一族の盟主である六道リンネから命令を受けた達也はCADを下ろす。
同じ部隊の軍人たちが彼を阻むが、優先順位を盾に押し通った。
『六道』達也の所有権は、六道家にあるのだから。
「どういうおつもりか、六道リンネ!
まだ彼と軍との契約は継続されている!」
『重大な契約違反が生じた場合はその限りではない。
『質量爆散』の使用の際には、師族の当主に許可を求める。
そういう契約であったはずじゃが?』
「っ、今は国家存亡の危機!緊急事態であることをご理解いただきたい!」
『理解できんな』
本来軍が四葉と結んだ契約もまた六道が引き継いでいる。
おそらく『達也がその強大な力を公にする機会を増やす』つもりで彼を従軍させていた四葉真夜なら見逃したかもしれないが、六道リンネは違う。
『一度ならず二度ともなれば到底看過できぬ。
しかも一度目は使わずとも済んだ状況であろう?
現場に居合わせた儂を騙せると思うな。
……日本軍側の違反により、契約を完全破棄。
この瞬間をもって『大黒龍也』の経歴を抹消。軍より退役させる』
「なっ!?」
『六道達也。速やかに荷物をまとめて戻れ。
深雪も、待っておるぞ』
「了解しました。六道達也、帰還します」
モニターに映る主君に向けて敬礼した達也は、強引に人垣を押しのけ作戦本部から退出してしまった。
間もなく大亜連合の艦隊が日本に侵略してくるというこの状況で、軍は虎の子の戦略級魔法師を取り上げられてしまった。
「……何故だ、六道リンネ。
何故貴女は軍に協力してくれない?」
そんな状況ではないとわかっていても、風間は六道に問いたださずにはいられなかった。
今回の事だけではない。六道は警察に対しては非常に協力的だが、軍には非常に冷淡で辛辣だ。
どちらもこの日本とそこに住まう国民を守るために戦う組織だと言うのに、この扱いの差は何故?
『……民を敵から守るのが警察で、国を敵から守るのが軍じゃろ?』
「そうだ、我々軍人もまた守るために戦っている!」
『儂は日本という国にこだわりを持っていない』
「……な…………!?」
『儂がこの国におるのは、今のところ一番住みやすいからじゃ。
九島も配慮してくれとるからな。
住み心地が悪くなったらいつでも引き払うつもりでおる』
十師族は日本を守る最強の魔法師集団のはず。
その中でも最大の影響力を誇る六道の当主が『日本を捨ててもいい』と断言した。
「それは国家国民に対する裏切りだ!!
貴女は十師族ではないのか!?」
『知らんのか?儂は頼まれて十師族に収まっとるんじゃ。
見返りに応じた義理は果たしておるつもりじゃが望んで今の地位におるのではない』
「……っ!」
根本が間違えているのだ。神の視点に人種も国境もない。
六道には倒すべき悪がいても倒すべき国はなく、守るべき民がいても守るべき国はない。
時折国家に協力することはあるが、それは『その国を支援することが平和につながる』と確信している場合のみ。
冷戦状態で硬直しているこの世界における今の日本は『数多ある国の一つ』でしかなく積極的に守る理由がない。
『よって儂は国家を最優先として行動する政治家や軍人には手を貸さぬ。
認められぬ、受け入れられぬと言うなら告発でもなんでもすればよい。
十師族の地位もこの国も、何もかも捨てて消えてやろう』
愛国心を持たない者を国家の重要な地位に据えるなど危険極まる。
だが彼女の存在はそれ以上にメリットが大きすぎる。
魔法師に対して否定的な非魔法師たちが上げる唯一の例外。他国では盛んな『魔法師排斥運動』が日本国内では下火である理由の一つ。
彼女は今回の横浜事変でも警察と協力し彼らに民を守る力を与え、争いに巻き込まれ傷ついた者を一人残らず救い出す八面六臂の活躍を見せた。
その上、これだけの支援を行っておきながら国家や民衆に一切見返りを求めていない。彼女の行動は徹頭徹尾『力なき無辜の民を守る』ため。
故に六道リンネを支持する声は今回の件で一層強まった。無垢な民衆からはまるでヒーローのように称えられている。彼女と力を合わせ戦った警察官たちも同様だ。
対して結果的に逃げ出す敵艦一つを沈めただけしかしていない軍は話題にすら上らない。
この状況で軍が彼女の危険性を指摘し排除しようとすれば、それ以上の不安と失望が国民に蔓延し批判の矛先は軍へと向くだろう。
『……ま、いきなり梯子を外したのは大人げないと思わんでもない。
達也の代わりには遠く及ばぬが、良いものをくれてやる』
続いてモニターが切り替わり大量の情報が表示される。
大亜連合の軍事機密だ。
『こちらで捕らえた陳祥山から抜き取った情報じゃ。
大亜連合の所有する兵器や魔法師を始めとした機密情報に加え、間もなく行われる大規模侵攻に関しても十分な量を持っておった。
こんだけあれば返り討ちにもできよう?
むしろこんだけあってもどうにもできぬなら貴様ら自身の未熟が悪い』
横浜事変では、結局警察と六道だけで対処できたため軍の損耗はない。
前もって彼女が危険を訴えていたので念のため各地からの動員も済ませている。
戦略級魔法師による一方的な攻撃ではなく艦隊同士の正面衝突となれば相応の被害は出るが、間違いなく対処は可能だろう。
『後ほど呂剛虎と共に身柄を引き渡す。
これで大亜連合の侵攻を見事食い止めたならば、軍の面目は保てよう』
「……ありがとう、ございます」
『ではな』
六道が通信を切り、モニターには大量の大亜連合の情報だけが表示されていた。
「……これらの情報を元に、迎撃作戦を検討する。
動員を続け戦力を集結させておけ。幹部格は会議室に集合せよ」
「「「はっ!」」」
どのような状況でも、上が命じれば下は動く。
これが軍隊というものである。
――――……
この世界の記録は全て書き換えられた。
達也と深雪が四葉であったことを知るものは当事者たちを除きいなくなった。
だが『この二人が四葉ではないかと疑っている者』はまだいる。特に深雪は深夜に似すぎているので七草弘一はほぼ確信しているはず。
しかし疑念の段階にいる者たちまで記憶を書き換えるとなるとそこに至るまでの過程まで操作することになり改変の規模が大きくなりすぎるため、今回の改変の対象は『司波兄妹が四葉』という証拠を実際に目にした者に限定した。彼らが見た証拠を『司波兄妹が実は六道だった』という内容に差し替えた形だ。
だから疑いを持っている者たちが強引な手段で司波兄妹を調べれば、二人の体に四葉の血が流れていることに辿り着くだろう。
だから、その血すら入れ替えてしまう。
これより六道が施術を行い、四葉達也と四葉深雪から四葉深夜と司波龍郎の因子を取り除く。
「だがこれを済ませてしまうと、お主らは本当に奴らと他人になる。
後で前と同じ状態に改変することもできるがそれは遡行ではなく復元、つまりはコピーじゃ。
……提案した儂が言うのもなんじゃが、本当に良いのか?」
「「はい」」
六道本家として用意された邸宅にて、手術室の中で台の前に立つ六道は改めて達也と深雪に問いかける。
二人はためらいもなく頷いた。
彼等は四葉に未練など持っていなかった。四葉は彼等に見捨てられたのだ。
「……六道の血縁とする以上、四葉らの代わりに儂の因子を埋め込むことになる。
外見や人格に変化はないが、魔法特性にはおそらく影響が出るじゃろう。
得意分野が変わるじゃろうな。今よりも弱くならぬよう最善を尽くすつもりではあるが……」
「構いません。例え魔法が失われようとも、深雪と共に生きられるのなら」
「私とお兄様を、四葉から……解放してください」
「……あいわかった。まとめて済ませる。
二人で並んで横になれ。手を繋いでいてもかまわぬ」
「「よろしくお願いいたします」」
二人は言われた通りに台の上に横になり、しっかりと互いの手を握り互いの体温を確かめ合う。
六道は全身に炎を纏わせ、『六道家当主』から『ヒノカミ』へと姿を変える。
そして強固な結界により補強された手術室の内側で、神としての力を発揮する。
「……『天卍改紅』」
西暦2095年10月31日深夜。
この日静かに、二人の魔法師が人間へと生まれ変わった。