少しずつ体積が小さくなっていき、ついに消えた。

 

 

『『『…………え?』』』

 

 

そして残ったのは、漆黒の球体。重力球のような攻撃ではないが、消えることなく不気味に漂っている。

 

『シン』は鎧だ。

鎧がはがれたなら中身が出てくる。

 

漆黒の球体は急速に広がり全てを呑みこもうとした。

 

『『『っ!?』』』

『疾っ!!』

 

咄嗟に巨神が主腕で二つ目の領域を生み出し拡散を妨げた。

巨神と飛空艇は飲み込まれ、ビーカネル島の上空に漆黒に染まった巨大な領域が佇む。

島を覆う領域も維持されているということは、巨神は無事なのだろう。

だがあのように天高くに浮かんでいては地上の人間たちは手出しができない。

先ほどの大歓声も静まり返り、地上の戦士たちは皆固唾をのんで空を見上げていた。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

ヒノカミは漆黒の球体の拡散が、異空間の現実世界への侵食だと気付いていた。

『シン』の内側に異空間があるとすれば、一つしかない。

 

眼下に広がる、機械により発展した巨大な夜の街。

飛空艇に乗る少年が思わず声を上げる。

 

 

『…………ザナルカンド!?』

 

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