『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第28話

 

ベルの右手に握られているのは次元すら両断する光の剣、その劣化模造品。

不完全であるが、およそこの世界で断てぬ物のない切れ味を誇る。

持っていた2本の長剣の内の一つを犠牲にしてその事実を把握したオッタルは、刀身に決して触れぬようにと立ち回り始めた。

 

(速い、だが……!)

 

「『銀月(ぎん)の慈悲、黄金(こがね)の原野、この身は戦の猛猪(おう)を拝命せし、駆け抜けよ、女神の神意を乗せて』……!」

 

「!?」

 

魔力で攻撃を強化する魔法『ヒルディス・ヴィーニ』。

それを発動したオッタルが剣を振り回せば、その余波だけで周囲が破壊されていく。

速度はベルが上。だが武装に力を集中しているため防御は決して高くなく、飛び散る岩塊が邪魔をして自由自在に動き回ることが難しくなった。

対して『絶対防御』と称されるほどの高い耐久を持つオッタルは自らの攻撃で生み出した嵐に巻き込まれ、傷を受けながらも突っ込んでくる。

そして魔法で強化された一振りは拙いベルの防御を容赦なく貫くだろう。

 

これで互いに一撃必殺。後はどちらが先にそれを相手に叩き込むか。

ベルは速さで、オッタルは技術と経験で。互いに一瞬の隙を狙う戦いは激しさを増す。

 

 

 

 

その場にいる誰もがその戦いに見惚れていた。心が掻き立てられた

ロキの眷属も、同行したへファイストスの鍛治師も。悔しながら、フレイヤファミリアの眷属も。

荒々しく野蛮な命の削り合いを、美しいとすら思った。

 

ただ一人、油断なく戦況を見つめるリリルカを除いて。

 

(まずいです……ベル様の剣が揺らいでいる……!)

 

そもそもこの戦い、ベルの方が圧倒的に不利だ。

なぜなら彼は59階層からの遠征帰り。しかも初めての長期遠征。

食事や睡眠は十分に取っていたがどうしようもない負債が心と体に蓄積されている。

その上で、維持が難しい天神武装をずっと振るい続けている。同じスキルを所有する彼女だけは、ベルの武装の実体化が解け初めていることを見抜いていた。

 

 

「「「!?」」」

 

突如として均衡が崩れた。埒があかないと判断したのか、ここでオッタルが動いた。

強さと勝利への渇望、女神への狂気染みた忠誠心。それが彼に『己の左腕を捨ててでも隙をつく』という決断をさせた。命のかかっていない決闘でだ。

光の剣を持つ自分の腕に手を伸ばしたオッタルを見て、ベルは彼の意図を察してしまった。

ここで彼の腕を斬り落としてしまえばベルやリリルカが元に戻せるかわからない。

優れた治癒術師であるヒノカミはフレイヤ嫌いを公言しており、後から治療を引き受けるとは思えない。

だから優しい……いや、甘いベルは躊躇してしまった。

 

「「!?」」

 

光の剣が砕け散った。

彼の武装を維持していたのは精神力だけだったのに、その芯が揺らいでしまえば当然の帰結である。

長剣を振りかぶるオッタルの前でベルは完全に無防備。

だがベルは寸前で体を大きく捻り、長剣が迫ってくる方向に背中を向ける。

 

「ガハァッ!?」

 

まともに受ければ肉体を両断されていたであろう斬撃。

しかし攻撃と体の間に背負ったままの剣を挟むことで最悪を防いだ。

何の変哲もない鞘は砕かれたが、異界の英雄の剣は欠けることもない。

ベルの体は背中の剣の腹で押し出される形となり岩壁へと叩きつけられ崩れた瓦礫の中に沈む。

それは運悪くロキファミリアから見てオッタルの向こうで……フレイヤの眷属のいる側に近かった。

 

 

「……チッ」

 

歯噛みしながらも認めざるを得なかった素晴らしい戦い。

そのあっけない結末に苛立ちながらも、アレンは主命を果たそうとする。

瓦礫の下で気を失ったベルを回収しようと動き出した。

 

 

「『翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)』」

 

「っ!」

 

 

その前を凄まじい速さで何かが通り抜け、壁に大穴を開けた。

立ち止まったアレンは何かが飛んできた方を見る。

 

「決着はつきました……決闘に応じる以外をベル様も我等も認めておりません!

 それでもとおっしゃるのならば、ヘスティアファミリアのリリルカ・アーデがお相手します!」

 

変身魔法と刀剣解放により異形の姿となったリリルカ。

彼女は投擲により壁に突き刺さった槍を瞬時に手元に呼び寄せ、堂々たる振る舞いで声を上げる。

 

彼女は己がロキファミリアではなくヘスティアファミリア所属であることを強調した。

であれば彼女には、同じファミリアの団長であるベルを守るために立ちはだかる権利がある。

そして下半身が獣という異形の姿を前に、流石のフレイヤの眷属たちも視線と意識が彼女に奪われてしまう。

リリルカは、そうなるように仕向けたのだ。

 

「……!」

 

その隙に翼を生やしたアイズが迂回するようにベルへと近づいていた。

ロキとフレイヤの全面戦争を避けるためにもアイズからアレンを攻撃することはできない。

なので攻撃せずに、隙を突いてベルを救い出す。これなら戦端を切り開くには理由が弱いはずだと考えた。

 

だが飛翔しベルへと迫るアイズに気付いたアレンが進路上に割り込んだ。

 

「ウザってェ……負け犬どもが勝者に逆らうんじゃねぇ!!」

 

「っ!」

 

アレンが迎撃の構えを取り、他のフレイヤの眷属たちも動き出す。

 

 

「だぁれが負け犬だオラァ!!」

 

「!?」

 

その前にアイズと同時に、しかし迂回せずまっすぐに駆け出していたベートが先に辿り着き立ちはだかるアレンを蹴り飛ばした。

邪魔者がいなくなった道を通り抜けてベルを掴んだアイズがその速度を維持したまま反転、仲間たちの下に引き返す。

 

「っ、剣姫ぃ!ソイツを……!」

 

 

「撃てぇーーーーーーーっ!!!」

 

「「「!?」」」

 

 

号令と共にフレイヤの眷属たちに、無数の矢と魔剣の砲撃が襲い掛かる。

舞い戻り意識のないベルを地面に寝かせたアイズ。この二人を庇うかのようにロキファミリアの部隊が武器を構え壁となった。

 

「テメェらぁ……!」

 

「どうしたのかな?アレン・フローメル。

 ……君たちも覚悟の上なのだろう?」

 

号令を出したのはフィン。

だが彼が指示を出すまでもなく、部下たちが既に武器を手に取っていた。

第一級冒険者には遠く及ばず殺し合いになれば真っ先に命を落とすだろう第二級、三級の冒険者たちまでもが震えながらもフレイヤの眷属たちを睨みつける。

後衛の仲間にベルを預けたアイズもティオネとティオナの隣に並ぶ。

 

「ベル・クラネルは我らロキファミリアの恩人。

 そして僕たちに勇気を示してくれた未来の英雄だ。

 その彼の道を阻むと言うのなら……やろうか?お望み通り、全面戦争を」

 

「「「……!」」」

 

フィンとガレスとリヴェリアだけは、ロキが定めたファミリアの方針を共有している。

『アルフィアとザルド、ヒノカミとの敵対を避けるため、フレイヤからヘスティアファミリアを守る』。

だがそれを知らずとも立ちはだかっていただろう。

彼ほどの男をフレイヤの下で腐らせるなど、人類にとっての損失だ。

 

冒険者一人一人の質はフレイヤファミリアに軍配が上がる。

だが量と団結力はロキファミリアの方が圧倒的に上。

ましてこの場にはフレイヤの第一級冒険者『しか』いない。

団長であり最大戦力であるオッタルはベルとの戦いで疲弊している。

ならばこの状況で双方が全力で激突すれば……。

 

 

「……引くぞ」

 

「あ”ぁ!?」

 

「結末がわからぬほど愚かではあるまい」

 

「…………チィッ!」

 

 

オッタルの号令で、フレイヤの眷属たちは背を向けた。

 

「誇らしいよ。我がロキファミリアには誰一人として、我が身可愛さに戦友を見捨てるような臆病者はいなかった。

 ……君たちとは違ってね」

 

「フィン……テメェ……!」

 

「うるせぇよ糞猫。喧嘩吹っ掛けときながら旗色ワリィと気づいた途端に逃げ出すんだろ?臆病者以外のなんだってんだ。

 テメェらみてぇな情けねぇ連中が冒険者なんぞ名乗るんじゃねぇよ」

 

「キャンキャン吠えんなよワンコロぉ……!」

 

「代弁ありがとう。でもほどほどにしてあげなよベート。

 ……オッタル。フレイヤに伝えてくれないか?」

 

「……なんだ?」

 

「籠の中ではベル・クラネルは羽ばたけないよ。

 これ以上彼の冒険の『邪魔』をするな、とね」

 

「…………」

 

オッタルは言い返すこともなく、団員たちを連れて引き返していった。

 

リリルカの癒しの炎でベルの傷は回復したが、意識は戻らなかった。

今度は彼がダウンしてしまったようだ。

よって遠征団は18階層にて休息と補給を取るしか選択肢が無い。

すぐに進んではオッタルたちと鉢合わせるかもしれない。しばらく時間をおいて上へ向かうことになった。

 

今度は、誰も文句を言わなかった。

 

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