『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第6話

 

窮地を脱したものの、クシャナ率いるトルメキア軍は人命以外は崩壊寸前。

4隻あった船は1隻しか残っておらず、伴って物資のほとんども失ってしまった。

蟲ではなく土鬼との戦いで生じた死傷者もいる。

クシャナは歓喜に震える兵たちを一喝し、被害の確認と報告、部隊の再編を命じた。

着陸してきたコルベットの兵も彼女に従い動き出した。

 

鎧はそちらには手を貸さず、一人王蟲の後を追いかけていた。

土鬼がどうやって蟲を操ったのかを知らねばならない。先んじてそちらに向かっていた風の谷のガンシップも気にかかる。

クシャナも同意見であったため、自分の代わりに真実を見届けるよう鎧に託し送り出した。

 

しばらく空を飛び進むと、王蟲の大群が酸の湖の湖岸にズラリと並んで静止していた。

王蟲の視線の先には小さな中州があり、風の谷のガンシップが着陸している。

操縦者だったナウシカは船を降りて瀕死の重傷を負った小さな王蟲の側にいた。

近くには半ば酸の中に沈んだ大きな壺のようなものも見える。おそらく土鬼の飛行ガメとやらだ。

 

『なるほど、そういうことか』

 

「お師匠さま!?」

 

これだけ状況証拠が揃えば土鬼が何をしたかは一目瞭然だ。

身一つで上空から降りて来た鎧を見上げるナウシカの服は、王蟲の子の流した血を吸って真っ青に染まっていた。

 

「宿営地の皆は!?」

 

『案ずるな、トルメキアの船がいくつかやられたが人員の損害はほぼ防げた。

 風の谷のバージも一度着陸したアスベルが引っ張っておったわ』

 

「よかった……あの、コルベットは無事でしょうか?」

 

『無事であるが……その王蟲をか?』

 

「えぇ。もう助からないかもしれない、でもせめて仲間のところに返してあげたい」

 

今いる中州の広さではコルベットでも着地は難しいだろう。

しかしガンシップのような小さい船では、幼虫と言えど人間よりもはるかに大きな王蟲の子を乗せるスペースがない。

土鬼の飛行ガメは壊れてしまった。となれば確かにコルベットに頼るしかあるまい。

 

「クシャナ殿下にお願いしたいのです。どうか取り次いではいただけませんか?」

 

『その必要はない。儂が何とかしてやる』

 

「え?」

 

たった今、王蟲の大群に風の谷の民も含めた仲間が殺されかけたばかりだ。

だがナウシカはその憤りを蟲へと向けず、利用されただけの子を救ってやりたいと願う。

優しい子だ。優しすぎるほどに。だからこそ向こう岸にいる王蟲の群れも彼女を信じ静かに待っているのだろう。

 

『……久しぶりじゃな、真摯に助けを求められるのは。

 これに応えねば今度こそ、儂は儂の名を名乗れなくなる』

 

既に領域も披露してしまった。これ以上余計な力をひけらかすべきではない。

だが鎧は躊躇うことなく王蟲の子へと歩みより、掌を添え、白い炎を送り込む。

 

『今の儂の出力ならば、死なぬ限りは治してみせよう』

 

「傷が、塞がって……!?」

 

同時に、まだ王蟲の子に突き刺さっている杭も強引に引き抜いていく。

体液があふれ出すのは一瞬だけ。すぐに肉が盛り上がり甲殻が再生し、傷は跡形もなく消え去る。

 

完治したと判断したところで鎧は掌を離して引き下がり、背を向け酸の湖へと歩き出す。

 

「っ!ダメ!!」

 

無造作に酸の中に脚を突っ込もうとした鎧を見てナウシカが叫ぶ。

 

 

ピキキキキィィッ!!!

 

 

だが鎧が触れた場所から酸が凍り付き、対岸まで繋がる氷の橋が出来上がる。

万が一にも壊れぬよう念入りに凍らせたところで、鎧は脚を上げる。

 

『よし、いいぞ。連れて行ってやれ』

 

「…………ありがとう!」

 

疑問は尽きないだろうに、ナウシカはまずは深く頭を下げ感謝を告げた。

そのまま彼女は王蟲の子に付き添って、氷の橋を渡り仲間たちの下へと向かう。

渡り切ったところで、王蟲の子は他の王蟲たちが伸ばした金色の触手に優しく抱きかかえられていった。

 

すると続けて王蟲たちは同じように、ナウシカを触手で高々と持ち上げる。

一匹だけでなく周囲の蟲すべてが身を乗り出して触手を伸ばせるだけ伸ばし、胞子ではない金色に光る粉が地上に舞い散っている。

上空から見たナウシカはまるで、金色の草原を歩いているかのよう。

 

 

 

「『その者、青き衣を纏いて金色の野に降り立つべし』……!」

 

 

 

遥か遠くに浮かぶ一隻の飛行ガメ。

同族の少女と共に乗っていた一人の土鬼の僧正が、その光景にとある伝承の一説を幻視していた。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

王蟲は全て立ち去り、人間たちだけがその場に残った。

宿営地に残してきたトルメキア兵が調べたところ、土鬼の戦士たちが逃げ込んだトーチカは王蟲の突撃に耐え切れず無惨に破壊されており生き残りはいなかったそうだ。

浅知恵で王蟲を利用しようとした人間が辿るには妥当な末路であろう。

そしてトルメキアの兵士たちは生き残ったが船が足りなくなってしまった。

物資やらなにやらをすべて捨てれば残る一隻に何とか全員詰め込めるだろうが、そんな状態では戦闘どころか土鬼の領域まで辿り着くのも困難であるし辿り着いたところでできることは何もない。

 

よってクシャナは決断した。

選抜した少数精鋭を引き連れ、コルベット一隻のみで行軍を続行。

残る兵はバカガラスに乗せてペジテへと引き返させ、辺境国家連合にはその護衛をしてもらう。

送り届けた後で戻ってこい、などと言うつもりはない。

ペジテに辿り着き次第、辺境国家連合は解散となる。

予想外の展開で、予想よりもはるかに早く従軍が終わるというのだ。辺境国家の戦士たちは喜んで指示に従った。

 

ただ一人、ナウシカを除いて。

 

王蟲の群れは元いた森には戻らず、南へと向かった。『南の森が助けを求めている』と言い残して。

あれだけの数の王蟲、おそらく腐海全ての蟲が動いている。それほどの事態が南……土鬼の地で起きようとしているのだ。

間違いなく世界を揺るがす規模。風の谷も無関係ではいられまい。

 

それに気になることはもう一つある。土鬼はどうやって王蟲の子を捕らえたのか。

子供といえど巨体だ。抵抗されれば人間なんてあっさり蹴散らされるし、それでも力づくで攫おうとすれば王蟲の大人が黙ってはいない。

もしその理由が先日の鎧との語らいで至った推測の通りだとすれば……やはり見過ごすことはできない。腐海の秘密を追い求める者としても、知らねばならないのだ。

 

ナウシカは風の谷の従者たちの反対を押し切り、自分一人だけで従軍を続けることに決めた。

願いはクシャナに聞き届けられ、彼女と相棒のテトだけがコルベットに乗り込み土鬼へと向かうことになった。




原作ではユパからトリウマのカイを預かっていましたが、本作ではトルメキアの風の谷侵攻がなく危機感が小さいのでいないものとします。
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