魔法科高校三学期が始まってまもなく。
アメリカより『ただの』留学生として『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』……『リーナ』が第一高校にやってきた。
所属クラスは1-Aとなり、彼女の世話役として1年の首席であり生徒会副会長である司波深雪があてがわれた。
そして必然的に、深雪の兄や親しい友人たちと交流を深めていくことになる。
第一関門は突破したと、リーナは内心で胸をなでおろしていた。
USNA軍『スターズ』の総長である『アンジー・シリウス』の任務は『六道リンネのアメリカへの勧誘あるいは拉致』、そしてやむを得ない場合は『抹殺』。
リーナが六道からの好感度を稼ぎ、彼女一人だけを人気のない場所に連れ出してから、スターズ全員で包囲し武力を背景に交渉する。これが計画の大まかな流れだ。
そのためには六道と積極的に関係を築いていかねばならず、第一高校の中でも特に彼女と親しいとされる司波兄妹を足掛かりにする予定となっていた。
だが予想外の不幸はリーナが留学する少し前から、肝心の六道リンネが休みがちになっていることだった。
理由は不明だが、どうやら都内の六道財閥の大病院に頻繁に足を運んでいるらしい。
可能な限り授業には出ているし、資料やデータ整理など教師としての最低限の仕事はしている。
だがそれ以上の時間が取れないと学校側にも断りを入れているそうだ。
当人との接点が作れないのでは関係を築くどころではない。
リーナの留学期間は年度を超えるまで、すなわち3月末。すでに1月も終わりかけなのであと2か月しかない。
戦力としては飛び切り優秀だが軍人としては未成熟、そして諜報任務に当たるにはお粗末が過ぎるリーナは焦りを隠せなくなっていた。
達也からリーナの目的を含めたすべてを聞き及び、そのうえで兄以外の誰にも悟らせぬ深雪とは大違いで。
なので今のリーナにできることは、六道との交渉で優位に立つために『司波兄妹から六道リンネの人となりを聞き出す』という地道な下準備を継続することだけだった。
「……ホントなの?」
「あぁ、六道教諭は『魔法師殺し』だ。彼女には魔法が通じない。
常に自身の肉体に高出力の強化魔法を付与しているため、他者からの魔法の干渉を無効化してしまうんだ」
「しかも当人がおっしゃるには、我が国の戦略級魔法師である五輪澪ですらまるで突破できぬ強度だそうよ」
「ってことは攻撃以外の、その……幻術とかも?」
「あぁ、一切を無効化する。かろうじて通じるとしたら、高速で物体を射出する魔法くらいか。
実体があっても遠隔操作系は無理だ。近づいた瞬間に彼女の干渉力がおよび物体にかけていた魔法が上書きされ消えてしまう」
「通じたとしても肉体が頑丈だからほとんどダメージを受けないし、再生能力ですぐに元通りになってしまうらしいけれど。
『試したことはないけれど、核爆発に巻き込まれても大丈夫』なんですって。
熱量制御魔法で熱は一切効かないから」
「…………」
(それって、私の『ヘヴィ・メタル・バースト』でも焼けないってコト!?
プラズマも突き詰めれば熱の塊だし!)
昼休み。達也と深雪の話を聞きながらリーナはどんどん顔を青くしていく。
その内心を達也は察していた。彼女は九島の血筋であり、九島家の幻術魔法『仮装行列』を習得し多用しているらしい。
おそらくそれでシリウスとしての正体を隠しているのだろうが、幻術が通じないということはシリウスとして一度でも六道の前に立てばアウトになるかもしれないのだから。
「で、でも常にってのは言い過ぎなんじゃない?そうよ、寝てる時とか……!」
「君は睡眠時につかれるからと呼吸を止めるか?
彼女にとって『魔法を使う』とはそういうことだ。
そして彼女の魔法には疲労回復や自己治癒力の強化も含まれているから、回復量と消耗のつり合いが取れているらしい。
公の場での魔法の使用は厳禁だが、だから平時の彼女は魔法の効果範囲を『自分の体の内側だけ』に留めている。皮膚一枚の下までにな」
「自分の体の中は『公の場』ではないと……言葉遊びと屁理屈が得意な方なのよ。
でも学校とご自分の財閥系列の病院以外にはほとんど出かけないから、まかり通っているのでしょうけど」
「そもそもの話だが、彼女は基本的に休息や睡眠を必要としないそうだ。
魔法の回復で疲労は取れるらしいからな。時折、数分目を閉じていることがあるくらいか」
「へ、へぇ~~……」
リーナの声がどんどん小さくなっていく。
(ど、ど、どうすればいいのっ!?少なくとも当初の計画で押し通すのは無理じゃない!?)
リーナもまた戦略級魔法師であり、スターズという世界最強の魔法戦闘集団の総長だ。
だが直接的な戦闘能力はともかく、魔法そのものの出力は他の戦略級魔法師とそこまで大きな差があるとは思えない。であればリーナの魔法もまた六道には通じない。
『魔法師殺し』相手に『魔法戦闘集団』のスターズでは相性が悪すぎる。
そして彼女は常時臨戦態勢であり、連れ出そうにもどこにも出かけないし、眠らないし隙もない。
そんなリーナを、達也と深雪は微笑みを浮かべて優しく見守っていた。実にいい笑顔であった。
六道は彼らの保護者であり恩神。六道に敵対するのならば彼らにとっても敵である。
そしてこの二人は敵に対して容赦がない。だから意図的に六道の脅威を伝えることで速やかに彼女の心を折ろうとしていた。
尻尾を巻いてとっとと帰れ。ぶぶ漬けでも食べなはれ。
だがリーナが諦めることは許されない。USNA軍では『六道リンネの身柄の確保は国家規模で取り組むべき超重要課題』に位置付けられている。
日本国内ではその医療の腕と横浜での活躍を称えられている彼女だが、国外ではそれが畏怖へと反転している。
『
銃撃を受けても魔法を受けても倒れぬ不死の軍勢を作り出し、神にしか許されぬ死者の蘇生すら容易く成し遂げる彼女は『人の命を司り弄ぶ化け物』と認識されている。
敵にするには恐ろしすぎて、しかしだからこそ他国からの侵略に対する抑止力となる。
かく言うリーナも彼女の噂を真に受けて、交渉任務を命じられた際仮面の下でめちゃくちゃ怯えて渋った。
実際に第一高校にやって来てからも一部の生徒がとんでもなく彼女に怯えているので、リーナの恐怖はまだ払拭されていなかったりする。
「……あら?どうしたのかしらリーナ?」
「っ!なんでもないわ!その……残念だなって!
そんなにスゴイ魔法師なら、是非個別指導を受けてみたかったもの!」
リーナは必死に空元気を出して誤魔化す。
本当は個別指導なんて恐ろしくて受けたくないが、留学生が『学びたくない』なんて言えないし何より彼女と仲良くならなければならないのだから。
「……仮に六道教諭がいても君は参加できなかっただろう」
「アラ、どうして?アナタと友人たちはいつものように訓練を受けていたと聞いてるケド?」
「彼女の本格的な指導を受けるには、二つの条件をクリアしなければならないんだ」
一つは、修行に伴う苦痛を受け入れること。
彼女は訓練であろうと容赦なく攻撃し、時に四肢すら消し飛ばす。最終的に彼女の魔法で完治してもらえるとはいえ痛いものは痛い。
落ちこぼれと馬鹿にされている二科生だろうと、国立大学付属の魔法科高校に入学できる時点でエリートだ。才能に胡坐をかいて育った性根が甘ったれな生徒の大半がここで脱落する。
だが例えば七草と十文字、この二人は十師族だ。命を懸けて戦う覚悟などとっくにできている。苦痛程度で怯みはしない。
しかしもう一つの条件が彼らをはじめとした、魔法師の名家の子女たちの参戦を阻んでいる。
「二つ目は、『自分の魔法と魔法適性が彼女に筒抜けになることを許容できるか』だ」
「は……?」
「六道教諭の解析力は伊達ではない。直接対峙しその魔法を間近で受けてしまえば完全に構成を理解してしまう。
だからこそ的確な指導ができるわけだが……君の使う魔法は、簡単に外部に明かしてもよいものか?」
「……!」
彼女の下で強くなるためには、恥や外聞だけでなく余計なしがらみまで全て捨て去らねばならない。
だから一般市民出身者、どうしても強くなりたい理由がある者、家から理解を得られている者、家との関係が険悪だからその意向を無視している者たちで構成されている達也たちのグループは優遇される形になる。
他に積極的な指導を受けているのは1年の森崎や2年の桐原や壬生くらいだ。
対してリーナはUSNA軍の魔法師。扱う魔法は国家機密だらけ。絶対に漏らせない。
「……まぁ、直接戦闘をせずともアドバイスくらいはしてくれるさ。
君が留学を終えるまでに、教諭に時間の余裕ができればだがな?」
「っ、えぇ、そうね……」
個人的に六道と連絡を取り続けている達也たちは、彼女の事情が今のところ解決する目途が立っていないと聞いている。
その内容はどうしても明かせないらしく、彼女の力になれないことも日常の一部になっていた訓練が受けられないことも不満ではあるが、リーナという異物が紛れている状況では好都合ではあった。
このまま何事もなく、時間が過ぎてくれればと願っていた。
しかし事態は動き出す。
ある日を境に今度はリーナも学校を休みがちになり。
そして彼らの友人であるレオが何者かに襲われ、病院に運び込まれたと連絡があった。