『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第37話

 

「……ふむ、このくらいの出力がベストか。

 これ以上は俺自身が成長せねば使いこなせそうにないな」

 

何度か掌を握り感覚を確かめた鬼人は、ゆっくりと辺りを見渡す。

周囲には凄惨な破壊の跡と無数の血と残骸、そして無傷の魔法師たちが転がっていた。

 

達也はまだ六道リンネのものを模倣した武装を手に入れたばかり。

ようやく具現化が安定して行えるようになったが、使いこなすには程遠い。

とはいえもはや軍人でもない彼が焦って力を求める理由はないが、こうも都合の良いサンドバッグがやってきてくれたのだ。

達也は彼らをミンチにしてはその度に元通りに復元し、少しずつ出力を落としてようやく調整を終えた。

 

「ありがとう、スターズ諸君。

 おかげで俺は戦士として更に高みへと至れた」

 

六道の場合は人間の蘇生は『不可死犠』、物体の再生は『刻思夢想』で行う。

しかし達也の場合は『不可死犠』を練り込んだ『復元』でまとめて行える。

24時間というタイムリミットはあるが、気軽に扱えるという点では達也の方が六道よりも優れていた。

 

だが六道であろうと達也であろうと、破壊された者たちの精神までは戻すことができない。

圧倒的な力で殴られ、砕かれ、圧し潰され、何度も死と苦痛を味わい、USNA軍が誇る精鋭部隊は完全に心が折れてしまっていた。

ただ一人を除いて。

 

「……今までの暴言を詫びよう。アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 まさかこれでも屈さぬとは。間違いなく君はアメリカ最強の魔法師だ」

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

十文字槍を模したCAD『ブリオネイク』を支えにして立ち上がったリーナは、改めて穂先を達也へと向ける。

既に彼女の仮装行列は解除されており仮面も吹き飛んでいた。

 

「当たり、前でしょ……っ!私は、スターズのシリウス……!

 スピリットを確保し、必ずアメリカへと持ち帰る……!」

 

「と、言う理由だけで立ち上がれるほど生温い地獄ではなかったはずだ。

 ……何が君を突き動かす?」

 

「でなきゃ何のために、フレディたちは死んだのよ!?」

 

それはアメリカでパラサイトに寄生されリーナが処断した、彼女の戦友の名。

 

「敵討ちは、もうできない……でもせめてアメリカの未来へとつなげてみせる!

 じゃないと無駄になっちゃう……私が殺した皆が、本当にただの無駄死にに……!」

 

「…………リーナ、君は軍を辞めた方がいい。

 優しすぎる君に、向いているとは思えない」

 

鬼人は武装だけを維持したまま脱力し、その場に棒立ちになる。

 

「当ててみろ」

 

「!?」

 

鬼人は先ほどまで眼にも止まらぬ速さで飛び回っていたため、リーナたちは魔法を当てることすらできなかった。

リーナは『当たりさえすれば』と何度も口にしていた。

であれば今の彼の挑発の意図は明らかだ。

 

「……ぁぁぁぁぁああーーーーーッ!!」

 

十三使徒アンジー・シリウスの戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』。

重金属を変換して放つプラズマビームは真っすぐに鬼人の胸へと吸い込まれていき。

 

そして霧散した。

 

「伝えた通りだ。俺たち六道は『熱量制御魔法』の大家。

 ……干渉力以前に熱を主体とした攻撃そのものが通用しない」

 

「…………っ」

 

脱力し無防備な姿を晒した相手に直撃させても傷一つ負わせられない。

戦略級魔法師という自負すら砕かれ、負担の大きい魔法の使用による消耗も重なってついにリーナも膝をついた。

 

 

「……聞こえているか、スターズの指揮官殿」

 

 

達也はおそらくこの戦場を監視しているであろう、スターズの上司へと声を投げかける。

彼の予想通りスターズの装備を通じて『ヴァージニア・バランス大佐』が会話を傍受していた。

彼女のいる司令室から逆に音声を送ることもできるが、沈黙を貫いた。

 

「……聞こえているという前提で続けさせてもらう。

 一つ確認しておきたいことがあってね。スピリットに関するものだ」

 

アメリカ側も当然、六道の記者会見は聞き及んでいるはず。

彼女は『スピリットを祀り鎮めることで和魂と成し、人々の信仰を糧として強大な神霊に育て上げる』と宣言していた。

アメリカでも同じようにスピリットを利用することを計画しているのであれば。

 

 

「貴国は国教を改める準備ができているのかね?」

 

『…………っ!?』

 

 

スピリットが己の存在を維持するには、人間たちの精神エネルギーが必要だ。

六道はそれを『人々の信仰心』で代用する計画を立てた。

一人当たりの捧げるエネルギーが僅かでも、数千万もの人間が感謝と祈りを捧げればそれはとんでもなく強大なエネルギーとなり、スピリットを神霊にまで育て上げることができる。

そして大きく育ったスピリットから欠片を分け与えてもらうことで人々に魔法という恩恵が行き渡り、人々はスピリットに感謝する。

この好循環による共存共栄が、六道の描いた計画だ。

 

だがアメリカの国教はキリスト教であり、他宗教の神を神と認めない。

アメリカ国民では、スピリットに信仰を捧げることができないのだ。

 

仮にスピリットを強奪し、欠片を削り取ってCADを作ることができたとしよう。

だが信仰心というエネルギー補給がないスピリットは削り取った分だけ小さくなる。

そしてCADは消耗品。数年使い続ければ交換しなければならない。

繁栄は一時的であり後に続かないのだ。

 

「スピリットと共存共栄できるのは現時点で『日本だけ』だ。他の国では生きられない。

 盆にあの世からの死者の霊魂を迎え入れ、クリスマスにキリストの生誕を祝い、年明けには神社へ向かい神に祈りを捧げる。

 『八百万の神』の一つとしてなんでも神格化し崇めてしまう節操のない宗教感覚を持つ日本社会でなければ、スピリットを神の一柱として受け入れることができないのだ」

 

『……では、我々がスピリットを連れ戻したとしても……!』

 

「荒ぶり人を襲う怪物へと逆戻りするか、存在する力を失い自然消滅だ。

 仮にアメリカが再び実験を行い、異なるスピリットを呼び寄せることができたとしても同じこと。

 そして恩恵をもたらす神を奪ったアメリカを、日本は決して許さない」

 

『……!』

 

思わず通信を繋ぎ問いただしてしまったバランス大佐を、達也は冷徹に突き放す。

 

最初からアメリカが得るものなど何もない。

世界の覇権を狙うアメリカからすれば日本の発展を妨害することが無意味とは言わないが、日本との関係は致命的なまでに悪化し最悪の場合は戦争にまで発展する。

足の引っ張り合いの行き着く先は共倒れだ。

 

「何よそれ……じゃあ最初から、全部無駄だったんじゃない……!」

 

現実を突きつけられ、リーナもついに折れてしまった。

CADを取り落としてへたり込み、天を見上げさめざめと涙を流し続ける。

 

「…………」

 

ほんの少し前まで同じように従軍し兵士として利用されていた達也は、彼女を憐れんでしまった。

能力があるばかりに道を定められ逃げることは許されず……しかし彼は救い上げられた。

 

「…………指揮官殿、一つ提案があるのだが」

 

だから達也はスターズ……いやアメリカにとある話を持ち掛けた。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「おかえりなさいませお兄様……リーナ?」

 

「ミユキ……そうよね、タツヤが六道ならアタナもそうなるのよね……」

 

本宅へと戻ってきた達也の後ろには消沈したリーナがいた。

彼女一人だけだ。他のスターズは先ほどの戦場で待機してもらっている。

 

「本宅の結界の中では、通信は繋がらない。

 ここでの会話は軍でも傍受できない。

 そして今から見るものは秘密にしてもらう」

 

「なによ……なにを見せようっていうの?」

 

「……会わせたい者がいる」

 

「お兄様、まさか?」

 

玄関を通り抜け、深雪とリーナを連れて奥へと進む達也。彼はとある一室の襖を開けた。

 

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 

 

彼等を迎え入れたのは六道リンネの面影を持つ、小柄な少女だった。

 

「……ドナタ?この子も六道なの?」

 

「リーナ。彼女が『スピリット』だ」

 

「……ハァ!?」

 

スピリットは肉体を求める際に完全な自由ではなく、引き続き敬愛する神に仕えることを強く望んだ。

説得するも揺らがず、根負けした六道リンネは『ヒノカミの端末』を複製しスピリットに与えた。

スピリット本体に性別はなく自我も薄く、寄生した肉体の精神に影響を受けて人格が定まるらしい。

なので最初から魂がない空の器に宿ったスピリットは純粋で素直、そして無垢な性格となっていた。

今のスピリットは『この世界に生じた新たな神』であり、『ヒノカミの従属神』であり、同時に『ヒノカミの巫女』なのだ。

 

「さぁ、お前も彼女に言うべきことがあるだろう」

 

「……はい。かしこまりました」

 

達也に促されて仇敵が近づいてくる。

リーナは思わず迎撃しようとして、しかし疲労で満足に魔法は使えない。それでもせめてもの抵抗として彼女は一歩引いて身構える。

そしてリーナの目前で立ち止まったスピリットは。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

頭を下げた。

 

「……え?」

 

「私はこの体をいただいてから今日まで、この世界の社会と人としての道徳を学んできました。

 そちらに照らし合わせれば、以前の私の振る舞いは非難されるべきものでした。

 そして『悪いことをしたら謝りなさい』と、主君より教わりました。

 ですから……ごめんなさい」

 

 

 

「……なによ……なによそれ……!

 謝られたからって、そんな……っ!」

 

リーナの胸に湧き上がるのは怒りではなかった。

彼女も納得できてはいなかったが理解はしていたのだ。スピリットをこの世界に連れ攫ったのは自国の実験によるものだと。

軍人として任務に私情を挟むべきではなく、罪を裁く資格など最初から持ち合わせていないことを。

 

幼い少女の姿を取り真摯に謝罪する目の前の『人間』に対し暴言や暴力を振るうことなど、優しすぎる彼女にはもうできなかった。

 

「っ、う、あ、あぁぁぁぁーーーーっ!!」

 

膝をつき両手で顔を覆い大粒の涙を流し続けるのはどこにでもいる普通の少女だった。

 

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