『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第34話

 

誰でも魔法が使えるCADの公開から数日後。

平時の魔法協会を知る者から見れば異例のフットワークの早さで緊急師族会議の開催が決定された。

通常の師族会議は初日が十師族当主の会談、二日目が十師族候補となり得る師補十八家も集めての十師族選定会議となる。

だが今回は二日目はなく一日だけ、参加者は十師族の当主のみだ。

十師族に名を連ねる者だけに通達された会場に日本魔法師たちの頂点である十人が集う。

 

一条家当主 一条剛毅

二木家当主 二木舞衣

三矢家当主 三矢元

四葉家当主 四葉真夜

五輪家当主 五輪勇海

六道家当主 六道リンネ

七草家当主 七草弘一

八代家当主 八代雷蔵

九島家当主 九島真言

十文字家当主 十文字和樹

 

それぞれの思惑は様々だが、十人の内の九人の意識は残る一人、六道に向いている。

緊急師族会議と銘打っているが魔法協会の狙いは明らか。

『六道が発表したスピリットと誰でも使えるCADを、十師族内で管理させその権利をどう分担するか決めさせること』だ。

六道以外の十師族たちは当然その思惑を理解しており、その前提で思考を巡らせている。

彼等は六道が会見にて口にした共同管理・開発の相手が自分たち十師族であると思い込んでいた。

 

七草は、自分が担当する関東で勝手な真似をした点を突いて少しでも交渉を優位にしようと目論んでいる。

九島は、父である烈と仲の良い彼女なら九島家を優遇すると信じて疑っていない。

五輪は、己の家が抱える戦略級魔法師の澪を救った六道リンネに全面協力するつもりだ。

十文字は、この後で優秀な医者である彼女にお願いしたいことがあるので少し思考がそれていた。

四葉は、普段の妖艶な笑みすら見せずただ目を伏せ不気味な沈黙を保ち続けている。

 

「……時間です。では、師族会議を始めます」

 

「早速えぇか?」

 

この場において最高齢であり、十師族を設立した九島烈の息子である九島真言が会議の開始を宣言する。

直後六道が手を挙げた。今回集まった理由を考えれば彼女の説明がなければ始まらないと、発言を認めた。

 

 

 

「儂、十師族抜けるわ」

 

 

 

「「「「「…………は?」」」」」

 

スピリットとCADについて話すものと思い込んでいた面々は耳を疑い思わず聞き返す。

 

「い、今、なんとおっしゃった……!?」

 

「『六道家は十師族を抜ける』。そう言った」

 

「どういうおつもりですかっ!?」

 

「どういうもなにも、当たり前じゃ。魂胆丸見えすぎるわ。

 スピリットとの関係構築とCADの開発、これらに十師族の協力も魔法協会の協力も必要ない。

 だと言うのになぜ利権だけ献上せねばならぬ?」

 

「利権だけではない、危険で影響力の大きなものだからこそ、相互監視を……!」

 

「共同管理と言い出したのは貴女であろう!?」

 

「誰がお主らを頼ると言った?

 全員とは言わぬがな、儂は十師族も魔法協会も信用できぬ。

 スピリットとCADの権利を渡せば独占管理に走る未来しか見えぬわ。

 となれば、それを強制してくる組織から抜けるのは当然であろう?」

 

「まさか、魔法協会からも脱退するおつもりか!?」

 

「協会の支援なく、どうやって自家の維持を……」

 

魔法協会から抜けるということは、国から『魔法師』として認められなくなるということだ。

つまり協会の匙加減で公の場での魔法の使用を禁じられることになる。

故に協会からの追放は魔法師に対する非常に重い罰として機能しているというのに、自らそれを望むとは。

 

「CADの開発と所有は禁じられない。魔法師でない者もCAD開発事業には参入しとるからな。

 であれば計画は問題なく進めることができる。

 それに、魔法師でなくなるとしてもしばらくの辛抱じゃろうしな」

 

「しばらく、だと……?どういう意味か?」

 

「おいおい、十師族が何のために生まれたか忘れたか?」

 

かつて九島烈は、魔法師の『人として生きる権利を守るため』に十師族という制度を立ち上げた。

当時の魔法師は兵器として酷使されており、人間と見なされていなかったのだ。現代でも一部の非魔法師の人間たちはそのように考えている。

 

だが六道が誰でも魔法が使えるようになるCADをばら撒けば、やがてこの国の誰もが魔法師になる。

差別する側とされる側の境目が無くなってしまえばわざわざ権利を主張するまでもない。

そして今の魔法協会に国民全てを管理できる能力はなく、また管理できる権限が与えられるはずもない。

いずれ国が正式な組織を立ち上げそちらが総括することになるだろう。

 

「そして、魔法協会が、消える……!?」

 

「だから抜けても構わぬと!?」

 

「視野が狭いな。なぜ消えるのが協会だけで済むと思う?

 もう一度尋ねるぞ。烈は何のために十師族という制度を作り上げた?」

 

魔法師が人として生きる権利を守るため。ならば

 

 

 

「誰もが魔法師となった世界に、『十師族』は不要であろうが」

 

 

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

「役目を終えても魔法組織の重鎮として形だけは残るじゃろう。

 されど今ほどの権限も責務もなくなり、名誉職の面が強くなる。

 よかったな。ようやく肩の荷がおりるぞ?」

 

そしてこの流れはもう止められない。

六道は既に『誰でも魔法が使えるようになる未来』を人々に提示してしまった。

ここで他の十師族や魔法協会が彼女の歩みを阻めば、怒り狂った国民がどのような手段に訴えるか想像するのも恐ろしい。

 

「理解できたか?十師族という制度は形骸化し、事実上間もなく消える。

 ならば少し早めに抜けても問題あるまい。

 元々儂は烈に頼まれて留まっていただけじゃからな。これで義理は果たした。

 お主らも今後の身の振り方を考えておいた方がいいぞー」

 

席を立った六道は呆然とする面々を置き去りにしてさっさと会議室を退出していった。

 

その中で七草だけが、鋭い顔を崩さず眼鏡を少しだけ持ち上げた。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「待って」

 

「お?」

 

誰もいない廊下を歩く六道を呼び止めたのは、先ほどまで同席していた一人と同じ顔を持つ者。

そして見知った少女と似た雰囲気を漂わせる者。

 

「まさか来ておったとはな。揃って姿を晒してよいのか、『不可侵(アンタッチャブル)』?」

 

「誤魔化さないで。質問に答えて」

 

四葉……いや、司波深夜。

四葉家当主である四葉真夜の双子の姉であり、達也と深雪の『元』母親。

 

彼女は記憶にない、しかしあまりに自分と似すぎている少女の正体を確かめようと動き、そして彼女とその兄が暮らしている家が六道のものであることにまでたどり着いていた。

だから彼女は六道に真実を問い詰めるために、無理を言ってこの師族会議の場にまで足を運んだのだ。

 

「司波深雪と、司波達也。あの二人は私の子供なの?」

 

「あぁ。彼等の素性を知る者の記憶を差し替え、記録を書き換えた」

 

深夜の追求に、六道は隠す事なくあっさりと答えた。

深夜は精神干渉系魔法を得意とする己の記憶すら気付かれぬうちに書き換えたという六道との力の差に恐怖するが、それ以上の激情をもって彼女に食い掛る。

 

「どうして……どうしてそんなことをしたの!?」

 

「彼らがそれを望んだからじゃ。

 懇願されたのよ。『四葉から解放してくれ』とな」

 

「だからって……ひどい……ひどすぎるわ……!

 私の子供たちを、返してよぉ……!」

 

涙を流しながら己の白衣の裾に縋りつく深夜を、六道は冷めた眼で見ていた。

 

深夜は達也と深雪が自分の子だと確信している。

だがこうして不安げに問いかけて来たこと、そしてその取り乱しようから推測するに。

おそらく、彼女は。

 

 

「……儂が使った能力はな、記憶を消去しているわけではないのよ」

 

「え……?」

 

「例えるなら元となる記憶の上に、別の記憶を描いた紙を張り付けているようなものか?

 隠そうとする元の絵が大きいと、張り付ける紙も大きくしなければならぬ。

 紙が大きくなればなるほど『ふち』が長くなるから剥がれやすい場所が増え、剥がれてめくれた紙の下から元の絵が顔を出し始める。

 その絵が当人の心を強く揺さぶる記憶であれば、張り付けた絵はその拍子であっさりと剥がれてしまうんじゃ」

 

「何が、言いたいの……?」

 

 

「あの子らが己の子だと確信しているのに、何故貴様は記憶が戻っていない?」

 

 

「えっ……?」

 

「大勢の記憶を一斉に書き換えたんじゃ。一人一人の強度は決して高くない。

 確信を持つほどに張り付けた紙が剥がれかけているのに未だ記憶が戻らぬとしたら……」

 

 

 

「剥がれかけても出てこないほど、貴様の中の『達也と深雪との思い出が小さい』んじゃよ」

 

 

 

「……!?」

 

深夜だけではない。

おそらく彼女が己の推測を伝えたであろう真夜や他の四葉の関係者たちもだ。

彼女らの中にあるのは二人に関する『記録』のみ。記録はただの情報であり、感情を揺さぶることはなく記憶を取り戻すきっかけにはならない。

そして彼女らの記憶の中の達也と深雪は『簡単に覆い隠せてしまうほど小さな絵』でしかなかった。

 

「貴様が全てを思い出し、四葉全体が心を入れ替えると誓うのならば達也たちの説得を手伝うつもりであったがな……。

 まさかスタートラインにすら立てぬとは。それでよく『子供を返せ』などと言えたものよ」

 

「そ、そんな……」

 

「儂が奪ったのは『己の子らと過ごした幸福な日々の記憶』と思い込んでいたか?

 哀れじゃな。そんなものは最初から貴様の中にはない。

 紙を剥がしたところで出てくるのは『貴様らが子を虐げ、子に見限られた記憶』だけじゃ」

 

「あ……あぁぁ……っ」

 

「……そのまま忘れていろ。その方が貴様にとって幸せじゃ」

 

深夜は六道を掴んでいた手を力なく離し、そのまま掌で顔を覆って泣き崩れた。

六道は深夜に構うことなく、背を向け立ち去った。




月島さんは織姫たちの記憶に自分の存在を差し込んだり、銀城を始めとした仲間たちから一時的に自分の記憶を消したりしていました。
これを作者は『対象の記憶のページに自分を描いた絵を張り付けたり真っ白な紙で絵を隠したりしている』と解釈しており、ヒノカミはそれをさらに大きな規模で行うことができるとしています。
張り付ける紙がけた外れに大きく、地球を対象にすることで『地球の記憶=アカシックレコード』の差し替えが可能です。
でも上から張り付けてるだけなので、剥がすことはできるしふとした拍子に勝手に剥がれたりもします。
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