『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第9話

 

人知れず第一高校の危機が去り、数日後。

ようやくクラブ活動勧誘期間が終わり、新入生たちの普通の学園生活が始まった。

 

(……やはり、おかしい)

 

「どうかしましたか、達也さん?」

 

「いや……なんでもない」

 

魔法実習室で課題をこなしていた達也は違和感を抱くが、実習のペアである美月には誤魔化した。

今日の実技は『基礎単一魔法の魔法式を制限時間内に構築して発動する練習』。

達也の所属する1-Eは二科生のクラスであり、指導教官がついておらず魔法の授業は全て自習となっている。

達也は既に課題をクリアしたが、友人となったクラスメイトの千葉エリカと西城レオンハルトがまだだ。

このままでは授業時間内にクリアできず居残りとなり、昼休みに食い込んでしまうかもしれない。

 

「やっとるかー」

 

「げっ!?り、六道教諭!?」

「なんでここに!?」

 

「『なんで』って……そりゃ魔法の講師じゃしな。

 魔法の実習中なら顔出してもおかしくあるまい」

 

達也たち4人以外は誰もいなくなった部屋に、今話題の恐怖の象徴が現れた。

エリカとレオの反応は露骨だがそれも無理はないと自覚している六道は咎めることはしなかった。

 

「ふむ、やってみせぃ」

 

「「は、はいっ!」」

 

促された二人はそれぞれ魔法を行使するが、目標である1000ms以内に収めることができなかった。

CADで起動式を立ち上げ、自身に起動式を取り込み、魔法式を構築、最後に指定した座標で発動。

これが現代魔法のシステムであるのだが。

 

「工程を分けて考えすぎじゃな。今回のケースは一連を流れとして捉えた方がよい。

 まずは速度最優先で挑み、そこから少しずつ精度を上げていくやり方で行け」

 

「は、はぁ……でもそうすると発動そのものに失敗しちまって……」

 

「失敗しても良い。一つ一つを正確にこなそうとしている内はいつまで経っても速度は上がらん。

 効率よく作業を終わらせるコツは、適度に手を抜くことじゃよ」

 

「りょ、了解です……」

 

六道は実習室の壁に背を預けた。しばらく見学するつもりらしい。

 

 

「……少し、いいですか?」

 

彼女に時間があると判断した達也は声をかける。

 

「自分も一度見ていただきたいのですが」

 

「ん、構わんぞ」

 

達也はレオたちの隣の機械を使って、同じ課題をもう一度行った。その測定結果は。

 

「『598ms』……くっそぉ、速ぇなぁ達也」

 

「ふむ、お主は特に問題なさそうじゃな」

 

「ホント、なんで達也が二科生なのかしら?

 確かに実技はちょっと届いてないんだろうけど、学科があれだけ図抜けてるなら一科生でいいんじゃない?」

 

「……」

 

達也は無言で機械に背を向け歩き出し、壁際の六道の隣に立った。そして彼女にだけ聞こえるようにつぶやく。

 

(自分がこんなに速いはずがありません)

 

達也の入学時の実技試験の結果は最底辺だった。

自主的に魔法の訓練も行っているが、少し前まではもっともっと時間がかかっていた。

しかしある日を境に急激に魔法が上達した。今日の実習でも二科生の中では最上位と言える記録を叩き出している。

魔法は長時間の修学と訓練が必要。突然うまくなるなんてことはありえない。

 

(ですが、一つだけ心当たりがあります。

 自分の魔法が早くなったのは……)

 

(お主の予想通りじゃよ。あの日に儂がかけた魔法のせいじゃな)

 

勿論、ブランシュへの襲撃でかけられた強化魔法はとっくに切れている。

だが一時的に魔法演算能力が底上げされた状態で『歪な構造をしていた達也の肉体』が治癒されたことで、基礎値が高まった状態で安定したのだ。

 

(……自分の体についても、ご存知ですか)

 

(儂はハッキングの達人と言うたじゃろ?調べようとしてわからぬものなどない。

 お主の生まれも、魔法も、既に全て把握済みじゃよ、『大黒竜也』特尉殿)

 

(っ……)

 

本当に全て把握されている。もしかしたら、達也自身すら知らぬ情報も。

その存在を放置するのはあまりに危険。これが他の人間なら力尽くで排除するところだが六道の戦闘力は脅威だ。

物理的な対処が無理なら、せめてこちらも彼女の弱みを握って……。

 

(ん)

 

(?)

 

などと考えていたら、六道が何かを突き出してきた。

受け取ってみるとデータディスクのようだ。

 

(儂の強化魔法が入っとる。好きに使え)

 

(なっ!?)

 

(儂のオリジナルそのままではない。

 魔法式に手を加えてお主に最適化してある。

 多少ダウングレードしてしもうたが、お主以外では発動すらできん)

 

十師族に留まらず、優秀な魔法師の家系が保有する魔法は一子相伝。安易に漏らすなどあってはならない。

ましてあれほど強力な魔法となれば、魔法社会全体における宝と言っていい。

その売買を提案すれば国は国家予算を投じてまで買い取ろうとするだろう。

それを、出会って間もない子供にあっさりと譲り渡すなど。

 

(流石に……冗談でしょう?)

 

(冗談でもなく嘘でもないさ。

 強化魔法で魔法演算能力を強化すれば、強化された演算能力でさらに強化魔法の出力を上げられる。

 理論上は上限なしじゃ。しかし実際には当人の魔法処理能力という限界が立ちはだかる。

 その点において、お主は十分な能力を持っていると判断した)

 

学校の魔法の評価は次の三つで決まる。

『魔法発動速度』・『魔法式の規模』・『対象物の情報を書き換える強度』だ。

だが強化魔法に必要なのがこのいずれでもなく『魔法処理能力』だというのなら、この点において達也は学年主席である妹の深雪にも負けぬという自負がある。

 

(天下の『トーラス・シルバー』なら解析もできよう。

 改良までは無理だとは思うが、できると思うなら好きにしてよい)

 

(自分が誰かに売り渡すとは思わないので?

 わずかでも情報が手に入れば、四葉や軍なら時間をかけて再現しようとするはず)

 

(儂はお主に『好きに使え』と言った。お主が自由意思でそうしたいとするのなら構わん。

 じゃが『四葉』であろうと『風間』であろうと『司波龍郎』であろうと。

 お主から『奪おう』としたならば儂が滅ぼす)

 

達也は絶句する。彼女が羅列したのは達也と関わりがある、達也に命令ができる立場の者たちだ。

そして彼女の宣言は『達也が彼等を排除する権限を得た』ことに等しい。

達也が彼等に強化魔法をちらつかせれば必ず『よこせ』と言い出すはず。

そこで達也が六道からの警告を伝えずに献上すれば、その時点で六道は彼らを敵と見なすだろう。

 

自由も進む道も何もかも、奪われ続けるだけだった達也が、逆に奪う立場となれる後ろ盾を手に入れた。

 

(……何故、ここまでしてくださるのですか?)

 

それだけが、本当にそれだけが未だに理解できない。

魔法師殺しである彼女なら本気を出せば四葉も軍も滅ぼすことができるだろう。

だがこの国は相当に荒れることになる。日本という国そのものの存続の危機に至るかもしれない。

自分の本当の魔法がどれほど恐ろしいものか自覚はあるが、十師族である彼女が守るべき国を滅ぼしてまでかと言われれば疑問が残る。

 

 

(自己満足)

 

 

(……は?)

 

(儂は子供好きでな。子供を健やかに育てることが大人の義務だと考えておる。

 そしてお主がお主らしく生きるためにはこれが必要な力だと判断した。

 ……十師族などという立場に縛られていなければ既に四葉も軍も滅ぼしておるよ。

 子供を利用しようとする者も、子供を利用しなければ維持できぬ組織も、儂は認めぬ)

 

(そんなことをすれば、それこそ貴女は十師族にいられなくなる)

 

(儂が十師族にいるのは九島への義理じゃ。

 『出ていけ』というのなら喜んで出ていくさ)

 

(富も権力もいらぬと?)

 

(そんなものを欲しいと思ったことは一度もない。

 儂は何より……『自由』が欲しい)

 

その一言を絞り出した時の表情を見て、達也は六道への認識を改めた。

でまかせではなく、嘘とも思えぬ、心からの渇望を感じ取れた。共感してしまったのだ。

 

(……まさか、貴女も……!)

 

「っしゃあ!できたぁ!!」

 

「何とか間に合ったぁ~~」

 

レオの叫びとエリカの声で二人の会話が打ち切られる。

直後、昼休みに入ったことを告げる鐘の音が校内に響いた。

 

「ん、よし。今日はここまでじゃが、いずれ授業でもう少しちゃんと教えてやる」

 

「え?でも、オレらは二科生で……」

 

「意欲ある生徒に学ぶ機会を用意するのが教師の仕事じゃ。

 そこに一科も二科も、天才も落ちこぼれもない。ではな」

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

六道は片手をあげて立ち去った。

達也は彼女に託されたデータディスクを丁寧に胸元にしまい込んだ。

 

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