「ベル・クラネルの情報を教えてください」
「…………は?」
怪物祭の翌朝、ギルドに駆け込んだアイズは職員のエイナに尋ねた。
「えっと……ヘスティアファミリア所属のレベル1、冒険者歴は1か月足らずで……」
「そういうのじゃなくて、普段何してるのとか、どこに住んでるのとか……」
顔を赤らめ俯き少しずつ声が小さくなっていくアイズの様子を見て、彼女の内心に気付かぬ女はいない。
(ベルくんが『剣姫』を落とした!?
……いや、無理もないわね。私だってドキッとしちゃったもん)
少女らの窮地に現れ、傷ついた者・力なき者を守り抜き、光の剣を掲げて、恐ろしいモンスターたちを一瞬で斬り捨てる。
まさしく現代に蘇った英雄譚の一幕だった。
偶然とはいえあの瞬間に居合わせたことを生涯の自慢にしたいと思えるほど。
しかしあの事件の真実は闇に葬られた。
地下を突き破ってモンスターが現れたなどと知れ渡れば、都市すらも安全ではないと考えたオラリオの住民たちが恐慌状態に陥るかもしれない。
なのでギルドはガネーシャファミリアに協力を要請して口裏を合わせ、『あのモンスターは怪物祭用に捕らえていたものが逃げ出した』ということにして、特別な事例であり再発の危険はないと強調。
また、即座にロキファミリアの上級冒険者たちに調査を要請した。
都市地下の下水道にてまだ潜んでいた同種のモンスターが多数発見され、一体も残さず駆除された。
エイナは居合わせたロキに共謀を持ちかけられ、地上に出たモンスターの討伐は全てロキファミリアにより行われたことにした。
ギルドへの報告でも、ベルとヒノカミの存在を意図的に省いた。
それがヒノカミの意図を汲んだ結果だとしても、一番の功労者であるベルに見返りどころか名誉すらも用意できないことをエイナは恥じた。
ヘスティアファミリアのホームに向かい深々と謝罪し、この街の住人の一人として感謝だけを伝えた。
だがベルは一切不満を漏らすこともなく、ただ『皆が無事だったなら何よりです』と朗らかに笑った。
圧倒的な力を持ちながらそれをひけらかすことなく、ただ誰かを守るために剣を振るい、見返りを求めない。
あぁ彼こそが真の英雄だと声高に叫びたかった。
間違いなくレベル1だと言う事実は、未だに信じがたいが。
(手のかかる弟、みたいな子だと思ってたのになぁ……)
「あの……」
「っ、申し訳ありません。
ギルド職員として、冒険者の方々のプライベートな情報を漏らすわけには……」
「…………」
落ち込みながら上目遣いで恐る恐る顔色をうかがうアイズを前にしても、エイナは営業スマイルを崩さずにいた。
(……あざとい!でもかわいい!
えっ?アイズさんってこんな子供っぽい人だったの!?)
内心は大荒れだったが。
ベルとはまた違ったベクトルで庇護欲をそそられる。
このくらいならばすぐに知れる情報だろうと、エイナは少しだけおせっかいを焼いてみた。
「ゴホン……でしたら彼を良く知る方に尋ねられてはいかがでしょう?
主神ヘスティア様は、北のメインストリートでアルバイトをされているとか」
「北の……ジャガ丸くんの神さま!」
アイズはエイナに礼を言うことすら忘れ、風のように走り去っていった。
――――……
「ダメだった……」
屋台で働くヘスティアを見つけたアイズは早速『ベルのことを教えて』と頼み込んだのだが、取り付く島もなく追い返されてしまった。
優しい神様だと聞いているのに、何故あんなにも自分には怒るのだろう。何か悪いことをしただろうか。
せめてジャガ丸くんだけでもたくさん買って帰ろうとしたが、そういえば昨日の事件で借りていた剣を折ってしまい数千万の借金を背負ってしまったことを思い出した。
一先ず払えるだけ払ったので財布の中には小銭しか残っていない。
何とかジャガ丸くん一つ分のお金はあったがたった一つでは沈んだ気持ちを慰めることはできず、本当に財布の中がすっからかんになってしまった。
さて、どうしたものか。
ベルはダンジョンに潜っているかもしれないし、自分も急いで金を稼がねばならない。
もう日が昇って随分時間が経ってしまったが、今からでもダンジョンに潜ってこようかと考え始めていた。
そこでアイズもようやく『ダンジョンの出入口でベルを出待ちすればいい』という事実に気付きかけたが。
「……あ」
その時、人通りの中に目を惹く真っ赤な服を着た女の姿を見つけた。
ベルの師匠だという、ヒノカミという少女。推定レベル11以上という圧倒的強者。
そして自身の仲間であるロキやフィンたちのことが嫌いだと公言している人物。
「あの」
「ん?」
しかしアイズは全く怖れることなく声をかけた。
「アイズじゃったか。何用かな?」
「あなたは、ベルと一緒に暮らしているんですか?」
「ん?んむ。ヘスティア殿のホームに厄介になっておるが……」
「ついていっていいですか?」
「……ふぅむ」
ヒノカミはあくまで客人。
勝手に他所のファミリアの眷属をホームに案内するのは無礼であろう。
「時間をもらえるなら、よいぞ」
しかしあっさりと応じた。
何故ならヘスティアのホームは『教会』。
迷える子らを受け入れ導くための場所だったから。
「大丈夫です。でも、時間って?」
「今からヘファイストスのとある眷属のところに顔を出しに行くのでな。
その人物を出向という形で、ヘスティアファミリアで一時的に預かる話が進んでおる。
その前にヘスティア殿が本人と顔合わせして面接すべきなんじゃが、ヘスティア殿はお忙しいからの。
故に儂が代行じゃ。帰路に就くのはその後になる。構わんか?」
「はい」
背丈はヒノカミの方が小さい。
だがアイズは彼女の背中を雛のようにちょこちょことついていく。
人気の少ない裏路地に入りしばらく進むと、二人は武骨な小屋に辿り着く。
ドンドン
「ヘスティアファミリアからの使いじゃ。
ヴェルフ・クロッゾ殿はおられるか?」
「おぅ、今開ける!」
扉の向こうから青年の声が聞こえた。
足音が近づき、まもなく扉が開く。
「……ってうぉわぁっ!?なんでロキファミリアの『剣姫』が!?」
「くけけけ、気にせんでいただくとありがたい。
彼女はただの連れでな」
「第一級冒険者が連れって……アンタ、もしかして大物か?」
「自他共に認める、な。
彼女を付き合わせる時間が惜しい。早速じゃが入れてもらえるか?」
「あ、あぁ……汚い場所で悪いが、入ってくれ」
「お邪魔します」
二人は東洋の服を着た青年に、彼がファミリアから借りている工房の中へと案内された。