覚えていらっしゃる方は、読み飛ばしていただいても結構です。
ヒノカミは不老だ。外見は少女のようだが、生きている年月はすでに数十万年。
精神年齢で言えば億すら疾うに超えている。
飢えも老いもなく望む物は何でも自分で用意できる彼女は、やらねばならないことが何も無い。
故にただ己の『自己満足』のためだけに行動する。
それだけならこの世界の神々も似たようなものだが。
「そんな彼女の心を満たすのが『助けを求める人に手を差し伸べること』。
見返りどころか感謝の言葉すら求めてないってんだから筋金入りだよ!
世界を渡る力を持つ彼女は、助けを求める声に応えていくつもの世界を渡り、いくつもの世界を救ってきたんだ!」
やり方は乱暴で自分勝手だが、その行動原理は全て他者のためにある。
神々の視点ですらも気が遠くなるような長い時間のほぼ全てを『人々の救済』に捧げて来た正真正銘の『救世主』だ。
「あぁ時間があるならいくらでも語ってやりたいよ!彼女の英雄譚を!
彼女こそが未知の化身!人の可能性の極致!人はここまで高みに至れるのだと、身を以て証明してくれた!」
「じゃああのバカでかい精霊は、別の世界の!?」
「その通り!この世界の精霊はオレたち神々の生み出した分身のようなものだが、彼女が従えている精霊はむしろ神の上位種に当たる。
例えば皆が目にしたあの『スピリット・オブ・ファイア』は、炎に関するあらゆる権能を併せ持つ炎の神のオリジンだ。
そして彼女は炎だけでなく水・地・風・雷の大精霊を従えている」
「人間が……神を従えるだと!?」
「おいおい、彼女は『神すら脅かす悪がいる世界』での英雄だと言っただろ?
彼女は時に人だけでなく神々すらも救い、世界にとって害と見なした邪神や悪神を討滅しているのさ。
数え切れないほど何度も、正面から力尽くでね」
「討滅……!?では……!」
「あぁ、ヒノカミは『全知全能』の神ですらも完全に消滅させられる。
彼女の力は神よりも……少なくとも平和ボケして腑抜けた
「「「「「!?!?!?!?」」」」」
何も知らぬ神々だけでなく、ヘスティアやロキも目を剥いた。
別世界出身であることや、強いとは聞いていたが……そんな馬鹿げたレベルだとは思ってもみなかったのだ。
同席した神々もようやく危機感を抱き、事態の深刻さを理解した。
「なぜそんな奴が、この世界に来たんだ!?」
「そりゃあ助けを求める人間たちがいるからに決まってるだろ?
この世界には『三大冒険者依頼』なんていうわかりやすい脅威があるじゃないか」
『陸の王者』ベヒーモス。
『海の覇者』リヴァイアサン。
そして……『隻眼の黒竜』。
この世界を訪れたヒノカミは、明確にこれらを打倒しようと活動しているゼウスとヘラに力を貸した。
そもそも彼女が動けば一瞬で全て終わるのだが、彼女は己が余所者であることを自覚している。
事が終われば立ち去るのだからどうしようもない事態に陥らない限り、『この世界の問題はこの世界の者に解決させるべき』というスタンスを崩さない。
だから彼女の助力とは主に眷属たちの育成だった。
「そして彼女の支援を受けたゼウスとヘラの眷属たちは、ベヒーモスとリヴァイアサンを難なく撃破した。
それでも黒竜はまだ難しいと予測してたらしいんだけどね……沸き立つ民衆は止められないし、彼等自身も勢いに乗っていた。
可能性が僅かでもあるならと挑んで、結果はご存知の通りだ」
ゼウスとヘラは失敗した。
だが黒竜に浅くない傷を負わせたおかげで、黒竜が再び動き出すまでにかなりの時間の猶予ができた。
そして時間をかけて指導を受け強くなれば、黒竜であろうと必ず倒せると確信した。
だからゼウスらは黒竜討伐の悲願を、『導き手であるヒノカミごと』次代のファミリアに託すつもりだったのだ。
しかしその前にファミリア同士が衝突してしまい、結果として彼女はオラリオを見限ってしまった。
彼女はゼウスと共にオラリオを離れ、ゼウスらの眷属の生き残りであるアルフィアとザルドを徹底的に鍛え上げることで目的を達成しようとした。
やがてそこに、両ファミリアの眷属の血を引くベル・クラネルが加わった。
「ベルくんはアルフィアの妹、メーテリアの子だ。お相手はゼウスファミリアの末弟。
お世辞にも才能があるとは言えず、『神の恩恵を受けても大成しない』とゼウスは断言していた。
しかしだからこそ、ヒノカミの与える『力』には適合していた」
ヒノカミは人から人へと受け継がれてきた『人類の力の結晶』を所有しており、その一部を『火種』として他者に分け与えることができる。
しかしその火種は神の恩恵と正反対の存在であり、互いの相性が非常に悪く、二つを同時に持てば反発する。
弱くなるどころか場合によっては命すら危うい。恩恵と火種はどちらか一つしか持てない。
既に十分に恩恵を育てていたゼウスらの眷属たちには、恩恵を伸ばすしか選択肢がなかった。
だが元が人間の力であるため、適性があるなら火種の方が人間に馴染みやすく成長が早い。
そしてベルの火種への適性は非常に高かった。
彼は恩恵ではなく火種を鍛え続けることで、幼くして第一級冒険者に並ぶ力を持つに至った。
やがて黒竜と戦う為の確かな戦力になると期待された。
「それでも、修行ばかりでモンスターとの戦闘経験が皆無というのは致命的だ。
だからベルくんはオラリオに向かい冒険者になることにした。
そのためにはどこかのファミリアに入り神の恩恵を受けねばならず……それでも第二級並の力は維持できると踏んでいたんだ。
彼は恩恵に適性がないから、恩恵からの反発も小さいだろうとね。
黒竜との決戦の際には一時的に恩恵を封印すればいいんだから」
そして頼ったのがヘスティアだ。
ヒノカミは15年前にオラリオにいた神や人に対して良い印象を持っておらず、その点ヘスティアは下界に来たばかりでその上善神であることは間違いなし。
ベルは彼女の初めての眷属になった。
「……だがそこで奇跡が起きた!
『炎を守る炉の女神』であるヘスティアの恩恵は、ヒノカミの火種と反発しなかったんだ!
ベルくんは『神の恩恵』と『力の火種』、その両方を手に入れた!!」
「「「!?」」」
「『人に寄り添う善性』と『炎に関わる権能』を併せ持つ神の恩恵に限り、火種と適合することが判明した!
その点においてヘスティア以上の神が他にいるかい!?
事実上の二重恩恵だ!レベル1で
ヒノカミとヘスティアが力をあわせれば今度こそ黒竜討伐を成し遂げることができる!
ついに下界は救われるんだ!この世界の最後の英雄譚の完結は、もうすぐそこまで迫っているのさ!!」
大袈裟な動きで芝居がかった語りを終えたヘルメスは、満足し余韻に浸っている。
しかし間もなく、耳障りな雑音が静寂を引き裂いた。
「……チートだろ!ヘスティアの子だけ恩恵が倍だなんてチートじゃねぇか!!」
同調した神々が次々と声を上げ、ヘスティアを非難し始めた。
彼女の両脇をヘファイストスとタケミカヅチが固めているので防がれているが、手が届けばつかみかかっていきそうな勢いだ。
立ったままのヘルメスは、怒号を上げ始めた神々を冷めた目で見下ろす。
こいつらは何を聞いていたのだろう。
三大依頼最後の一つ、黒竜の討伐は何よりも優先されるべき下界の悲願だ。
ようやく人々の平穏が約束される瞬間が訪れるのだ。
だというのに醜い嫉妬と競争心でその邪魔をしようとするなんて。
そしてわかっているのか?
救済の邪魔をするということは『神すら滅ぼせるヒノカミを敵に回す』ということだ。
世界に仇なす邪神と見なせば、彼女は容赦なく駆除に動く。
……いや、黒竜より先にこいつらを駆除するべきではないのか?
ダァン!
「「「!?」」」
何かを力強く叩く音が聞こえて、騒いでいた神々が動きを止める。
ヘルメスの話を着席して聞いていたロキが、座ったままその足を円卓の上に振り下ろしていた。
「やかましいねんアホどもが。
ドチビは『神の力を使わん』いうルールを破ったか?」
「っ、だがロキ!」
「その『火種』っちゅーのと適合するのが、ドチビの
それとも何か?神は権能に関する一切をつこたらアカンゆう決まりでもあるんか?
せやったら先にシバかれなアカン奴がいくらでもおるんちゃうん?
例えば……『魅了』を振りまく美の女神とかなぁ」
「「「……っ!」」」
自身にも思い当たる節がある神々は、矛先が向くことを恐れて動きを止める。
そしてロキは『道化の神』。話術を駆使した騙し合いを得意とするがそれはあくまで技術であり、彼女自身は特別な力を一切持っていないため神々は言い返すことができない。
「それでも『ドチビを処罰すべき』言うんならそれでもええ。
せやけどその場合、少しでも己の権能に関わる力を振るった神も全員しょっぴく。
そうせんと筋が通らへんやろ」
「ヘスティアが認められないなら、私も出ていかないといけないわね。
先日レベル2になったウチのヴェルフも火種を受け取っているもの。
恩恵と火種とやらが適合するのは私も同じよ」
炎を使う『鍛冶の神』ヘファイストスも続く。
フレイヤが不在である以上、この神会におけるツートップはロキとヘファイストスだ。
この2柱がヘスティアの味方である限り、有象無象の神々はヘスティアに敵対する意見を押し通すことができない。
「ほな、もうえぇか?今度こそおひらきや。
……喧嘩する相手は選べや、ボンクラ共」