「現在位置出ました。サパタ小侯国に入ったようです」
「ご苦労」
ただ一隻で行軍を続けるコルベットは、ついに腐海を越え土鬼の領域へと飛び込んだ。
とはいえ目的は土鬼と戦い倒すことではなく、戦場にいる第三軍と合流しトルメキア本国へ帰還することだ。
問題はその第三軍がどこにいるかだが。
「主戦場にいるのは第二軍で間違いないのか?」
「えぇそうです。三皇子の手勢ですね。
コイツらとかち合えば、言いがかりでもなんでもつけて殿下を殺そうとするやもしれねぇ」
トルメキア本国側の情報を持っているクロトワが補足する。
元々彼はヴ王がクシャナを始末するために送り出したスパイだったわけだが、平民上がりの自分では例え任務に成功したところで適当に処分されるだろうということをよく理解していた。
ならば全てを騙し裏切り出し抜いてでも生き延びてやると誓い暗躍していたのだが、クシャナに仕える方が生存率が高いと確信しあっさりと誘いを受けた。
ヒノカミの力を目の当たりにしたことも大きいだろう。
「東に近づくのは危険かと」
「よかろう、まずは情報収集だ。
破壊や行軍の痕跡からでもわかることはある」
「では、雲の下に降りますか」
『早速騒動に巻き込まれそうじゃがな』
クシャナとクロトワの二人だけの狭い会議室の扉から巨漢のヒノカミが身を乗り出し会話に乱入してくる。
「どういうことだ?」
『雲の下から轟音と熱を感じる。ナウシカも火薬の臭いがすると言っている。
何らかの戦闘行為が行われておるぞ』
「……よし。戦闘配備の上、降下せよ」
「ハッ!」
クシャナの号令を受けてコルベットが分厚い雲の中を降りていく。
進むほどに風に乗った臭いもどんどんと強くなっていく。
「あれは……第二軍のパムケッチだ!」
「ひどい、ただの村を……!」
二隻のトルメキアの戦闘艦が地上の小さな村に苛烈な爆撃を加えていた。
黒煙が立ち上り、生き物の焼ける臭いがクシャナたちの鼻にも届いてくる。
「……何故奴らはただの村をここまで執拗に攻撃している?」
トルメキア軍の目的は破壊と殺戮ではなく支配と略奪だ。
捕まえた捕虜は本国に持ち帰れば奴隷として高く売れる。無駄弾を浪費してまで消す理由などないはずだ。
『わからんが……村が静かすぎぬか?』
「何?」
『逃げ惑う民の姿がまるでない。わずかな悲鳴すら聞こえぬ。
……ちと調べてくる』
「待ってください!私も行きます!」
「おいお前ら!勝手な行動を……!」
「やらせておけ。それよりも奴らの対処だ」
ヒノカミが身一つで船から飛び降り、メーヴェに乗ったナウシカが後を追う。
その直後パムケッチがコルベットに近づき、所属を問いただす信号を送る。
「……いつでも行けますぜ、殿下!」
「よし……皆の者!これより我らは、軍の指揮下を離れる!」
コルベットが進路を変え、機首を敵艦へと向け突っ込んだ。
主砲が火を噴き、まず一隻を空の藻屑と変える。
もう一隻の敵艦は即座に戦闘態勢に意向、コルベットを敵と見なした。
先んじてクシャナより計画を聞かされていた兵たちは待ってましたと言わんばかりに力強く銃座の引き金を引く。
トルメキアの船同士のドッグファイトが始まった。
一方、爆撃されていない場所を選んで村の中に降り立ったヒノカミとナウシカは違和感に気付く。
『何故じゃ。どれもこれもすでに死体、しかもこれは……』
「トルメキア兵ばかり……」
様子を見るに、この土鬼の村はすでにトルメキアに占拠された状態だった。
だが兵たちは碌な外傷もないというのに、皆眠るように死んでいる。
納屋にいた家畜もだ。明らかにトルメキアの船の爆撃による死者ではない。
『……ナウシカ、マスクをつけろ』
「!?やはり、瘴気!?」
『薄いが、わずかにな』
この村は腐海から遠く離れている。風に乗って届くような距離ではない。
だからこそ村も兵士たちもマスクの備えは十分でなかったはず。
どうして瘴気が届いたかはわからぬが、だというのならこの不可解な死者たちに納得がいく。
『小さくか細いが、命の熱を感じる。ついてこい』
「はい、お師匠さま!」
ナウシカはメーヴェに乗り込み、それ以上の速さで地上を駆けていくヒノカミを追う。
二人が行き着いたのは燃え残った大きな寺院。
扉も窓も硬く閉ざされており、隙間には内側から布が敷き詰められていた。
ヒノカミが力づくで大扉を開くと。
「うっ……」
『…………』
寺院の中では、大勢の人間がうずくまって眠るように死んでいた。
油を燃やした煙が堂内に充満しており、扉を開けると同時に外へと噴き出してきた。
間違いない。この村は瘴気に襲われたのだ。
土鬼の村の住民たちはこの中に避難し即死を免れたが、瘴気への恐怖で追い詰められ。
「火を燃やさずにはいられなかったんだ……」
『止まるな、ナウシカ。まだ生き残りがおる』
「はい……!」
二人は寺院の奥へと進む。やがてナウシカの耳にもはっきりと声が聞こえて来た。
大きな像の裏側に、背中を像にぴったりと押し付けたまま息絶えた女性がいた。
遺体をそっと横に動かすと、その背には小さな穴が隠されており。
フギャア!フギャア!
中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
――――……
『生存者はこの赤子二人だけ。他の人間は全員、とうの昔に死んでいた。
そして井戸の奥から濃い瘴気が出ておる。近づかぬ方が良い』
残る一隻を撃墜し降下してきたコルベット。
ヒノカミはクシャナ達に状況を説明する。
「きっとそこには蟲がいるんだわ。彼らは瘴気に惹かれてくるもの」
「だとすりゃ、第二軍の奴らは村ごと蟲を焼き払おうとしてたわけか」
「土鬼の仕業だと思うか?」
『個人的な推測で言うなら、十中八九な』
既に連中は王蟲を利用しクシャナの軍勢を全滅させようとした前科がある。
トルメキアに占拠された村を滅ぼすためなら同じような手段を取る理由は十分。
クシャナ達の足止めのために戦士たちを使い捨てた奴等なら、捕虜となっていた己の国の民の命を切り捨てるのも躊躇うまい。
ヒノカミとの契約の手前、見捨てるわけにはいかぬと土鬼の赤ん坊二人を加えたコルベットは更に土鬼の空を飛び続ける。
しばらく進むと、彼らは遠方を飛ぶ船団を見つけた。
トルメキアの船ではない。土鬼の浮砲台の群れだ。
「クロトワ、距離を置いて追従せよ。奴らの進む方向に友軍がいるはずだ」
「ハッ!」
地上スレスレまで降下したコルベットは濃霧の中を隠れて進む。
「……っ!?」
『どうした、ナウシカ』
「あの木……緑の葉が、皆死んでる!?」
『!?』
「全員マスクをつけろ!瘴気がくるぞ!」
通り過ぎた木々の様子を見て確信したナウシカが叫ぶ。
伝声管を通じて彼女の警告を聞いたコルベットの乗員たちは訝しみ、従うべきか判断しかねていた。
「何をしている!?早く!!」
『間に合わん!儂がやる!!』
ヒノカミは白い炎で船体を包んだ。目立つので上空にいる土鬼に気付かれるかもしれないが、やむを得ない。
そしてコルベットの前に一層濃いモヤが現れる。瘴気の塊だ。
進路変更もできず船は瘴気の中に突っ込むが、白い炎が胞子を焼き払い船内への侵入を防いでいた。
「なんでこんなところに瘴気が湧くんだ!?
腐海から150リーグも飛んだんだぞ!」
ようやくナウシカの言葉を信じマスクをつけ始めたトルメキア兵たち。
マスクの無い者は浄気室へと押し込められていく。
やがてモヤの隙間から胞子を噴き出す巨大な植物群が姿を現した。
「……見ろ!腐海だ!」
「猛毒のヒソクサリばかり……っ!?蟲が死んでいる!?」
『何という濃い瘴気……こりゃどっちにしろ普通のマスクだと死んどったな』
「瘴気の切れ目だ!抜けます!!」
謎の腐海を突き抜けたコルベットが目にしたのは、土鬼の歩兵部隊の大群だった。
トルメキアの船に気付いた彼らは届かぬとわかっていても剣を突き立て銃を向ける。
彼等を無視して進めば眼下には更なる大部隊。戦車や攻城砲台までずらりと並んでいる。
「クロトワ!砲口の指向する方へと飛べ!そこに友軍がいる!」
「了解!」
歩兵の小銃とは違い戦車砲は致命傷になり得るが、クロトワの卓越した操縦技術のおかげでコルベットは砲弾の雨を躱し小高い丘を抜けた。
「前方、都市が炎上中!」
土鬼の部隊が砲口を向け、歩兵が群がるその都市は当然トルメキア軍の占拠する地であったのだろう。
だがもはや陥落寸前。わずかな生き残りが残された塔の頂上で必死に抗っているだけだった。
「あれは……第二連隊の軍旗だ!
バカな!第三軍は神速の機動攻撃を旨とする装甲集団だぞ!?
このような拠点防衛に不向きな兵種をむざむざと……!」
『クシャナ……』
「殿下、手遅れです!お気持ちはわかりますが退避命令を!」
「旋回を続けろ!見届ける!」
「おいナウシカ、よく見ておけ。これが戦場だ」
「女子供ばかり……!」
城の広間に無数に転がっているのは、戦士でもないただのトルメキア人の死体だった。
今までの小競り合いとは違う、人間同士の大規模な殺し合い。
あまりに凄惨な光景にナウシカは言葉を失う。
『支えよう』
「すまん……戦旗を掲げよ!!」
城の上に戻ってきたコルベットは、クシャナの戦旗をはためかせる。
ヒノカミの帯を巻き付け船の上に大きく身を乗り出したクシャナは、高々と剣を天に掲げた。
ワーー!ワーーー!
呼応して、死に体だったはずの都市のトルメキア兵たちが歓喜の声を上げる。
自らの仕える主であるクシャナの生還と帰還を、喝采を以て迎え入れる。
これこそがヴ王たちがクシャナを恐れている理由だ。
全トルメキア軍において彼女以上に兵から支持を受ける存在はいない。
ドガァァン!
「!?」
「浮砲台接近!退避します!」
遠ざかっていくコルベットを見つめ、砲撃を受け続けながらも、都市のトルメキア兵たちは最期まで歓声を送り続けた。
クシャナはその光景を瞬きすらせず見つめていた。
「其方たちの最期、見届けた!
私から第三軍を奪い精兵を虚しく犬死にさせた者共への我が復讐を、バルハラにて見守るがよい!!」