「最近アイズさんの様子がおかしい」
毎日毎日しつこくそう口にするのは、ロキファミリアのレフィーヤだった。
確かに、怪物祭以降のアイズの振る舞いは今までとは明らかに違う。いつもアイズを目で追っているレフィーヤでなくともわかるほどの変化だ。
まず表情が柔らかくなった。
少し前までの彼女はとにかく強さを求めて生き急いでいた。
だが今は焦りがなくなり、余裕が出て来た。何か支えとなる止まり木でも見つけたかのよう。
それについてはアイズに新たに生じたスキルを知らないレフィーヤならば仕方あるまい。
ロキの意向、いや無駄な抵抗により、当人にだって知らせていないのだから。
ロキは未だに受け入れられず時折叫んでいるが、報告を受けているフィン・ガレス・リヴェリアの3人はアイズの変化を好意的に受け止めていた。
放っておけと言い含めてもなおレフィーヤは食い下がる。
朝早くから出かけて夜遅くに帰ってくるのはいつも通りダンジョンにこもっているからだろうが、だとしても時々は同じファミリアの仲間を誘うはずだと。
確かにアイズはティオナやレフィーヤと仲がいいし、一人の冒険は非効率だ。
だがそれでも次の大規模遠征への備えで余裕がなかったこともあり、ロキや幹部たちはこれと言った対応を取らずにいた。
そしてある日、我慢の限界を迎えたレフィーヤが『アイズの行動を調べよう』などと言い出した。
『大規模遠征の前に改めて相互理解を』とか『ファミリアの仲間に何かあれば』とか色々言葉を並べていたが、単純に『尊敬するアイズの変貌が気になって仕方ない』という考えは丸わかりだった。
だがレフィーヤの言うことにも一理あり、ロキはレフィーヤの師でありアイズの母親代わりでもあるリヴェリアに調査を命じた。
そして二人はまずギルドへ向かい、個人的な知人でもある職員のエイナにアイズの事を尋ねたのだが。
「アイズさんなら、ここしばらくダンジョンには来ていませんよ?」
「「……は?」」
「最後にいらした記録は、えぇと……2週間前ですね」
「「はぁっ!?」」
リヴェリアたちが強引に止めねば息抜きすらせずにダンジョンに潜り続け、『ダンジョン狂い』とまで呼ばれていたアイズが、2週間もダンジョンに来ていない。
では彼女は一体、毎日どこに向かっているのか。
事は思っていた以上に深刻なようだとリヴェリアは気を引き締める。
「アイズがどこまで潜っていたのか記録は残っているか?」
「はい、その時は私が彼女から報告を受けたので。……37階層ですね」
「37階層!?まさか、一人でウダイオスに!?」
「いえ一人ではなく……あっ」
失言に気付いてエイナが慌てて口をふさぐが、リヴェリアは聞き逃さなかった。
「エイナ……アイズは一体誰とダンジョンに潜っていたんだ?」
「ぼ、冒険者の方々の個人情報を明かすことはできません……」
「ほぅ、我々にすら明かせぬのであればロキファミリアの者ではないわけだな。
そして『方々』ということは、同行者は複数。
だが37階層までとなると第二級や三級の冒険者ではファミリア単位の遠征になる。
であれば大勢の目に留まり当然話題に上るはず。だがそんな噂はない。
しかし少数ならば第一級冒険者並みの強さが必要だ。
アイズ自身が他ファミリアとの交友関係が薄く思い当たる人物はいない。
……だが実力者と言えば、最近アイズと関わりを持った謎の少年がいたな」
「!?」
「リヴェリア様、それって!?」
「ヘスティアファミリアのベル・クラネル、そしてもう一人の眷属の小人族の少女。この3人で、だな?」
「っ……う、うぅぅ……」
「あっ、あのヒューマン~~~~っ!!」
「エイナ、ヘスティアファミリアのホームはどこにある?」
リヴェリアはハイエルフ、つまりエルフの王族だ。
ハーフではあるがエルフの血を引くエイナは逆らえない。
だが彼女は中立のギルド職員として必死に職務を全うしようとした。
「ほ、他のファミリアの、情報は……!」
「ふむ……神ヘスティアは北の通りでアルバイトをしていたな。可愛らしいと街の人々の間で評判だ。
であればホームはそう遠くないはず、だが神が普通の家に住んでいればこれも噂になる。
そしてこの辺りで珍しい建物は……『いつの間にか修繕されていた廃教会』」
「うぐっ!?」
「当たりか。行くぞレフィーヤ」
「はいっ!」
リヴェリアは僅かな会話から推測、エイナの反応から確信し行動を開始する。
エイナは職員として、二人の冒険者の背中を見送ることしかできなかった。
だがリヴェリアはまっすぐ教会に向かわず、エルフ御用達の店に立ち寄り、神々ですら尻込みするような額の高級菓子折りを購入した。
彼女らの主神であるロキはヘスティアと仲が悪く、自身がヒノカミから敵視されている自覚があったからだ。
コンコン
「はぁーい!……ってキミたちはロキのところの……」
彼女の推測は正しく、実際に教会で対面したヘスティアの顔は、リヴェリアたちを認識するや否や眉間に深い皺が刻まれた。
ヘスティアは、最近はバイトの時間を減らしていた。
ベルたちがアイズの強行軍に付き合った際に多額の分け前を手に入れ裕福になったこともあるが、修行のためにベルたちがほとんどオラリオの外にいるので、何かあった時のために留守番役が必要だからだ。
公にはできないが、アルフィアとザルドというとんでもない眷属が二人増えたこともある。
彼等に対応するためにもヘスティアにはできるだけフリーでいてもらった方がありがたかった。
……尤も、今この時は不在であった方が良かったのかもしれない。
「失礼する、神ヘスティア。
……まずはこちらを」
「んにゃっ!?こ、これは巷で噂の名店の……!」
「怪物祭の事件で、そちらの眷属の少年にレフィーヤを救ってもらったと聞いています。
公にできぬ事件とはいえ、お礼がこのように遅れたことを謝罪いたします」
「やったー!後でベルくんたちと食べよーー!
って、ここまで気を使わなくてよかったのに!」
明らかにヘスティアの態度が軟化した。
神は人の嘘が分かる。だからヘスティアはリヴェリアの発言が本心であるとわかっていた。
「それに……『ここしばらくウチのアイズがそちらの世話になっている』ようなので」
「律儀だねぇー。ロキの子にしとくのはもったいないぜ」
そして続くリヴェリアの言葉に隠された意図を察することはできなかった。
半ば確信した彼女の振る舞いに揺らぎが見られず、その内容は嘘ではなかったから。
「っ!?やっぱりアイズさんはここに来てたんですね!?」
「へ?」
「……無礼をお詫びします。我々は、ここしばらく不審な行動を続けるアイズがどこで何をしているのかを探っていたのです」
「なっ!だましたなぁーーーーっ!!やっぱりキミもロキの子だよ!!
……って、えぇ!?アイズくん、ロキやキミたちに話してないの!?」
目まぐるしく表情が変わるヘスティアに思わずリヴェリアの顔がほころぶ。
なるほど、この神は間違いなく善神だ。それも嘘や謀が一切できないタイプ。ロキとはそりが合うまい。
「はぁ~~、そういうことなら仕方ないね。呼んでくるよ。
あ、教会の中には入っていいけど地下には降りてこないでね?
ボクたちのホームには秘密がいっぱいなんだ」
「心得ております」
素朴ながら美しく静謐な空間で、二人が待つことしばらく。
ヘスティアとヒノカミに連れられて、怯えるアイズが地下の階段からひょっこりと顔を出した。