己の一族を、己で殺す?しかもその蘇生を綱手に要請する?
言動が矛盾だらけだ。黙って聞いていたヒノカミとシズネも思わず声を上げてしまった。
「……詳しく話せ」
しかし綱手の興味は引けたようで、彼女はイタチに続きを促す。
「我がうちは一族を、止めるためです」
事の発端は7年前、九尾の復活にまでさかのぼる。
これは木の葉の忍びの中でも一部しか知らぬ極秘事項だが、どうやらクシナの中に封印されていた九尾を解き放ち暴れさせた下手人がいたらしい。
その者はうちは一族にしか開眼せぬ『写輪眼』という特殊な瞳を持っていたようだ。そしてその力で九尾を暴走させた。
故に木の葉上層部は事件以降、うちはを『里を壊滅させようとした危険な一族』とみなし始めた。
当然、うちはは否定した。
だが木の葉上層部はその言葉を信じず、露骨にうちは一族への締め付けを強めていった。
もっともらしい理由をでっちあげて里の一画に隔離し、厳重な警戒を敷いて常に監視した。
うちは一族の忍びを里の中枢の要職から少しずつ遠ざけ、地位をはく奪し、資産の流入の妨害も始めた。
そこまでやられてうちは一族が黙っていられるはずがない。彼等は木の葉へのクーデターを計画し始めた。
長であるフガクは何とか皆を鎮めようとしたが説得できず、ならばせめてと会議の意見を誘導し無血開城を前提とした計画を立案させた。
だが里を揺るがすほどの騒動が起きてしまった時点で里は大いに荒れる。その隙を他国が見逃すはずがない。
クーデターそのもので血が流れずとも、木の葉の平穏は破られ結果として多くの血が流れることになる。
『共に木の葉に革命を起こそう』と呼びかけてきた『うちは一族』か。
『里の平穏を乱す者共を始末せよ』と命じてきた『木の葉の里』か。
うちは一族であり木の葉の暗部に属するイタチはそのどちらかを選び、どちらかを諦めるしかなかった。
だが心優しい彼はそのどちらも選べなかった。
どちらも生かす方法がないかを必死に模索し、一筋の道を見つけた。
まずは木の葉の里の命令に従い、暗部としてうちは一族を斬り捨てる。
ただし容易に蘇生ができるように可能な限り遺体に損傷を残さずに。
そして木の葉の里が何らかの介入を行う前に、『偶然里に戻ってきていた』綱手に乱入し蘇生してもらう。
例え全員蘇っても一族虐殺などと言う惨事が起きれば木の葉の里の民の注目が集まり、うちは一族は不穏な動きはできなくなる。
イタチが暗部であることはフガクを始めとした一部の者たちは当然知っている。クーデター計画が里に露見していたことも思い知るだろう。
おまけに彼らが当てにしていた天才忍者イタチという戦力の喪失も重なれば、クーデターを起こそうなどという気概は徹底的に削がれるはずだ。
そして事件によりうちは一族への民の注目が集まると言うことは、木の葉の里も露骨な迫害や締め付けは難しくなる。
クーデターを起こさず踏みとどまったのならば里が物理的な衝突と排除に踏み切るのは説得力が弱い。
これがうちはイタチという少年が一人で考え抜いた、『里』と『一族』の両方を守る方法だった。
「確かにそれならば里を荒らさず、一族を延命できるかもしれない……だがお前はどうなる?」
『里の命令だった』などと公言できるはずもない。
里を守るためにと心を殺し任務に殉じたイタチは、一族を虐殺し木の葉を裏切った大罪人と認識されるだろう。
仮に里からの脱出に成功したとしても全国に指名手配され、木の葉どころかこの世界のどこにも居場所は無くなる。
「そのまま、とある組織への潜入任務を行うよう命じられております。
暗部として、そちらの詳細は明かせませぬ」
「全て織り込み済みか……ダンゾウめ……!」
綱手は暗部のトップ、イタチに一族虐殺を命じた男の顔を思い浮かべ吐き捨てる。
「それでいいのか……お前は本当にそれでいいのか?
己の父母すらもその手にかけるというのか?」
「家族の……弟の未来に、繋がるのであれば」
「…………」
伝え聞く限りだが、うちはの怒りがそこまで強く燃え広がっているのであれば手遅れだ。
綱手が里に戻りその剛腕を振るってダンゾウを物理的に止めたとしても、うちは一族はもはや止まるまい。
そして一族を止めるためにも、この少年もまた止まらない。
「……わかった。応じよう」
「ありがとうございます……!」
綱手はイタチの覚悟に胸打たれ、一度だけ主義を曲げると決めた。
「…………」
二人のやり取りを、ヒノカミは無言で見届けていた。
――――……
その日、うちは一族の少年『うちはサスケ』は忍者学校に居残りをしていた。
手裏剣の訓練に熱が入りすぎてしまい、帰宅する頃には大きな満月が昇り、うちは一族が暮らす街を照らしていた。
無慈悲に降り注ぐ月の光は、街の至る所に打ち捨てられたうちは一族の死体を浮かび上がらせていた。
「な……何だよ……コレ……!」
サスケは血なまぐさい街を駆け抜け家へと戻る。
リビングに繋がる扉の向こうからは人の気配を感じる。
「父さん!母さん!」
「サスケ……来てはいかん!」
父の声が聞こえた。まだ生きている。
ガキィン!
「!?」
扉の向こうから激しい金属音が聞こえた。
もしかしたら皆を殺した犯人と父が戦っているのかもしれない。
サスケは恐怖に動かぬ体を奮い立たせ、扉を開けた。
「父さん、母さん……兄さん!?」
負傷しているらしく蹲る両親の前には、和服を着た誰かの小さな背中。
その更に向こう側には血塗れの刀を握り全身に返り血を浴びた忍び装束の兄の姿があった。
「一体、何がどうなって……!?」
「ぐ……君は、一体……!?」
どうやら両親も素性を知らぬ人影は少女であるらしく、右手には小さな石剣を握っている。
状況から、先ほどの音はイタチの刀と少女の石剣がぶつかった音だと察した。
だが、おかしい。
どうして『兄が両親に刃を向け』、『少女が両親を守るように立ちはだかっているのか』。
「…………」
努めて無表情を保っていたが、内心で驚愕しているのはイタチもだった。
目の前の少女は彼が依頼し共に里へとやってきた綱手の付き人。
そして打ち合わせでは、綱手がこの場へと駆け付けるのはもう少し後だ。
なのでこの少女が姿を現すとしたらそれは綱手と同時であるはず。
『……もう、いい』
「!?」
眉間にしわを寄せ悲しそうな眼で見つめてくる少女の声が、イタチの耳にだけ響く。
『もう十分じゃ……心を殺さずとも良い。
家族までその手にかけずとも良い……!』
綱手の実力ならば、イタチを倒して止めることができる。できてしまう。
だから彼女がやってくるのはイタチが逃げ終えてからでなくてはならない。
そしてイタチは逃げる前にうちは一族を全員殺さねばならない。
特に、里の長である父フガクは絶対に。
その全てを覚悟してイタチは今、殺人鬼として振舞っている。
だが彼の悲痛な心の叫びが、助けを求める声が、ヒノカミの耳には届いてしまう。
『お主の罪は儂が見届けた。
お主はここで、儂が罰してやる。じゃから……!』
「歯ぁ喰いしばれ……!」
「「「!?」」」
いつの間にか少女の左腕に巻かれた帯が巨大な腕を形作り、イタチを正面に捕らえて引き絞られていた。
「……『帛手割砕』!!」
イタチが避ける暇すら与えず、彼の身の丈に迫る巨大な拳がその身へと叩きつけられる。
打ち出されたイタチは家の壁を突き破っても減速することなく、里の遥か遠くへと飛ばされていった。
その軌跡が輝く光の筋となったのは、帯の拳が激突すると同時に白い癒しの炎が施されていたから。
これでイタチが里から離れたことは、うちはの街を監視していた暗部の者たちにも伝わっただろう。
「「「…………」」」
サスケとその両親が困惑し沈黙すると間もなく、にわかに外が騒がしくなった。
事態を聞きつけ駆け付けた何も知らぬ木の葉の忍びたちが目にしたのは、『偶然こっそりと里帰りしていた』ことになっている綱手とその付き人シズネ。
暗部が行動を開始するよりも早くこの場に割り込み治療を開始した綱手により、うちは一族は誰一人欠けることなく黄泉がえりを果たした。