実際には異なるが、この世界の人間たちは鎧のことを機械兵士だと考えている。
何しろおよそ千年もの間、ペジテの地下坑道で待機し続けていたのだ。
加えて食事もしないし睡眠もとらないし呼吸すら不要。生物としてはありえない。思い違いは当然と言えた。
『……儂はペジテの地下にある門を守る門番じゃ。今は訳あって門から離れておるがの』
「門番、ですか……お名前は何とおっしゃるのでしょうか?」
だがこの少女、ナウシカは違う。
おそらく無意識であろうが、目の前の鎧を自分たちと同じく生物であると認識している。
『……すまぬが黙秘させてもらいたい。
今の儂は、己の名を口にするは憚られる』
「あっ、ごめんなさい……」
「ごめんナウシカ、伝えるのを忘れてた。
師匠にも名前はあるみたいなんだけど、言いたがらないんだ」
「アスベルの師匠……では『お師匠さま』とお呼びさせていただいても?」
『過分な呼び名じゃが、好きに呼べ。
して、儂に話とは一体何じゃ?』
「アスベルからお師匠さまが千年前の、腐海が生まれる前の時代を知っていると伺いまして。
是非当時のお話をお聞かせいただけないかと……」
『構わんが、バカガラスの改修作業があるので手は離せん。
耳と口だけでよければいくらでも貸そう』
「ありがとうございます」
バカガラスの引っぺがした装甲の内側に手を伸ばし背を向ける鎧の背中を見つめた二人は、そのまま地面の上に腰掛ける。
ナウシカのポケットの中にいた小さなキツネリスが彼女の膝の上に移動し丸くなった。
ナウシカは常日頃から『死の森』とされる腐海に積極的に入り、調査を行っているらしい。
城オジたちからは『腐海遊びもほどほどに』と毎日のように説教されているとか。
彼女自身が腐海と蟲に魅入られているようでもあるが、わざわざ危険地帯に飛び込んでまで何を調べているのかと尋ねると。
「『腐海の役目』か……君は面白いことを考えるなぁ」
「きっと腐海そのものがこの世界を浄化するために生まれたのよ」
聞けば彼女の師であり辺境一の剣士と名高いユパという男も、長年その答えを探し求めて腐海を旅しているとか。
「昔ユパさまが見せてくださったの。
腐海の深部で見つけたという砂を。
風の谷の土ですら汚れているというのに、その砂にはまったく毒がなくて……」
「だからって『腐海の植物を集めて自分で育ててみる』なんて、思い切りが良すぎるよ」
隣に座るアスベルが呆れ果てる。
ナウシカは腐海を調べる過程で、清浄な水と土で育った腐海の植物は大きくならず毒も出さないことを発見したそうだ。城の地下にこっそりと作った植物園で。
これも城オジたちに知られれば大目玉を喰らうだろう。最悪の場合風の谷が腐海に呑まれてしまう可能性すらあるのだから。
今回の出兵で再び風の谷に戻れる保証もないからと、流石に全て廃棄してきたらしい。
『儂はまだ腐海を見たことも調べたこともないので、確かなことは何も言えん。
じゃが『腐海の植物が毒素を浄化している』というのは正しいと思う』
「えぇっ!?」
「本当ですか!?」
『伝承以上に酷い時代で、酷い世界じゃったのよ。千年前は。
有毒な大気、凶暴な太陽光、枯渇した大地、次々と生まれる新しい病気、おびただしい死……。
数百億の人間が生き延びるために何でもする時代じゃった。
信じがたいやも知れぬが、今のこの世界の方がよほど楽園と思えるほどでな』
「マシだって!?腐海の瘴気に怯えながら生きるこの世界の方が!?」
『あぁ、作物どころか雑草もろくに生えぬ有様よ。
わずかな食料を求めて親兄弟すらも当たり前のように骨肉の争いを繰り広げていた』
「酷い……」
『じゃが千年が経ちこうして地上に出て見れば嫌でもわかるさ。
あの頃と比べて地中の毒素が著しく減少しておる。
その理由が何かは分からずにいたがナウシカの言う通り腐海の仕業とすれば筋が通る。
おそらく腐海の植物には毒素を吸い上げその身に取り込み無毒化する機能があるのじゃろう。
その過程で漏れ出る毒素の一部が瘴気ということであろうな』
「やっぱり……!」
「あのおぞましい瘴気が毒素の一部に過ぎないだなんて……世界はとんでもない猛毒に侵されてたんだな」
そこで鎧は作業の手を止め、振り返り後ろの二人の顔を見る。
『しかしそれ以上に気にかかるのは、『腐海がどうやって誕生したか』じゃな』
「「え?」」
『お主らの伝承によれば腐海の植物と蟲は儂が眠りについて間もなく生じたようじゃが、儂が地上にいた頃にはそれらしきものは存在しなかった。
星や生態系にも自浄作用はあるが、突然変異にしてもあまりに急すぎる。
そして何よりたかだか千年で、あれほどまでに世界を汚染していた猛毒をここまで減らすほどに浄化作用が強い植物が突然生まれるなぞ、『人類によって都合が良すぎる』とは思わんか?』
「……何を、おっしゃりたいのです?」
『あくまで可能性じゃが……察しておるのじゃろう、お嬢ちゃん?』
「……まさかっ!?」
理解が追いついていなかったアスベルもここで顔を上げる。
「『腐海は千年前の人類が作り出した人工植物』なのかい!?」
『腐海が生まれる前に地下にもぐってしまった儂には断言はできぬ。
だがお主らが旧文明と呼ぶ当時の人類の科学力ならできるかと言えば不可能ではなかろうし、実行に踏み切る理由も十分。
『完全に毒素を身の内に留めることはできず瘴気として吐き出してしまう』という不完全さも、実にそれらしい。
そもそも毒の浄化が容易く行えないからこそ千年前の争いが起きたわけじゃからな。
『浄化の過程で地中にあった毒が大気中に広がってしまう』とあれば二の足も踏んだかとは思うがな』
「……まいったな。信じたくはないが、仮にそれが事実だとしたら……僕らは一体何に苦しめられてきたのか……」
『重ねて言うが、確証はない。みだりに言い触らすなよ』
「わかってるよ。こんなこと口にできるもんか」
『……さて、そろそろ夜も更ける。お主らはもう眠れ』
鎧は再び前を向き、作業を再開した。
確かにもう周囲は真っ暗だ。膝の上のキツネリスも完全に眠ってしまっていた。
しかし碌な光源もないのに問題なく作業を続けられている鎧は、やはり人間離れしている。
「……あの、また話を聞かせていただいてくださいますか?」
『従軍中に、機会があればな』
「はい」
ナウシカとアスベルは頭を下げ、その場から立ち去った。
「…………」
そして船の影に隠れて話を聞いていたクシャナもまた。
翌朝。コルベットと4隻のバカガラスは辺境諸国の連合軍を引き連れ、腐海の先にある土鬼領を目指して飛び立った。