『お久しぶりです、九島先生』
「久しいな、真夜」
大亜連合による横浜襲撃事件が一応の収束を見せたその夜。
九島烈は自室より、秘匿回線を用いて四葉真夜へと通信を繋いでいた。
『九校戦ではありがとうございました。
達也さんと深雪さんに気を配っていただいたそうで……』
「前置きはいい。時間もない。本題に入ろう」
達也たちは九校戦の後に九島と直接話をしたことは報告していない。
真夜の言葉は『その程度のことは把握しているぞ』という牽制を込めたものだった。
流石に会合の内容までは把握していないようだが。もし知っていればこのような態度ではいられないはずだ。
だが四葉の情報網などどうでもいいことだと九島は話を切り上げる。
時間がないのは、通信を傍受される危険性が上がるからというだけではない。六道を待たせているからだ。
「真夜。達也君と深雪君を解放したまえ」
『……解放?どういうことでしょうか。
私は可愛い甥と姪を、可能な限り自由にさせているつもりですが?』
「その『可能な限り』とやらにどれほどの自由があると言うのだ。
こちらで全て調べさせてもらった……四葉の彼らへの所業は目に余る。
子供に、いや人間に対する扱いではない」
達也はその母体である四葉深夜より、胎児の頃から精神干渉魔法を受けていた。
かつて四葉真夜が拉致され非道な実験を受けた悲劇。二度と繰り返させまいと、四葉一族は自身らを守護する最強無敵の存在を作り上げるという妄執に捕らわれていた。
その結果生み出されたのが四葉達也だ。
全ての物質と情報体を破壊する力と復元する力を与えられて。
容易に世界を滅ぼしてしまえる力を持った一個人を、一師族が身勝手な理由で作り出した。
この事実を知れば他国どころか、同じ十師族や日本の国民たちまでもが四葉を悪と見なし滅ぼそうとするだろう。
ただし九島烈には四葉を責める資格はない。
彼の孫、九島光宣もまた『調整体』。強力な魔法師になるようにと大人が身勝手な期待を押し付け摂理を捻じ曲げて作り出した命だ。
六道のおかげで後天的に健康な体を手に入れたが、当初は調整の失敗から重い障害を持っていた。
恥知らずにも六道に助けを求めた時、九島は激怒した彼女から一度殺されている。
九島は彼女の怒りを当然と受け取り甘んじて刑に服した。そして一度の死で罪を償ったなどと言うつもりもない。
そう、九島烈と四葉真夜の間には決定的な差がある。
「『
「いいえ九島先生。『
『己の行いを恥じ、改めようとしているか否か』だ。
魔法師として歪に生み出し厳しい教育を施したが、子が人として健やかに強く育つようにと願っていた九島烈。
自由どころか感情すら奪い、更に非道な人体実験すら加え、血のつながった幼子を最強の兵器へと仕立て上げた四葉一族。
世間的に見れば、四葉の考えの方が十師族をはじめとした魔法師の名家の中での主流に近い。
かつてはそうしなければ生き残れない世界であり生き残れない時代だったから。
だがずっとこのままではいけないと、人も時代も変わらねばならないと、九島は行動している。
いくつもの命を奪い、数々の非道に手を染め、悲惨な激動の時代を生き抜いた彼だからこそ。
四葉の気持ちも理解できる。同情もしている。
モニターの向こう側で妖艶に嗤う女性が立ち直るまで、どれほどの時間を必要としたか。
大切な家族を害された一族がどれほど苛烈に激怒したか。
二度と悲劇を起こさぬために一族を守る力をどれほど強く求めたか。
だがそのために守るべき家族を道具に仕立て上げるなどと本末転倒だ。
そして『これは流石に達也には伝えられない』と六道と口裏を合わせ秘密にしているが……深雪もまた達也を制御するための『枷』として生み出された『調整体』だ。
深雪と達也の関係は『次期四葉当主とそのガーディアン』ではない。
『世界を滅ぼす魔物と、その首に鎖をつけるための人柱』だ。
これを知った時の六道の怒りは、それこそ世界を滅ぼす魔物などよりもよほど恐ろしかった。
だから彼女は躊躇うことなく、あまりにも残酷な罰を四葉へと下すことを決めた。
「どうあっても聞き入れぬか……残念だ、真夜。
お前はすぐに後悔を……いや、それすらも許されぬがな」
『先生?』
「話は以上だ。通信を終える」
九島は一方的に話を切り上げ、モニターの電源を落とした。
真夜は彼らしからぬ話の流れを疑問に思っていたが。
ザンッ
すぐに考えることを止め、席を立った。
もしこれが妹の真夜でなく、精神干渉魔法を得意とする姉の深夜であれば気付いたかもしれない。
この瞬間に九島との通信の内容が『当たり障りのない会話』に差し替えられたことに。
そして違和感から思考を巡らせ、思い至ったかもしれない。
たった今四葉が何を失い、取りこぼしてしまったのかを。
彼等は『忘れたこと』すら『忘れさせられてしまった』のだから。
――――……
大亜連合のテロは、警察官たちの尽力により奇跡的に日本側の死者ゼロで凌ぐことができた。
だが連中はまだ諦めていなかった。
日本の軍事衛星が、大陸の軍港にて多数の戦艦が集結している事実を確認した。
目的は日本への大規模侵攻と見て間違いないだろう。
狙いは九州か北陸か……いずれにしてもまともにぶつかれば損耗は免れない。
だから、風間は達也に命令を下した。
「戦略魔法兵器を投入する」
基地の一室より衛星を通じて目標に狙いを定め、遠隔で『質量爆散』を発動。
敵の軍港もろとも、大陸の一部を跡形なく消し飛ばそうというのだ。
何万人もの人間が巻き込まれる。軍施設とはいえ一般人も大勢暮らしているだろう。
『自国を守るため』にと、たった一人の少年に大量虐殺を命じたのだ。
「大黒特尉、準備はいいですか?」
「……準備完了」
その場にいる大人たちの誰一人として気づいていない。
感情を取り戻しつつある少年の肩と声が、わずかに震えていることに。
「マテリアル・バースト、準備完了!」
「マテリアル・バースト……発動します……!」
ついに達也がCADの引き金に指をかけ、力を込めた瞬間。
『許可しない』
基地の会議室のモニターが切り替わった。
全員が動きを止める。
「り、六道当主!?」
『儂は、マテリアル・バーストの発動を、許可しない』
軍とは全く無関係……いや険悪な関係ですらある『正体不明』が作戦本部の通信に割り込んできたことに、何も知らぬ軍人たちにどよめきが広がる。
しかし風間は苦虫を嚙み潰したような表情をするだけで驚きはしなかった。
達也と同じ部隊に所属していた独立魔装大隊の軍人たちもだ。
それが『当たり前』だと認識させられていたから。
ほんの少し前に、そのように『記憶』が差し替えられてしまっていたから。
四葉は司波達也と司波深雪の二人が自身の一族であることを徹底的に隠蔽していた。
司波兄妹が四葉一族であることは同じ四葉一族と一部の軍人くらいしか知らない。
達也が師と仰ぐ九重八雲ですら正確に素性を把握しきれていなかった。
だからわずかな人員の記憶を書き換えるだけで目的は達成できる。
この世界に刺し込んだ『ブック・オブ・ジエンド』は容易に改変を完了させた。
『六道家当主として命じる。
司波達也……いや『六道達也』。
直ちに従軍を中止し、六道本家に帰還せよ』
「了解しました!」
六道が選択した、司波兄妹を解放する最も確実な方法。
それは二人の所有権を奪い取ってしまうこと。
この世界の記録と記憶を書き換え、『二人は最初から六道の一族だった』ことにしてしまった。
皆大好き、月島さん。作者にとっても救世主です。
司波兄妹たち当人と九島烈を除き、二人が『四葉』だと知っていた人々の記憶を改変しました。
四葉一族は二人の事を忘れ、軍は四葉ではなく『六道から達也を借り受けていた』と認識が書き換えられました。