「ご迷惑をおかけして、重ね重ね申し訳ございません。
この層での滞在に伴う費用は、我々が受け取るはずだった運搬費から差し引いていただいて構いませんので」
「お言葉に甘えさせてもらうよ。
情けない話だが、今回の遠征は本当に堪えたからね……。
だがいいのかい?ベル・クラネルが目を覚まし、彼と相談してからでなくて」
「ベル様はお優しく純真な方ですので、こういった交渉事は全てリリに任せられております。
……それに、次の金策も見つかりましたし」
一団を離れて二人きりで歩くフィンとリリルカ。
会話をしながらリリルカは遠くのリヴィラの街の方を見る。
つい先ほど荷物持ちとして、ロキファミリア幹部たちの買い物に付き合ったリリルカ。
彼女は何度か18階層を通り抜けたが、実はリヴィラの街に立ち寄るのは今回が初めてだったりする。
そこで見たのはあまりにぼったくりな街の商品価格。
ダンジョンの中にまで物資を輸送するのは確かに危険を伴うし、安全地帯ではあるもののモンスターが押し寄せてくることもある。その度に建て直してを続けていれば金がかかるのも理解できる。
しかし、高い。守銭奴を自認するリリルカとしてはどうしても納得できない。
だがすぐに思い至る。この状況、自分ならばいくらでも稼げると。
遠征団の物資全てを詰め込んだとしても余裕があるキャパシティ。
半日もあれば余裕で地上とここを往復できる自身の刀剣解放の機動力。
そしてここはならず者の街。店を出すのに認可など必要ない。
街の価格の半分で売り出してもボロ儲けだ。いや、恩情として街の連中に売りつけてやるのもいいだろう。
勿論この街でふんぞり返ってる奴らは面白くないだろうが連中は精々レベル2か良くて3。
リリルカに手を出して来たなら全て返り討ちにすればよい。ダンジョンの中でのことは、基本的に冒険者の自己責任だ。
「ふふっ、ふふふ、ふふふふふ……」
リリルカの黒い笑みにフィンは一瞬怖気づくが、自分が悪だくみをしている時も周囲から同じように思われている自覚があるため苦笑するだけで済ませた。
「……ここならもういいでしょう?それで、話とはなんですか?」
「あぁ、そうだね」
街とも野営地とも離れた場所に着いた二人。フィンはリリルカを見つめて意を決し口を開く。
「リリルカ・アーデ。僕は……フィン・ディムナは君に縁談を申し込みたい」
「…………はい?」
フィンが『勇者』を名乗りオラリオの最前線を走り続けるのは、この世界で弱者として迫害されている『小人族の希望となる』ため。
かつてこの世界で『存在している』と信じられていた小人族の女神『フィアナ』。
しかし地上に降りた神によりその存在は否定され、小人族の希望は崩れ去った。
だからフィアナに代わる新たな希望に……柱になる。それがフィンの野望だ。
そのために己の妻と迎える女性は、同じ小人族からと決めていた。
己の子に次の希望になってもらうためにはハーフでは駄目だから。
「もちろん小人族なら誰でもいいという訳では……いや、取り繕うのはやめよう。
……君に見惚れた。困難に立ち向かい、己の身を挺して皆を守り抜いた君の『勇気』に見惚れたんだ。
君がいいんだ。君が欲しい。どうか僕のお嫁さんになってくれないだろうか」
「…………」
あまりの事態に言葉を失っていたリリルカは、少し困ったような顔をして言葉を紡ぐ。
「『貴方の
詠唱を終えたリリルカの姿は。
「フィン様には、今のリリが小人族に見えますか?」
『破面』……小人族とは程遠い長身でグラマラスな少女が佇んでいた。
「リリは、小人族であることに誇りなど抱いていません。
『小人族なんかに生まれてこなければよかったのに』と願っていました。
……こんな魔法を、発現するほどに」
「……」
今度はフィンが押し黙ってしまう。
「たとえリリがこの縁談をお受けしたとしても、フィン様を支えていくことはできません。
リリを救ってくださったのはヒノカミ様で、受け入れてくださったのはヘスティア様とベル様です。
あの方たちのためならどんな困難であろうと立ち向かいましょう。
ですがそれ以外の他人なんて、本当はどうでもいいんです。
見ず知らずの小人族のために戦うなんてリリにはできません。それに……」
「それに?」
「今リリは、強くなることで頭がいっぱいなんです。
恋やら愛やらにかかずらう心の余裕がありません。
それにリリはいずれはフィン様だって超えてみせるつもりです。
……小人族の希望となる男が妻より弱いなんて、風聞が悪すぎますよ?」
「……はは、はっはっは。これは手厳しい。
うん……無理だとは何となくわかっていたんだ。
ありがとう、手ひどく振ってくれて。これで未練を抱かずに済むよ」
「ふふふ、まぁそうでなくとも『自分に好意を向けてくれてる女の子』への返事を棚に上げて他の女の子を口説くような相手はリリとしても願い下げですがね♪」
「う”っ……」
痛いところを突かれてフィンが言葉を失う。
額を抑え目を閉じる彼から視線を外し、少し離れた森の中を見る。
リリルカの超感覚はその茂みの中に隠れているアマゾネスのティオネと……流石に恩人であるリリルカを襲うのはまずいと彼女を羽交い絞めにするティオナやアイズたちに気付いていた。
「……ですがリリは、やはり小人族です」
「……?」
フィンが顔を上げるとリリルカは変身魔法を解除していた。
「リリがどれだけ強くなっても、リリがどれだけ姿を偽っても、人々はリリを小人族だとみなします。
リリが小人族だという事実は死ぬまでリリに付きまとうでしょう。
……ですからフィン様の野望のほんの一部を、リリがお預かりします」
「?どういう……」
「リリは誰よりも強くなってみせます。
フィン様も、ベル様も、いずれはアルフィア様だって超えてみせます。
『世界最強の人間は小人族のリリルカ・アーデである』と、この世界全てにその名を轟かせてみせます」
「な……!?」
「余計な荷物を代わりに背負うのが、サポーターのお仕事ですからね。
……どうです?これで少しは、フィン様にも周りを見渡す余裕ができるのではありませんか?」
「……酷いなぁ。諦めさせた後に、惚れ直させるなんて」
「それが失恋の痛みです。しっかり味わってください。
……ちゃんとティオネ様にも、向き合ってあげてくださいね?」
「あぁ……約束するよ」
リリルカが背を向け、元来た道を一人で歩き出す。
フィンは掌で目元を隠したまま、しばらく動くことができなかった。
リリルカが戻った頃にはベルが目を覚ましていたが、同時に面倒ごとがやってくる。
一つ上の17階層にて階層主が復活したようだ。雄叫びが聞こえて来たということは冒険者が対峙しているのだろう。
念のために機動力に優れるアイズが上への入り口の方へと向かうと、似たような服を着た一団が雪崩れ込んできた。
それは兄弟弟子であるヘファイストスファミリアのヴェルフと、タケミカヅチファミリアの眷属たちだった。
パーティーを組んで12階層付近で探索をしていた彼らはモンスターパーティーに巻き込まれ、そちらは乗り切ったものの今度は足元の地面が崩落し、一気に15階層にまで落ちてきてしまったそうだ。
そこから上を目指すのは難しく、ならばいっそ安全地帯である18階層を目指そうと彼らは決断した。
そろそろ遠征帰りのロキファミリア、そこにいるベルたちと合流できることを期待して。そして彼らは見事賭けに勝った。
ベルとリリルカとヴェルフは互いの冒険を語り合い称え合う。
そして『これほどの冒険をしたなら3人とも確実にレベル2になれるはずだ』と前祝いを始めた。
(((((そういえばレベル1だった……!)))))
忘れていた事実に、彼らを取り巻くロキファミリアとタケミカヅチファミリアの眷属たちは顔を引き攣らせた。
そしてレベル1でこれなら、遠征から戻ってレベル2になったらどうなるんだろう。考えるのも恐ろしい。
同じ疑問を抱いていたのだろう。
ロキファミリアとの契約に従いベルたちへの追及を自制していた椿が、自派閥の者なら遠慮はいらぬと思いっきりヴェルフに絡み始めた。
「ヴェル吉、どうやってそれほどの力を得た?」
「その背中の剣、中々の業物と見た。お主が打ったのか?」
「どこぞの刀匠に弟子入りしたと聞いたぞ?
是非手前もその師とやらに会わせてくれぬか?」
「……そんなんだから師匠に名指しで警戒されて嫌われてんだよ!」
しつこい追及に苛立ったヴェルフが叫んだところで、椿は急に大人しくなった。
どうでもいい者ならともかく優れた職人らしき人物にはっきりと『嫌われている』と突きつけられるのは、彼女の心をそれなりに抉ったらしい。
遠征団はベルとヴェルフ、そしてタケミカヅチファミリアの者たちの休息のためにもう一日18階層に滞在し、その後揃って地上を目指して出発することになった。
同時刻、地上でも騒動が起きていた。
ダンジョン入り口前の広場で、第一級冒険者たちが冒険者でもない者と乱闘を始めた。
しかし血だまりに沈んだのは冒険者の方であり、無傷で佇むのは返り血が分からぬほど真っ赤な服を着た小柄な少女だった。