また本章のヒノカミの出力は王蟲を基準としています。
巨神兵は生物的ですが兵器としての側面が強いため対象外としました。
『また話を聞きにきたい』と言っていたアスベルだったが、トルメキアの戦艦の受け入れと出兵の準備が始まればやはり多忙になり大空洞まで降りてくる機会は眼に見えて減って行った。
毎日が二日に一度に、そして三日に一度になり、その滞在時間も少なくなった。
この様子では彼との会合は、もう片手の指で足りるほどになるだろう。
その貴重な一回も間もなく消費されるようだと、近づいてくるエレベーターのモーター音で察する。
『……?』
だが鎧は途中で普段との違いに気付いた。気配が一つではなく複数ある。
一つはアスベルだが他は知らぬ気配だ。であれば坑道に入ったことのあるペジテの民ではあるまい。
エレベーターを降りて近づいてくる音は、やたらと重苦しくガチャガチャと音が響く。
どうやら同行者はこちらに負けず劣らずの重厚な鎧を身に着けているようだ。
そのままアスベルともう一人が大空洞へと入ってくる。他は入り口で見張りに当たるようだ。
『さてアスベル。今度はどんな厄介ごとを持ってきた?』
「すまない師匠。こちらの方が、師匠と話がしたいと……」
「ほぅ、これが噂の機械兵士か。思った以上によくしゃべる」
金色の豪勢な鎧を身に着けた者は、どうやら女のようだ。
『暇を持て余しているのでな。対話を望むならば相手が誰であろうと拒む理由もない。
だがどうやら随分と腕が立つ様子。もしや力での対峙がお望みかな?』
「ククク、そういう貴様こそ大層な力を持つらしいな。
だが私は多くの部下の命を背負っている。徒に命を浪費するつもりはない」
『ならばこの場に来たのは対話を望んでのことと見なそう。
知っておるようだが、儂は罪人にしてこの地獄の門を守る門番。
そちらは何者か。名乗られよ』
「トルメキア王国第四皇女、クシャナである。
……アスベルとやら、伝えた通りこれより先は席を外してもらおう」
「どうかくれぐれも、師匠を刺激なされぬよう。
あの方にはトルメキアの威光も通じませぬ」
「わかっている。仮に何事か起ころうともペジテに責を求める真似はせぬ。
我が母の名に懸けて誓おう」
アスベルは深く一礼し、背を向け大空洞の外へ出た。
連れと共にクシャナを待つつもりらしい。そして全身を鎧で隠した二人だけがこの場に残り向かい合う。
『こちらだけが座ったままというのも居心地が悪い。それを使うがよろしかろう。
世界を二分する大国の姫君には相応しいものではなかろうがな』
黒い石に腰掛けたままの鎧が掌を叩くと、鎧の目の前の地面が盛り上がり椅子の形になる。
「ほぅ、超常の力を扱うと言うのは事実のようだな。……失礼する」
クシャナは椅子に腰かけ、兜を取った。
『それで、姫殿下は儂とどのような話をお望みかな?』
「あの少年から、その方は戦争を忌避していると聞いた。
我がトルメキアと土鬼の戦、其方はどう考える?」
『国の存続のためにはやむを得ぬと理解はできる。
だが人類の存続を考えれば愚の極み。納得はしかねるな』
この世界ではどんどんと腐海が広がっており、トルメキアも土鬼もその国土が次々と飲み込まれている。
アスベルによれば辺境でもここ数年で南方の国家が三つも消えたそうだ。
腐海では人間は生きて行けない。マスクがなければ5分で肺が腐る死の森なのだから。
そして腐海に手出しをしようとすればそこに住まう蟲たちが激昂し襲い掛かってくる。
蟲は森と仲間を傷つける者を決して許さず、己の命を顧みず戦い、そして死ぬ。
やがて死んだ蟲の死骸が苗床となり胞子が芽を出し、その地が新たな腐海となるのだ。
となれば、残る人類の生存権をかけて争うのはやむを得ない事態であろう。
だが争いにより人が死に、巻き込まれた蟲が暴れてさらに腐海を広げ、そのせいでより多くの人が死ぬ。
このままでは100年を待たずこの大陸全土が腐海に飲み込まれることになるだろう。
そうなれば結局トルメキアも土鬼も滅びるのだ。
国を守ろうとする行いが結果的に国の寿命を早めている。
『知っての通り、儂は多くの知識と力を保有している。
そのわずかでも地上に広めれば文明は発展し、救われる命も大いに増えよう。
じゃが今の世にはそのわずかすらも明かせぬ。
争いの火に薪をくべ、より多くの命を奪うことにしかならぬからな』
「つまり、其方は世界を揺るがすほどの力と知識を持つ。
そして一刻も早い戦争の終結を望んでいる……相違ないな?」
『うむ』
「ならば話が早い。私にその力を貸すつもりはないか?」
『なんじゃと?』
「私ならばこの戦争を速やかに終わらせることができる。
超常を操り太古の知識を持つという其方の力があればより速やかに、確実に完遂することもできよう」
『土鬼を滅ぼして、か?論外じゃな。侵略戦争に手を貸すつもりは……』
「否。私が討つのはヴ王、そして腹違いの兄どもだ」
『……ほう?』
トルメキア王家の紋章は『絡み合い血を流して争う双頭の蛇』。
子殺し親殺しが当たり前に行われてきた血塗れの一族だ。
そもそもトルメキア王家の直系の子孫と呼べるのはクシャナだけである。
ヴ王は血で血を洗う王位継承争いに勝利し、先王の娘を王妃として迎えることで玉座についた男だ。
3人の兄皇子は前妻との子であり王妃との子はクシャナただ一人。
だからこそヴ王と兄皇子はクシャナを自らの地位を脅かす敵と見なし、今日までことあるごとに彼女を排除しようとしてきた。
先王の娘である王妃もまた彼等からクシャナを庇って毒の盃を飲み干し、一命を取り留めたものの心を病んでしまった。
今回も『寡兵で腐海を南進し土鬼を襲撃しろ』などと言う無茶苦茶な命令を出したのも、彼女を死地に送るためだろう。
だからこそクシャナはヴ王を憎んでおり、その復讐には正当性がある。
彼女にとって何よりも成すべきことは復讐。王国や国民はどうでもいいとまでは言わないが二の次だ。
「現在土鬼の領域に侵攻しているトルメキア軍の下には第三軍がいる。
連中に奪われたが私が手ずから育て上げた最強の部隊だ。
まずはヴ王に従うふりをして命令通りに腐海を南進。
そして第三軍と合流して王都へと引き返し、王権を打ち建てる」
貴族たちも冷酷非道なヴ王を恐れ表立って口にはしないが、ほとんどは先王の直系であるクシャナこそが正当な王位継承者であると考えている。
兵たちからの信も厚い。クシャナがヴ王を討てば皆彼女に従うだろう。
そしてクシャナには復讐以上の野心がない。
無駄に部下たちを死地に追いやる土鬼への侵攻など、彼女にとってはさほど魅力を感じない。
「其方が私に力を貸すならば、私が王となった暁には即座に土鬼への侵略戦争を停止しよう。
全ての責をヴ王へと押し付け、土鬼と和平を結んでやっても良い」
『……何故見知ったばかりの儂にそこまで明かす?
お主の部下たちの中にすらもこの計画を知らぬ者も多いはず』
「其方のような輩はこちらから踏み込まねば胸の内を晒すことはない。
僅かな噓偽りも敏感に察すると見た……違うか?」
『くけけけ……どうやら中々の人たらしであるようじゃな』
クシャナの見抜いた通りだ。鎧は嘘を嫌い、嘘を見抜く。
そしてここまでのクシャナの言葉には一切の嘘がなかった。
彼女は本気で王家を簒奪し、この戦争を終わらせるつもりなのだ。
『……儂は人を殺す。だが命じられて殺すことは無い。全ては己の意志で行う』
「構わん。私は其方には何も命じず、其方は何者にも従わず。
ただ私の客人として其方の思うがままに振る舞い、我が覇道を見届けてくれればよい」
『この門は』
「この地に残す兵に代役を命じる。この門には決して触れず、何者にも触れることを許すなと」
『……げっげっげっげ。まぁ元より、今の文明ではどうやっても破壊できぬ代物じゃがな。
この門も……この石もな』
そして鎧は、およそ千年ぶりに立ち上がった。
同時に全身からあふれ出した炎が鎧の表面を覆っていた埃や土を焼き払い、赤と青の鮮やかな色が大空洞を照らす光源を反射する。
『お主の言葉と覚悟、聞き届けた。
しかしわずかにでも違えるようなら……命はないと思えよ』
「愚問だな。我がトルメキア王家は血にまみれた毒蛇の一族よ。
目的のためならば毒の一つや二つを飲み干す覚悟など、この世に生れ落ちた時からできている」