レフィーヤが持ってきた書状を受け取ったリリルカは顔をしかめる。
ロキファミリアからの遠征への協力要請。その判断を下すことになったのはなぜかリリルカだった。
主神のヘスティアはロキへの怒りが強すぎて冷静な判断ができそうにないと自ら辞退した。
団長のベルは実力こそあれど新人であり冒険者の常識にとんでもなく疎い。
ヒノカミはあくまで客人であり、悪事でなければ弟子の行いに関与しない。
アルフィアとザルドは同じくヘスティアの眷属であるが正式にファミリアに所属していないので論外。
ヴェルフは出向してきただけ。ファミリア運営の決定の場に参加するべきではない。
アイズは『一緒に行こう』と強くねだっている……いや、彼女は妹弟子ではあるがロキファミリア。そもそも誘っている側だ。
とまぁこんな具合で、決定を下せるのが消去法でリリルカしかいなかったのである。
ではまず、この要請を決定したフィンの意図を探ってみよう。
……探るまでもない。露骨すぎるほどわかりやすい。
ヒノカミとロキファミリアの過去の揉め事は全て聞き及んでいる。
そしてレフィーヤから改めて、ヒノカミが手の付けられない強者であると聞いたことだろう。何としても衝突は避けたいはずだ。
そこで彼らは『ヒノカミをすっ飛ばして』ベルとリリルカとの交流を深め、ヘスティアファミリアとの友好的関係を築くつもりなのだ。
ベルもヘスティアもとんでもないお人好し。すぐ絆されてしまうだろう。
そうなると客人でしかないヒノカミはロキファミリアに手出しがしづらくなる。
では断るべきかと言えばそうとも言えない。
名目上はロキファミリアからヘスティアファミリアへの協力『要請』だが実態は異なる。
これは、ロキファミリアからヘスティアファミリアへの協力『提案』である。
実力はあってもレベルが低いベルとリリルカは、レベルで戦闘力を判断するギルドからの評価が非常に低くなる。
ファミリアのランクも低くなるので納税や義務がわずかで済むという利点もあるのだが、深い階層へ潜る許可が下りないのだ。
そもそも、ベルはオラリオに『経験を積みに来た』。なのに浅い階層では安全すぎて冒険も何もあったものではない。
最近オラリオから離れて修行ばかりなのは、リリルカとアイズが加わったからだけではない。
ベルがオラリオでできることが、あまりに少なすぎるからだ。
ヒノカミもまさかここまでオラリオが停滞し閉鎖的になっているとは思ってもいなかったらしい。
そんなヘスティアファミリアの現状を察したフィンが、燻っているベルたちが冒険できる『機会』を提供しようとしているわけだ。
勿論、二人が第一級冒険者並みの強さであることを知り戦力として当てにしているのも間違いないだろうが。
この機会を逃せば、ベルがダンジョンで冒険できる機会なんて、いつになるかわかったものではない。
成長したリリルカも、己の力を試してみたい。
『恩恵と火種の真実が知れ渡った時のために味方してくれる神が増えるよう他のファミリアと交流を深めておきたい』というヘスティアの意図にも沿っている。
都市最強ファミリアであるロキファミリアなら後ろ盾としてこの上ない。狂信者揃いのフレイヤファミリアは会話が成立しないので。
この遠征に同行することそのものが秘密を広めるきっかけになる可能性も高いが、そのデメリットを差し引いてもメリットの方が遥かに大きい。
「……受けましょう」
リリルカは私的な感情を省き、損得勘定だけで判断した。
遠征は一週間後。そしてダンジョンに長期滞在しての探索となる。
二人は修行の時間を減らして急いで準備を始めることとなった。
「……わかっちゃいるが、悔しいもんだな」
「仕方ないだろう。お前ではまだ50階層は無理だ」
置いていかれることになるヴェルフは、同じ大剣使いとして彼の師になっているザルドから慰められていた。
今のヴェルフの実力はレベル2の後半、レベル3の一歩手前と言ったところ。中層が限界だろう。
「むしろいい機会かもな。ベルたちが遠征している内にレベル2を目指したらどうだ?
今のお前なら一人でもミノタウロスくらいは安定して倒せるはず。
十分な偉業になるだろう」
「確かにそうだな……よし!オレもいっちょ気合いれて潜るか!」
「流石に一人は危険だよ!ヘファイストスからキミを任されてるんだ、危ない真似はさせられない」
「そういえば、タケミカヅチ殿の子らが中層に向かう計画を立てているという話ではなかったか?
ヘスティア殿、ヴェルフを彼らに同行させてもらえぬか頼んでみては?」
ヘスティアを紹介してもらった縁で、今もベルたちとタケミカヅチの交流は続いている。
規模の近しい零細ファミリア同士で主神同士も仲がいい。
実情は大きく違うのでダンジョンで顔を合わせる機会はないが、眷属同士も顔見知りだ。
その一人であるヤマト・命という少女が先日レベル2に達したらしく、これを機に到達階層を伸ばすのだとか。
「それだ!タケに紹介するよ、行こうヴェルフくん!」
そして武神であるタケミカヅチは、ヴェルフがレベル1にそぐわぬ力を持っていると即座に見抜き二つ返事で了承した。
同郷ではないが和服を身に着け太刀を構えたヴェルフに親近感が湧いたこともあり、敬愛する主神が言うのならと彼の眷属たちも頷き受け入れた。
彼等の出発はベルたちよりも遅く、およそ2週間後。
同行を許可してくれた礼として、それまでにタケミカヅチの眷属たちの武具を仕立て直してやるらしい。
鍛冶師としての腕も上がっているヴェルフの武具なら中層でも遅れを取るまい。
……ネーミングセンスだけは、どうにもならなかったが。
何しろ師匠であるヒノカミもそっちの方は壊滅的だったので。
――――……
「おはようございます」
「本日よりしばらく、よろしくお願いいたします」
ロキファミリア遠征当日。
一行がダンジョンに入ってしばらく進んだところで、ベルとリリルカが待っていた。
弱小ファミリアのレベル1がロキファミリアに同行するなど、人目につけば余計な騒ぎになるとわかっていたので、彼らとの合流場所はダンジョンの中になっていた。
「あぁ。よろしく頼むよ。
しかし一つ聞きたいのだが……君たちの荷物はそれだけかい?」
挨拶に応じたフィンは二人の姿を指摘する。
ベルは背中にいつもの長剣を、リリルカは灰色のローブを着て刀を背負っている。
それ以外には何も持っていない。リリルカもサポーター時代からずっと愛用していたバッグを背負っていない。
今回の遠征は片道だけでも一週間近く、不測の事態を想定すれば20日以上ダンジョンに潜り続ける可能性がある。
であれば持ち込まねばならない物資は相応の量になり、実際にロキファミリアの後方支援部隊は大量の荷物を背負っていた。
参加要請に承諾すると同時に『自分たちの荷物は自分たちで用意する』と連絡を受けていたので任せていたのだが、考えてみればベルたちはダンジョンで寝泊まりした経験すらない。
フィンは己の失敗を悟り、頭の中で二人分の物資の負担を加味し計画の再検討を始める。
「どうせすぐにバレるのでご覧に入れます。
くれぐれも他のファミリアの方々にはご内密に」
そう宣言したリリルカが灰色のローブをバサリと広げる。
するとローブの裾が不自然に伸びていく。彼女の隣に絨毯のような大きさにまで広がり、風になびくように滞空する。
ドサリ
「「「!?」」」
広げたローブの裾の下から、食料が詰め込まれた袋とポーション類が詰まった木箱が地面に落ちた。
「コレがリリの天神武装……『ポケット・ハンカチ』です」
ローブの武装。特性は『物品の格納』。
内側の異空間に実体のある無生物を収納することができる。
『リリルカが広げられるローブの大きさまで』という一品辺りのサイズ制限はあるが、許容量は無制限。
ただしデメリットとして、収納した物品の総重量の一部がリリルカの肉体に負荷として加算される。
「ですがサポーター上がりのリリは『
この中に詰め込んでいるリリ達の荷物に加えてロキファミリアの皆さまのもの全てをお預かりしても毛ほども揺るぎません。
……まぁ遠征の生命線である物資を他のファミリアに預けるなど正気の沙汰ではありませんし、リリも怖くてお引き受けできませんが」
「「「…………!」」」
以前アイズの強行軍に付き合わされたリリルカが改めて痛感したのは『物資の運搬を担うサポーターの重要性』だった。
それにリリルカ自身は戦う力を得たが、長年染みついてきたサポーターとしての生き方は簡単に改められない。
そこで彼女が目指すことにしたのが、師であるヒノカミと同じく『最強のサポーター』。
世界の中心と言えるオラリオの頂点に立つ冒険者が、彼らが見下しているサポーターだったら……何とも愉快なことになりそうではないか。
「あぁ、道中でのドロップアイテム等の運搬でしたらお引き受けできますよ?
もちろん、相応の手間賃はいただきますが♪」
「……あぁ、よろしくお願いするよ。3割でどうかな?」
「商談成立ですね!」
一度出した荷物をローブの内側に取り込みながら、リリルカは長年の下っ端生活で身についた営業スマイルを張り付けた。
・天神武装『ポケット・ハンカチ』
リリルカの天神武装。攻撃力が一切ない代わりに強度はかなり高い。
灰色のローブの内側は異空間に繋がっており、実体のある無生物を格納することができる。
収納した物品の総重量の一部がリリルカの負荷となるが、実力相応に強化されたスキル『縁下力持』により相殺している。
収納した物品を全て放出してからでなくては解除できず、破壊され強制解除されると収納した物品があたりに散らばってしまう。
『ポケット・ハンカチ』とは手品師が使う『内側が袋になっているハンカチ』のことで、正式名称は『デビルズ・ハンカチーフ』だそうです。
最初は後者の名前を採用しようかとも思いましたが、リリルカにはあまりに禍々しすぎると判断し前者にしました。