「まさかアナタとやり合うことになるとはな、ヒナタ様」
「ネジ兄さん……」
同じ苗字を持ちヒナタはネジを兄と呼ぶが、この二人は兄妹という訳ではない。
二人は従妹であり、ヒナタが日向宗家の娘でありネジが日向分家の息子。
木の葉で最も古く優秀な血を持つ日向一族は、その血脈を守るため多数の分家を持つ。
そしてありがちな話だが、宗家の方が圧倒的に強い立場にある。
分家であるネジが宗家であるヒナタに複雑な感情を抱くのも無理はあるまい。
「ヒナタ様……アナタは忍びには向いていない。棄権しろ!」
「……」
「アナタは優しすぎる。今回の中忍試験も『三人一組でなければ受験できないから』と、仲間の誘いを断り切れず嫌々参加したのではないか?」
「違います……私が私の道を歩むために、強くなりたいと願ったから……」
「……努力は認める。実力も認めよう。
臆病で弱かったアナタが、今こうしてオレの前に立っている事実までは否定しない。
だがそれでも、アナタが忍びに向いていないという事実もまた変わらない」
ヒナタが大きく変化したのはおよそ2年前。
木の葉に戻ってきたうずまきナルトとつるみ、うちはサスケと共に修行をするようになってからだ。
かつて5つも年下の妹に敗れ実の父より『日向に不要な出来損ない』とまで言われた彼女は、しかしそこから劇的な成長を遂げ、正式に宗家跡取りとなっていた妹を封殺するに至った。
分家として肩身の狭い人生を送り、宗家のために犠牲となった父を見て『人は変われない』という考えを抱いていたネジは、相当な衝撃を受けた。
だがネジは間もなく『やはり人は変わることはできない』と落胆した。
ただの臆病者ではなくなった。実力もついた。だがヒナタは甘いままだった。相手を傷つけることをひどく躊躇してしまうのだ。
日向一族の操る『柔拳』は経絡系をついて相手の内部を攻撃し破壊する技だというのに、当人の生まれ持った性格がその妨げになっている。
故に『忍びとしては不適格』とされ、ヒナタは実力を手に入れても宗家の跡取りに戻ることはなかった。
まるでどれだけ力を得て『日向の天才児』などと持てはやされても、分家であるという事実は変えられない自分のようだ。
「もう一度言う。アナタは優しすぎる。……棄権しろ」
「……気遣ってくださって、ありがとうございます。
ですが私にも、譲れない想いがあります!」
「……わかりました。ならばその道、オレが阻む!」
「ネジ兄さん……勝負です!」
同じ技を使う二人は全く同じ構えを取り、試合開始の合図と共に前へと出る。
『白眼』という相手の内側を見抜く特殊な眼と、己のチャクラを全身のチャクラ穴から放出する技法。
この組み合わせで相手の肉体に己のチャクラを流し込む柔拳は、当てるどころかかすらせるだけで敵に致命傷を与えることができる。
故に柔拳同士の戦いとなれば『どちらが先に相手に触れるか』で勝敗が決まる。
年齢が上で性別が男であり、体格が良くリーチが長いネジの方が有利であると言っていい。
だがネジの攻撃はヒナタに当たらない。全て躱され続けている。
リーチで勝っても、力で勝っても、最高速度で勝っていても、『機動力』だけはヒナタの方が上だからだ。
ヒナタはミナトの指導を受け、本来の日向一族とは異なる戦法を確立するに至った。
それは『肉体からチャクラを放出する能力』を応用して『自分の全身各所からチャクラを放出して推進力とする』という高機動移動術だ。
『白眼という優れた瞳』を持つ者が急加速と急制動を自在に行えるのならば、敵の攻撃を躱すのも懐に飛び込むの容易。
そして相手が同じく体術使いならばこの上なく厄介な敵に映る。動きがあまりに不規則すぎて予測も対応も難しすぎるからだ。
『飛雷神の術』という移動法を用いた戦法を突き詰めた四代目火影だからこそ思いついた戦術と言えるだろう。
(っ、抜かれた!?)
(ここっ!!)
遂にヒナタがネジの懐に入り込む。彼女の拳が彼の胴体に触れるまであとわずか。
「甘いっ!」
「きゃぁぁっ!」
それでも日向の天才児であるネジには届かない。
本来チャクラ穴から放出するチャクラのコントロールというのは非常に難しく、優秀な上忍でも手や足の一部で行うのが精々。
ヒナタは柔拳を使いこなすことで全身からの放出を可能としているのだが、それはネジも同じこと。
彼は体中から放出したチャクラを纏ったまま全身を高速回転させ周囲を弾き飛ばしたのだ。
技の名を『回天』。本来は日向宗家の跡目だけに口伝される全方位絶対防御を、彼は独力で編み出した。
「まさかオレに『これ』を使わせるとは……だが無駄だ。
アナタではこの壁を貫くことはできない」
忍術ではなく単純なチャクラの放出というのが厄介だ。
印を結ぶ手間もなく、発動までのタイムラグがほとんどない。
もう一度ヒナタがネジに迫ったとしても、彼女の柔拳には回天を突き破るほどの出力がない。
「これが最後だ、ヒナタ様。……棄権しろ」
「くっ……!」
誰の目から見ても勝敗は決した。
ように思えた。
「頑張れヒナターーーー!」
「「!?」」
二階から身を乗り出して叫ぶナルトの声。
揃って視線を奪われネジは不快そうに眉を顰めるが、ヒナタの瞳には強い光が宿る。
愛しい人が、自分の勝利を信じているのだ。ここで立ち上がらずして何とする。
「……確かに、私の柔拳ではネジ兄さんには届きません」
「理解したか。ならば……」
「でも日向の柔拳だけが、私の力じゃない!!」
「なに……?」
「はぁぁぁぁーーーーっ!!」
ヒナタは右手を前に出し掌を上に向け、放出したチャクラを圧縮させ始める。
やがて彼女の掌の上にできた『もの』を目にして、参加者だけでなく観戦していた綱手や他の上忍たちまで驚愕に目を剥く。
「馬鹿な……アレは!?」
これもまた彼女が師であるミナトより学んだ技。
『チャクラの放出と操作』に長けた日向一族だからこそ習得が容易だろうと判断し伝授した、ミナトの開発した『チャクラの形態変化の究極系』。
「『螺旋丸』っ!!!」
「ぐぅぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?!?!?」
掌の中にあるチャクラの塊を維持したまま、全身から放出したチャクラを推進力としたヒナタが猛スピードでネジへと迫る。
ネジは危険を察知するが躱し切れぬと見抜き、全力全開で防御に当たる。
だが掌に収まるサイズまで圧縮されたチャクラの球体と、ネジの全身を覆う巨大な膜。
密度が違い過ぎた。炸裂した螺旋丸はネジの防壁を消し飛ばすにとどまらずその身を吹き飛ばす。
ドガァァァン!!
「がっ……はっ……ぐぅぅ……!」
舞台の端にある壁にひび割れを作って、ようやくネジは止まる。
血を吐き出して地面に崩れ落ちたネジは、震える体で必死に起き上がろうとする。
『まだ自分は戦える』。『早く立たなければ追撃が来る』。
四つん這いまで体を起こしたネジは苦悶の表情で顔を上げる。
「…………!?」
彼の視線の先で、ヒナタが倒れ伏していた。
審判のハヤテが近づき彼女の意識がないことを確認する。
『チャクラ切れ』だ。
ヒナタの保有するチャクラの量は決して多くない。
なのに彼女は移動にまで大量のチャクラを消耗してしまう。
その上で最大出力の螺旋丸まで練り上げたとなれば当然の帰結だろう。
むしろよくぶつけるまで意識を持たせたものだ。
「……勝者、日向ネジ!」
吹き飛ばされる方角が壁でなく場外であれば。
後わずかに威力があれば。後わずかにヒナタのチャクラがあれば。
いや、ヒナタに甘さがなく最初からこの危険な技の行使に踏み切っていれば。
全ては『もしも』の話だ。だが少なくとも。
「見事だ……アナタの拳は、確かにオレに届いていた……!」
本作のネジは宗家に対する鬱屈した感情は抱えていますが、ヒナタは例外でありむしろ好意的に見ています。
ただ努力をしているだけではなく十分に実力も示しているのにその上で冷遇されているため、自分と同じく『努力ではどうしようもないところで日向宗家から振り回されている』ように映るためです。
ある意味では『父が命を賭して守った子』なので、嫌う理由がなければよい兄貴分になると判断しました。