五代目火影就任が決定した綱手が極秘裏に会議を開いた頃から少しだけ時間を遡る。
綱手が火影となり忍びに戻るというのなら、ヒノカミはもう彼女と共にはいられない。
里に留まっていてはまた何かを目にして激昂してしまうかもしれないから。
とはいえ綱手の動向には常に目を光らせておかねばならない。里を離れるが遠方より定期的に監視するつもりだ。
彼女が忍びを辞め復帰する意志がなかったからと、ヒノカミは綱手に己の力の火種を渡してしまっている。
そして綱手は既に火種を他人に渡せるまでに育て上げてしまっている。
火種にはヒノカミの無意識が宿っているが彼女の制御下にあるわけではなく、ヒノカミが眉を顰めるような外道でなければ継承は成功してしまう。
例えばヒノカミが殺そうとした三代目火影の猿飛ヒルゼンなどは適合するだろう。
木の葉の忍びの長としては失格だが、甘すぎるが故に外道になり切れない輩だったから。
綱手とは『忍びには火種を渡さない』と約束しているし、ヒノカミの性格を理解している彼女が不用意に火種を配るような真似はしないだろうが、他者に譲渡できる力の結晶の存在を知れば力を望む者はいくらでも出てくるはず。
強がっていても根の優しい綱手が部下たちの懇願を断り続けることができるだろうか。
それに火影となった以上は今までのように『人間同士の争いで生じた死者は蘇生しない』と突っぱねることもできなくなる。
火影として、里の民のために持ちうる限りの力を振るわねばならない。
その結果、綱手の蘇生術を頼りにした木の葉の里の強硬派が『死んでも生き返れるなら』と第四次忍界大戦に踏み切る可能性が高まってくる。
そして綱手が火影として配下の手綱を握り止めることができなければ……ヒノカミは今度こそ木の葉を潰す。
開戦を望んだ忍びを一人残らず殺す。家族がいようと、未成年であろうと、木の葉の忍びとして額当てを身に着けたのならば容赦なく。
里の外へと続く道の途中の今丁度目にしている、公園で無邪気に遊ぶ子供たちの笑顔を奪うことになろうともだ。
「……ん?」
公園にいる一人の子供がヒノカミの目に留まる。
他の子供たちが笑顔で遊ぶ中、離れたところにあるブランコの上に座り俯く小さな男の子。
「…………」
立ち止まったヒノカミは進行方向を公園の方へと変え、男の子へとまっすぐ近づいていく。
「混ざらんのか?」
「……?ねえちゃん、誰だってばよ……?」
黄色いぼさぼさの髪をした子供の眼は少し腫れていた。涙の後が目じりに深く刻まれている。
「旅の者じゃよ。今から里を出るところじゃったがの」
ヒノカミはそのまま子供の隣の空いたブランコに腰掛ける。
子供は目を丸くしてヒノカミを見上げてきた。
「ねえちゃんは、オレを怖がらないのか……?」
「怖がる理由がないな。怖がられとるんか?」
「わかんねぇけど、たぶん。
アッチで遊んでる奴らに近づこうとすると、大人たちが邪魔するんだ。
怖い目でこっちを見て、オレが声をかけようとした奴らを引っ張って離れてくんだ」
「そうか……お主、名は?」
「うずまき、ナルトだってばよ」
ヒノカミは彼の名前を既に知っている。彼のことを、彼以上に知っている。
この少年こそが九尾事件で犠牲になった四代目火影『波風ミナト』とその妻『うずまきクシナ』の忘れ形見であり、生まれたばかりのその身に九尾を封印した『人柱力』だ。
本来ならナルトは木の葉の里で英雄として扱われるべき存在であり、里のパワーバランスを担う戦力となりうる存在であり、里の民が総出で守り導かねばならぬ存在だ。
だがそうはならなかった。先ほどヒノカミが処したダンゾウの愚行によって。
ダンゾウはナルトが四代目の実子であることを隠し、『九尾の生まれ変わり』であるという噂を里に流した。
破壊された街と、綱手が蘇生できなかった犠牲者、そして何より四代目火影の死。
その行き場のない怒りをぶつけ民の精神の安定を図るためにと、四代目が誰より守りたかった息子を『人柱』にした。
『全ては里の平和と安定のため』というお題目で。
これもまた、ヒノカミがダンゾウを煉獄に落とした理由の一つである。
だから噂を真に受けた木の葉の民がナルトを忌み嫌うのは無理もないことである。無理もないことでは、あるのだが。
(だからと言って見過ごせるものかよ。
こんな子供を一人で……監視までつけおって……!)
ヒノカミは湧き上がる殺意を必死に抑える。
しばし見守ると決めたばかりなのだ。ヒルゼンが退きダンゾウが消え綱手が立った木の葉が変わっていくのはこれからなのだから。
なのでこれ以上余計な物を見てしまう前に、さっさと立ち去らねばならない。
「なぁナルト。お主、儂と一緒に旅をせぬか?」
「…………へ?」
とはいえ、今のナルトを放置する選択肢は彼女にはなかった。
「今日までは木の葉の出身者が儂の旅の連れだったんじゃが、里に留まることとなっての。
一人旅は寂しくてつまらぬ。連れを探していたんじゃよ」
「あ?え?でも、里から出ちゃ駄目だって、火影のじーちゃんから……」
「里の自由な出入りが禁じられるのは正式な忍びだけのはずじゃろ?
例え火影であろうと部下でない者の自由を制限する権利はあるまい。
……それに実は儂は、火影とは知り合いでの」
「じーちゃんの!?」
ヒノカミは笑うだけで言葉は口にしない。
彼女の知り合いは三代目ではなく、新たに就任した五代目のことだから。
「うむ。もし後からなんぞ言ってきたら儂がどうとでもできよう」
「で、でも、アカデミーが……立派な忍者になるなら修行しなきゃ……」
「……儂は忍びではないので忍術は教えられんが、強くなるための修行ならつけてやることならできる。
何を隠そう儂は『教導』の達人……つまりは先生であり、仙人でもあるからの」
「仙人?」
「幼く見えるじゃろうが、こう見えても立派な大人なんじゃよ。
正直忍びは好かんのでお主になってほしくはないが、争いの火種燻るこの世界で自衛の力はあるに越したことは無かろう」
そこでヒノカミはブランコから立ち上がり、ナルトの正面に立って手を差し伸べる。
「信じられぬとしても無理はなかろう。
じゃが僅かでもその気があるなら……この手を取ってみぬか?」
「…………」
ナルトはまだ7歳。突然妙な提案をされても理解できず決断もできない。
だが目の前の仙人を名乗る少女が自分に悪意を抱いていないことは察していた。
純粋な好意から手を差し伸べてくれた人間など数えるほどしかいなかった。
他者からの愛情に飢えていたナルトは、まとまらぬ思考のまま自分の掌をその上に乗せた。
直後、二人の姿が公園から消えた。
自分が暮らすアパートの一室へと転移したことでナルトはヒノカミが仙人であり修行をつけてくれるという言葉を信じ、彼女の旅に同行することを決意した。
すぐさま部屋の荷物をまとめ、二人は里の外へと転移した。
ナルトを監視していた二人組の忍びの一人は火影へと報告に向かい、もう一人はナルトの行方を捜して彼の住居へと突入した。
間もなくそちらも『もぬけの殻になっていた』という報告を火影の下に届けることとなる。
九尾の事件での死者が結果的にほぼいないので、里の民の感情は恨みより恐怖が強いです。
手ひどくあしらったりはしていませんが、陰口叩いたり意図的に無視したり距離を取ったり。
どっちにしろ子供には辛い対応ですね。親がいないとなればなおの事。
できる限り里の運営には無干渉でいようとしたヒノカミも、目の当たりにすれば見て見ぬふりはできませんでした。