「これよりこの者を、私の客人として迎え入れる!」
地上に戻ってきたクシャナが部下やペジテの民の前で、赤と青の異形の鎧を伴い高らかに宣言する。
今まで大空洞から梃子でも動かなかった鎧を地上へと連れ出したクシャナにペジテの男たちは驚愕し、鎧の事を噂でしか聞いたことのなかった女やトルメキアの兵たちは興味深く見定めようとしていた。
「師匠、本当にいいのかい?あんなに戦争を嫌ってたのに……」
『……儂を師と慕うお主をむざむざ死地に送るのもはばかられたのでな』
「!?ありがとう!」
アスベルは当然、クシャナの計画を知らないはずだ。
『戦争を止めるためにクシャナに同行しヴ王を討つ』などと口にはできない。
『何、気にするな。では早速お主の師匠らしいところを見せるとしようか。……クシャナよ』
「なんだ?」
『トルメキアがペジテに依頼した船の改修、一隻儂が受け持とう。
敵を殺す武器には手を出さんのでエンジン回りだけじゃがな』
「よかろう、コルベットを任せる」
「!?お待ちください殿下!殿下も搭乗なさる戦隊の旗艦をこんな不審な輩に……!」
「この者が今のペジテ発展の立役者だ。それが直々に腕を振るうという。
またとない好機であろう」
本国から派遣されてきたばかりの参謀役であるクロトワがクシャナを止めようとするが、彼女は全く疑いを持っていなかった。
これで鎧の実力が足りなかったり罠を仕掛けられたりするようなら、その時は己の見る目と運がなかったということなのだろう。
『トルメキアの整備兵たちにも同席してもらう。
作業には人手が必要であるし、指導せねばならぬからな。
その者たちに監視を任せればよかろう。どうじゃ?』
「これならば問題あるまい?」
「……了解しました。殿下の御心のままに」
クロトワの了承を得た鎧は早速アスベルを伴い、トルメキアの整備兵を集めてコルベットの改修を始めた。
今の時代、既にエンジンの製法は失われて久しい。
トルメキアも土鬼も辺境各国も工房都市を自称するペジテでさえも、エンジンは現存しているものやここの坑道から掘り返した物を修理することで騙し騙し使い続けているのが現状だ。
だがこの鎧は失われたエンジンの製法を完全に記憶している。
広めれば新たな戦乱の火種になるからと明かすつもりはなく、今は一から作り上げる時間もないが、中古品を新品同然にまで戻すことなら容易い。
数日後、コルベットの試運転を行うと。
「ヒュ~~、コイツはすげぇや。音が違わぁな」
「へぇ、わかるのかいクロトワさん」
「オレは元々船乗りでな。もっと酷いボロ船に16の時から10年乗っていた」
当初は否定的だったクロトワさえ唸る出来に仕上がっていた。
同席した整備兵たちももはや誰一人として、この不審な鎧の腕を疑う者はいない。
『とはいえ、バカガラスとの速度差が大きくなりすぎたな。
そちらにも手を加えてやっても良いが、間もなく辺境国家の戦士たちが集まるのであろう?
大幅な改修を行うのは流石に時間が足りぬ。
多少手を入れる程度ならばできるがそれでは焼け石に水じゃぞ』
だがペジテの技師が担当した他の船は然程変化がなかった。
彼らの腕が悪い訳ではないが、技量に差があり過ぎたのだ。
トルメキアの大型輸送船は非常に巨大で、船体もエンジンもコルベット以上にボロボロだった。
おまけに大量の人員と荷物を運ぶのだから更に足は遅くなる。
行軍中に土鬼の船との遭遇する可能性も非常に高い。
空中での戦闘になったらただのお荷物になる。遅すぎて離脱も出来まい。
「……良し、部隊を再編し乗員の数を絞る。
装甲兵を優先し、他の者たちはこの地で待機してもらう。
その分物資も減らして重量を軽くする」
「っ!?殿下!」
クロトワが慌ててクシャナに近寄り耳打ちする。
(従者や一般兵士たちは、攻め落とした土鬼の領地の支配に必要になります!
そいじゃあ何のために進軍すんのか……!)
(橋頭保となる場所を確保してから運べばよかろう。
船の推力が強化されるのならば、敵の襲撃に怯えながら大勢を一度に運ぶよりもある程度の安全を確保してから腐海を往復する方がリスクが小さい)
(っ……いやまぁ、そうなんですがね……)
クロトワという男を未だ信頼していないクシャナは当然彼に明かしていないが、これは鎧に協力を仰ぐ際の条件の一つだ。
『敵も味方も可能な限り、無駄な人死にを避ける』。
非戦闘員を含めた大軍を引き連れて動けばどうしても自軍の戦死者は増えるし、占領した地を維持するにも多くの食料が必要になる。
当然土鬼側から奪うことになるが、それでは捕虜にした民に食わせる分が無くなりやはり結果的に殺すことになってしまう。
「辺境国家連合の集合予定は明後日だ。全船の改修にかかる時間は如何ほどか?」
『その日の夜までには終わらせる』
「よし、出立は三日後の明朝とする!」
そして二日後の朝、予定通りに辺境国家からの戦士たちがそれぞれの船に乗ってペジテに集まってきた。
かつて辺境一帯を治めていた、今のトルメキアを遥かに凌駕する巨大王国エフタル。
千年前にこの世界を滅ぼしたとされる『火の七日間』以前の旧文明の技術を維持しており、人類はまだ科学により大いに発展していた。
しかしおよそ今より300年前に、王位継承権を発端とする争いが始まった。
人々は武器の材料として王蟲の甲殻を求め、夥しい数の蟲を殺し尽くした。
間もなく蟲は怒りに震え腐海を飛び出しエフタル全土へと侵攻。
あらゆる抵抗は無意味であり街は破壊され、各地に残る蟲の死骸より発芽した腐海の植物が瞬く間に国土を侵食し、エフタルは滅びた。
辺境国家は散り散りになったエフタルの末裔であり、彼等が保有する『ガンシップ』はエフタルにて建造された戦闘機だ。
小型ながらその推力や機動性や強度はコルベットとは比較にならず、だからこそ小国である辺境国家群もトルメキアの属国という形であるが、トルメキアと土鬼が領土を奪い合う争いを続けるこの時代においても未だに自治権を保つことができている。
「師匠」
『ん?』
バカガラスの改修を続ける鎧のところに、辺境国家の戦士たちを迎えにいったはずのアスベルがやってきた。そして彼は一人ではなく。
『そちらのお嬢さんは?』
「初めまして。私は風の谷より馳せ参じた、ナウシカと申します」
「年が近いから話が弾んだんだけど、師匠のことを聞いたら彼女も『是非話をしたい』と言い出してね」
『…………』
不思議な気配を漂わせる、少女を伴っていた。